上 下
480 / 810
西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-

純正の決断、織田信長か武田勝頼か

しおりを挟む
 元亀二年 九月二十五日 諫早城





 発 治部 宛 中将

 秘メ 武田家 家臣 曽根九郎ト 申ス者 来タリテ ワレラト 誼ヲ 通ジテハ 
 
 盛ンニ 商イヲ 行ヒタシ ト 申シケリ

 然レドモ ワレラト 織田ニ 盟約アリテ ソノ敵 武田ト 結ブハ 信ニ背キ 

 易キニ非ズ 御屋形様ノ オ考へヤ 如何ニ

 秘メ





「さて、京都の大使館からの通信で、このようなものが来た。皆の意見を聞きたい」

 純正の目の前には戦略会議室のメンバーと、外務大臣の太田和利三郎に情報大臣の藤原千方、次官の空閑三河守も同席している。

「利三郎、大使館は外務省管轄ではあるが、武田からは他に何か働きかけはあったか?」

「いえ、そのような事は何も。治部少丞には、まずは御屋形様へお知らせする様申し伝えておりますので」

 純正が純久を信頼しているように、利三郎も純久を信頼して任せているようであった。

「そうか。要するに治部少丞は、武田から親交を結びたいと言ってきたが、織田との盟約があるため即答せず、おれに判を仰いできた訳だ。皆はどう思う?」

「御屋形様、この件については、我らの答えはひとつ、考える事などないと存じまする」

 しばらく考えていたが、尾和谷弥三郎が先陣をきって発言する。

「弥三郎、どういう事だ?」

「無論断るのです。武田と誼を通じて我らに益する事などありませぬ。ましてや織田家との信義にもとります」

 純正は弥三郎を見た後、直茂、そして官兵衛、直家と順に顔を見る。庄兵衛は弥三郎に同意しているようだ。清良は考えている。

「官兵衛、そちはどう思う?」

「は、それがしは、一概に……損ばかりではないかと存じます」

 官兵衛は少し考えて答えたが、その答えに庄兵衛が驚いた顔をする。

「官兵衛殿、それは一体どういう事にござるか? われらに何か益があると思われるのですか?」

「庄兵衛、落ち着きなさい」

 傍らにいた直茂が佐志方庄兵衛をなだめる。

「官兵衛、聞かせて貰えるかな」

 直茂は戦略会議室、いわゆるここにいる中で、純正と外務省・情報省以外のトップである。

「は、有り体に申して短きに重きを置くならば、武田とは縁を持たずして、織田のみを相手とすれば良いかと存じます。然りながら……」

 全員が官兵衛の言葉を待つ。

「長きに重きを置くならば、決して上策にはござりませぬ」

「どういう事だ?」

 純正が問う。

「は、弾正忠様は、この先二年ないし三年で畿内とその周囲を平定するでしょう。いかな西国、小佐々の領国が富み栄えているとはいえ、京大坂をはじめ畿内を押さえているのは大きゅうござる」

「うむ」

 純正がうなずき、他も一様に相づちをうって聞き入っている。

「そうなれば織田の高は六百五十万石にはなり申す。さらに次に狙うは、まず間違いなく武田にござりましょう。不識庵謙信殿が在りしうちは、上杉とは事を構えぬと存じます」

 官兵衛はさらに続ける。

「武田がどのように動くかは存じませぬが、信玄の死はあまりに大きゅうございます。西上の際に武田に寝返った三河や美濃、遠江の国人衆も、旗色悪しと見れば、こぞって織田に寝返るでしょう」

 官兵衛が言っている事は至極もっともであり、今すぐにでも起きうることである。

「織田が武田を降し、その領国の百四十万石を加えると七百九十万石を越えまする。国の力は高のみに非ずして、金山からの銭や運上金、商いの益も加わりますが、それは織田も同じにござる」

 純正は、なんとなく官兵衛のいわんとする事がわかってきた。

 織田支持派の弥三郎と庄兵衛は、官兵衛が言っている事と自分の考えの相違点を探している。

「つまり?」

 純正は結論を促す。

「やがては織田が小佐々を上回るやもしれぬ、という事にございます。その時に織田が、弾正忠様が御屋形様と同じお考えなら、問題はありませぬ。然りながら……」

「官兵衛殿、結局は織田家が大きくなりすぎれば、わが小佐々家中にとっては見過ごせぬ事となる、といいたいのでござるか」

 弥三郎が結論を急ぐ。

「左様。弾正忠様は今、三十八歳にござる。あと十年もすれば、家督をお譲りになられてもおかしくはない年齢にござる。その時、織田家が日ノ本を二分する力を持ち、家臣の中によからぬ考えを持ちたる者がいれば、いかがなりましょうや」

「盟約を破りて、兵を起こすやもしれぬ、と?」

 弥三郎が答えると全員が黙り込み、しばらく沈黙があった。

「いずれにせよ」

 沈黙を破ったのは、会議を始めてからずっと黙っていた宇喜多直家であった。

「このような事を会して扱いたる(議題にする)は、こたびが初めてではございませぬ。日ノ本の半分を治めるようになりて、避けては通れぬ道にございます。おそらくは織田家中でも、少なからず扱いたる事かと存じます」

 直家はそう言って直茂を見る。

「いかがでしょうか、左衛門大夫(直茂)様」

 直家の言葉に促され、直茂は純正に正対し、進言する。

「御屋形様、重ねて申し上げまする」

「うむ」

「盟約とはすべからく、利を共にするか、害を共にしている時にのみ、功を奏しまする。然りながら織田家との盟約は、小佐々家にとりて、そのどちらでもございませぬ」

 官兵衛も直家も直茂も、要するにこれ以上織田家に介入するな、と言っているのだ。

「織田家と誼を通じし頃は、われらもまだまだ小さく、肥前と筑前、筑後に北肥後を従えるのみにござりました。京に大使館を設け、中央とのつながりをつくり、余計な介入をさせぬため、要り申した」

 確かに当時は特産品を贈呈し、中央の権力に親しいという理由で近づいたのだ。

 それがいつしか軍事力と経済力で上回り、織田家の力がなくても、周囲の脅威に対する事ができるようになってきた。

 その後の経緯は推して知るべしである。

 ギブアンドテイクではなく、ギブギブギブになってしまったのだ。これに関しては直茂に限らず、以前から家中でも問題視する声があがっていた。

 それでも純正は、あえて同盟国である織田家に対する優遇措置や、技術供与などを止める事はしなかったのだ。

 濃尾で産出される耐火粘土をタダでもらい受ける事や、紀伊半島南周りで熱田や津島へ向う際の帆別銭、関銭の減免において便宜を図って貰う事で、帳尻をあわせようとしていたのである。

 しかし実際は、それらを全て考慮しても、それでもギブが多いのであった。

「御屋形様、それがしは織田と手を切るようにとは申しておりませぬ。然りながらこれより後、われらからのさらなる持ち出しは、小佐々家の益にはなりませぬ」

 純正の眉間に皺が寄る。

「有り体に申せば、武田と手を組むことにより、織田のさらなる拡がりを抑える事あたうのです。さすれば織田家は加賀から越中に進む他なく、上杉と相対する事となりまする」

 純正はぐいっと冷めた珈琲を飲み干す。

 無言で机を叩いて近習を呼び、おかわりを命じる。控え室ではいつでもすぐに出せるようにお湯が沸かされており、すぐにの珈琲が運ばれてきた。

 近習は他の面々の器も確認し、下がる。

「その間われらはゆるゆると奥州を押さえながら南へ進み、南北から上杉、武田、北条を挟むことで、天下安寧の道も開けまする」

 ダン! と机を叩く音がした。

「それは真に! 真に天下静謐のため、民の安寧のためなのか? 小佐々の、この俺の利や欲でないと言い切れるのか?」

「言い切れまする! 御屋形様、言い切らねば成りませぬ! そもそもはじめは民の安寧のため、平和に暮らせる国を作るためには、強くあらねばならぬ! そう志してここまで領国を大きくしてきたのではありませぬか」

 直茂もまた語気を強め、純正の顔をまっすぐ見つめて話す。

「それを志してその果てに、望まぬながらもここまで、領国が大きゅうなったのです。然りながら! 織田がさらに大きゅうなり、小佐々を脅かすほどになれば、再び我らは同じ事を繰り返さねばなりませぬ」

 直茂はさらに続ける。

「御屋形様、早いか遅いかだけの違いにございます。どうか、どうかこの直茂の考え、お聞き届けいただきますよう、伏して願い奉りまする!」

 直茂が椅子から立ち上がり、床に平伏すると、それとほぼ同時に全員が同じように平伏した。

 ……。
 ……。
 ……。

「あい、わかった。少し熱くなりすぎたようだ。直茂の言、もっともである」

 純正は深呼吸をした後にゆっくりと答えた。

「然りながら、この世のすべては均衡、調和が要である。織田と武田、どちらも敵とならぬよう、戦にならぬようせねばならぬ。利三郎、直茂、京に向かいて治部少丞とともに弾正忠殿と会うのだ。できるな?」

「はは、身命を賭してやり遂げまする!」

 一時はどうなるかと思えたが、こうして純正が感情をあらわにしたのは、初めてなのかもしれなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

崩壊寸前のどん底冒険者ギルドに加入したオレ、解散の危機だろうと仲間と共に友情努力勝利で成り上がり

イミヅカ
ファンタジー
 ここは、剣と魔法の異世界グリム。  ……その大陸の真ん中らへんにある、荒野広がるだけの平和なスラガン地方。  近辺の大都市に新しい冒険者ギルド本部が出来たことで、辺境の町バッファロー冒険者ギルド支部は無名のままどんどん寂れていった。  そんな所に見習い冒険者のナガレという青年が足を踏み入れる。  無名なナガレと崖っぷちのギルド。おまけに巨悪の陰謀がスラガン地方を襲う。ナガレと仲間たちを待ち受けている物とは……?  チートスキルも最強ヒロインも女神の加護も何もナシ⁉︎ ハーレムなんて夢のまた夢、無双もできない弱小冒険者たちの成長ストーリー!  努力と友情で、逆境跳ね除け成り上がれ! (この小説では数字が漢字表記になっています。縦読みで読んでいただけると幸いです!)

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

処理中です...