441 / 810
西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-
新しい西国秩序
しおりを挟む
元亀元年 十一月二十三日 伊予 湯築城
戦をなくす為に話し合いの場を設けたのに、これでは話がまとまらない。
元春の気持ちも理解できるが、大言壮語すぎたのだ。このまま、無条件では元春も引っ込みがつかないであろう。
「では能義郡、四万五千六百四十八石、銭にすれば二万二千八百二十四貫、年に支払おう。それとは別に、毛利本領や小早川領より先んじて商いの助けをし、また、職人の手配もいたす。これでいかがか?」
全員が、あ然とした。銭を出して、知行地を借りる、だと? そしてそれを尼子に与える?
現代でいえば賃貸になるのであろうが、ここまで規模の大きい賃貸は聞いた事がない。一番近いイメージで言えば近世における租借地である。
実際にまともに支払われた租借料はないようだが、租借地という表現が、いちばんしっくりくるであろう。
そしてこの租借という概念は、この時代では出現が2度目である。そう、浦戸の租借である。純正は直接関わってはいないが、宗麟に事の次第を聞いていた。
しかしそれよりもはるかに規模が大きい。純正もまさか使うとは思わなかったが、これで元春が折れなければ、いよいよ戦だ。
「馬鹿を申すな! 無礼にもほどが……」
立ち上がって拒絶と非難の声をあげようとする元春を、隆景と輝元が押さえる。
「もがあ、ふがあ」
「しばし、しばしお待ちを! おのおの方、しばし失礼いたす!」
そう言って2人は元春の口を塞ぎ、家老の力も借りて、羽交い締めにして力ずくで部屋の外へ連れ出す。
がちゃり、ばったん! 会議室のドアが開き、閉まる音が響く。
「何をする隆景!」
元春が開放された口から怒鳴った。
「何をではありませぬ! 黙って聞いていれば言いたい放題! 中将様に暴言を吐いたも同じではありませぬか! 家を、毛利を潰すおつもりか! ?」
隆景も負けず劣らず、怒鳴り返す。兄弟げんかはまだ続いているのだろうか?
「叔父上、もちろん、限度もございます。我慢の限界はございますが、今はまだその時ではありませぬ!」
羽交い締めにしたまま、なおも暴れる元春を、なんとか押さえる輝元。
「輝元、おぬしまで何を言うか。いや待て、隆景、今中将様と言うたか? 様とはなんだ様とは。わが毛利は小佐々に屈した訳ではないぞ! なにゆえ中将様なのだ!」
ばしいいいいいん!
隆景が元春に放った平手打ちの音が壮絶に響く。
「目を覚まされよ兄上! まだわからぬのですか! 毛利は、小佐々に負けたのです! 戦う前に敗れているのです! それとも兄上は、中将様が言うたように、人が死なぬとわからぬのですか!」
「何をいうか!」
「叔父上!」
「なんだ輝元! 何が言いたいのだ!」
興奮している元春に、輝元は深く息を吸い、吐き出し、そして心を落ち着かせて言った。
「吉川駿河守よ、その方は、毛利本家から断絶されたいのか? それが願いなら、甘んじてそういたそう。いかがか」。
叔父を叔父と呼ばず、しかもその方とは、まるで臣下に対する物言いだ。険しい顔をしている。
二十歳に満たない、頼りない優柔不断の当主はそこにはいなかった。毅然として家を守るため、言うべきを言い、行うべきを行う姿があったのだ。
元春は叔父に対する礼を失した物言いに、怒るよりも驚きを覚えた。
叔父二人に対して敬意を表する必要はある。助言を仰ぎ、家の進む道しるべとする必要もあるだろう。
しかし、毛利宗家の当主は輝元なのだ。吉川と小早川をあわせた、毛利一門の家中を束ねる当主なのである。
「尼子も、出来うることなら戦にて雌雄を決したかったでしょう。その備えもしておりました。しかし、それを恥をしのんで、なんと言われようとも、家の再興のためにここに足を運んでいるのですぞ」
隆景がそっと口を開いた。
「兄上の考えが全て間違っているとは申しませぬ。ここは考え方次第にござる。小佐々家が銭を出すと言うのです。使えるものは使いましょう。今は、臥薪嘗胆の時期にござる」
吉川元春も、ひとかどの武将である。
毛利の両川として輝元を支え、全盛期を築いた。感情的で直情的なところはあるが、愚鈍ではない。有能な武将に変わりはないのだ。
しばらくして部屋に戻った3人と家臣は席に着き、そして会議が再開された。
「近衛中将様、たびたびのご無礼、失礼つかまつりました。平に、平にご容赦願います。また、尼子殿。戦場にては幾度となく煮え湯を飲まされたが、それとこれは別にござる。ここでの暴言は、それがしの短慮のせいにて、謝罪いたす」
「よい、面を上げよ」
「構いませぬ。どうかお気になさらず」。
元春は深々と上座の純正に向かって頭を下げた。
その後許され、さらに尼子に向かって頭を下げた。一時はどうなるかと思われた西国会談であったが、なんとか事なきをえたのだった。
その後も引き続き議事は進行していったが、三村と宇喜多、毛利と尼子の件以外は、特に問題は起きなかった。
もともとこの会談のメインの議題だった2つが解決したので、他は服属の意思確認を行うだけで事足りたのだ。
3日目はその詳細を決めるだけで終わり、閉幕となった。
両山名家、別所、赤松、浦上、宇喜多の服属、そして三村も毛利の傘下から離れた事で、小佐々に服属する事となったのだ。
毛利は完全服属とはならないものの、西日本は事実上純正が支配する様になった。
しかし、西国の火種は、これで完全に消えたのだろうか? そう願いながらも、一抹の不安を拭いされない純正であった。
追伸:内々の話ではあるが、宇喜多直家と黒田官兵衛は諫早に出仕する事となった。直家は領国経営を弟の春家に任せ、重大な決議事項のみ書状でしらせ決裁するようになったのだ。
戦をなくす為に話し合いの場を設けたのに、これでは話がまとまらない。
元春の気持ちも理解できるが、大言壮語すぎたのだ。このまま、無条件では元春も引っ込みがつかないであろう。
「では能義郡、四万五千六百四十八石、銭にすれば二万二千八百二十四貫、年に支払おう。それとは別に、毛利本領や小早川領より先んじて商いの助けをし、また、職人の手配もいたす。これでいかがか?」
全員が、あ然とした。銭を出して、知行地を借りる、だと? そしてそれを尼子に与える?
現代でいえば賃貸になるのであろうが、ここまで規模の大きい賃貸は聞いた事がない。一番近いイメージで言えば近世における租借地である。
実際にまともに支払われた租借料はないようだが、租借地という表現が、いちばんしっくりくるであろう。
そしてこの租借という概念は、この時代では出現が2度目である。そう、浦戸の租借である。純正は直接関わってはいないが、宗麟に事の次第を聞いていた。
しかしそれよりもはるかに規模が大きい。純正もまさか使うとは思わなかったが、これで元春が折れなければ、いよいよ戦だ。
「馬鹿を申すな! 無礼にもほどが……」
立ち上がって拒絶と非難の声をあげようとする元春を、隆景と輝元が押さえる。
「もがあ、ふがあ」
「しばし、しばしお待ちを! おのおの方、しばし失礼いたす!」
そう言って2人は元春の口を塞ぎ、家老の力も借りて、羽交い締めにして力ずくで部屋の外へ連れ出す。
がちゃり、ばったん! 会議室のドアが開き、閉まる音が響く。
「何をする隆景!」
元春が開放された口から怒鳴った。
「何をではありませぬ! 黙って聞いていれば言いたい放題! 中将様に暴言を吐いたも同じではありませぬか! 家を、毛利を潰すおつもりか! ?」
隆景も負けず劣らず、怒鳴り返す。兄弟げんかはまだ続いているのだろうか?
「叔父上、もちろん、限度もございます。我慢の限界はございますが、今はまだその時ではありませぬ!」
羽交い締めにしたまま、なおも暴れる元春を、なんとか押さえる輝元。
「輝元、おぬしまで何を言うか。いや待て、隆景、今中将様と言うたか? 様とはなんだ様とは。わが毛利は小佐々に屈した訳ではないぞ! なにゆえ中将様なのだ!」
ばしいいいいいん!
隆景が元春に放った平手打ちの音が壮絶に響く。
「目を覚まされよ兄上! まだわからぬのですか! 毛利は、小佐々に負けたのです! 戦う前に敗れているのです! それとも兄上は、中将様が言うたように、人が死なぬとわからぬのですか!」
「何をいうか!」
「叔父上!」
「なんだ輝元! 何が言いたいのだ!」
興奮している元春に、輝元は深く息を吸い、吐き出し、そして心を落ち着かせて言った。
「吉川駿河守よ、その方は、毛利本家から断絶されたいのか? それが願いなら、甘んじてそういたそう。いかがか」。
叔父を叔父と呼ばず、しかもその方とは、まるで臣下に対する物言いだ。険しい顔をしている。
二十歳に満たない、頼りない優柔不断の当主はそこにはいなかった。毅然として家を守るため、言うべきを言い、行うべきを行う姿があったのだ。
元春は叔父に対する礼を失した物言いに、怒るよりも驚きを覚えた。
叔父二人に対して敬意を表する必要はある。助言を仰ぎ、家の進む道しるべとする必要もあるだろう。
しかし、毛利宗家の当主は輝元なのだ。吉川と小早川をあわせた、毛利一門の家中を束ねる当主なのである。
「尼子も、出来うることなら戦にて雌雄を決したかったでしょう。その備えもしておりました。しかし、それを恥をしのんで、なんと言われようとも、家の再興のためにここに足を運んでいるのですぞ」
隆景がそっと口を開いた。
「兄上の考えが全て間違っているとは申しませぬ。ここは考え方次第にござる。小佐々家が銭を出すと言うのです。使えるものは使いましょう。今は、臥薪嘗胆の時期にござる」
吉川元春も、ひとかどの武将である。
毛利の両川として輝元を支え、全盛期を築いた。感情的で直情的なところはあるが、愚鈍ではない。有能な武将に変わりはないのだ。
しばらくして部屋に戻った3人と家臣は席に着き、そして会議が再開された。
「近衛中将様、たびたびのご無礼、失礼つかまつりました。平に、平にご容赦願います。また、尼子殿。戦場にては幾度となく煮え湯を飲まされたが、それとこれは別にござる。ここでの暴言は、それがしの短慮のせいにて、謝罪いたす」
「よい、面を上げよ」
「構いませぬ。どうかお気になさらず」。
元春は深々と上座の純正に向かって頭を下げた。
その後許され、さらに尼子に向かって頭を下げた。一時はどうなるかと思われた西国会談であったが、なんとか事なきをえたのだった。
その後も引き続き議事は進行していったが、三村と宇喜多、毛利と尼子の件以外は、特に問題は起きなかった。
もともとこの会談のメインの議題だった2つが解決したので、他は服属の意思確認を行うだけで事足りたのだ。
3日目はその詳細を決めるだけで終わり、閉幕となった。
両山名家、別所、赤松、浦上、宇喜多の服属、そして三村も毛利の傘下から離れた事で、小佐々に服属する事となったのだ。
毛利は完全服属とはならないものの、西日本は事実上純正が支配する様になった。
しかし、西国の火種は、これで完全に消えたのだろうか? そう願いながらも、一抹の不安を拭いされない純正であった。
追伸:内々の話ではあるが、宇喜多直家と黒田官兵衛は諫早に出仕する事となった。直家は領国経営を弟の春家に任せ、重大な決議事項のみ書状でしらせ決裁するようになったのだ。
1
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』
姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ!
人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。
学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。
しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。
で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。
なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
チート転生~チートって本当にあるものですね~
水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!!
そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。
亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
崩壊寸前のどん底冒険者ギルドに加入したオレ、解散の危機だろうと仲間と共に友情努力勝利で成り上がり
イミヅカ
ファンタジー
ここは、剣と魔法の異世界グリム。
……その大陸の真ん中らへんにある、荒野広がるだけの平和なスラガン地方。
近辺の大都市に新しい冒険者ギルド本部が出来たことで、辺境の町バッファロー冒険者ギルド支部は無名のままどんどん寂れていった。
そんな所に見習い冒険者のナガレという青年が足を踏み入れる。
無名なナガレと崖っぷちのギルド。おまけに巨悪の陰謀がスラガン地方を襲う。ナガレと仲間たちを待ち受けている物とは……?
チートスキルも最強ヒロインも女神の加護も何もナシ⁉︎ ハーレムなんて夢のまた夢、無双もできない弱小冒険者たちの成長ストーリー!
努力と友情で、逆境跳ね除け成り上がれ!
(この小説では数字が漢字表記になっています。縦読みで読んでいただけると幸いです!)
転生農家の俺、賢者の遺産を手に入れたので帝国を揺るがす大発明を連発する
昼から山猫
ファンタジー
地方農村に生まれたグレンは、前世はただの会社員だった転生者。特別な力はないが、ある日、村外れの洞窟で古代賢者の秘蔵書庫を発見。そこには世界を変える魔法理論や失われた工学が眠っていた。
グレンは農村の暮らしを少しでも良くするため、古代技術を応用し、便利な道具や魔法道具を続々と開発。村は繁栄し、噂は隣領や都市まで広がる。
しかし、帝国の魔術師団がその力を独占しようとグレンを狙い始める。領主達の思惑、帝国の陰謀、動き出す反乱軍。知恵と工夫で世界を変えたグレンは、これから巻き起こる激動にどう立ち向かうのか。
田舎者が賢者の遺産で世界へ挑む物語。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる