428 / 810
西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-
小早川隆景、伊予から豊後、そして肥前へ。小佐々純正という男②
しおりを挟む
元亀元年 十月十四日
発 石宗山陽 宛 総司令部
秘メ 宇喜多ノ 使者 戸川秀安 輝元ニ 会ヱリ 詳細ハ 不明ナレド 浦上ノ 名代ニ アラズ マタ 両川ハ 不在ナリ 一○○七 秘メ 経由 門司信号所 一○一一 午三つ刻(1200)
「うむ」
純正は隆景の弁明を聞いている。
「さりとて毛利と攻守の盟を結ばずとも、大友と相対し得んと中将様はお考えになり、不可侵の盟約のみとされておりましたる事と存じますが、いかがでしょうか?」
「その通りじゃ」
「思えばその折、我らより幾度となく御会談の申し込みをいたし、数多の御会談を重ね、攻守の盟を結び申し上げるべきでございました。もし結びたるならば、このような事には……」
純正は黙って聞いている。
「しかるにわれらはそうせず、不可侵の盟約のままに刻は進み申した。西が無理なら南、南が無理なら東へと兵を進め力を強めねばならず、ついに中将様を謀りて、伊予の大名に調略をかける他ございませんでした」
「さようか。で、こたびはなぜ、と聞きたいところであるが、時間が惜しい。宇喜多から使者が参ったのであろう? それで進退窮まり、戦になる前に和睦をしに参ったのではないのか?」
隆景の唖然とする顔をよそに、純正は続ける。
「いや、和睦という言い方はおかしいの。まだ戦っておらぬゆえな。われらと親交を深めるため、あわよくば攻守の盟を結ぶために参ったのではないか?」
隆景は返事ができない。
「それに、毛利家中の事はよくわからぬが、おそらくは考えが割れたのではないか? 駿河守殿(吉川元春)あたりは、徹底抗戦を唱えておったであろう?」
「は……」
「ふふふ、それで小早川殿、こたびの顛末、どう収拾するつもりなのだ?」
純正は怒っているのだろうか? 根に持っているのだろうか? 隆景は純正の心中を探ろうと思うが、できない。
「は、されば、はばかりながら申し上げまする。この上は、条件と条件のすり合わせになるかと存じます」
ふむ、と純正。
「ありていに申せば、中将様が出される条件が、われらが到底呑む事ができぬものなら、残念ながら戦にて決する他ありませぬ」
「まあ……そうなるであろうな。実のところ……」
純正は膝をポンと叩いて、話し始める。
「実のところ、条件など、まだ考えておらぬのだ」
……。怒っていないのか?
まるで世間話をするかのように、語っている。人ごとのようだ。いや、油断はできぬ。隆景は純正の真意がわからない。
「では、何によって条件をお決めになるのでしょうか」
「うむ、事が小佐々と毛利だけであれば、なんの事はない。領土の割譲や賠償金、それから湊や鉱山の権益の受け渡しなどであろう?」
は、と隆景は答える。
「しかしな、伊予の件はわかっておるゆえ、結局は毛利と決するのはいつか、というだけの段階だったのじゃ。そこへ来て尼子じゃ」。
「尼子!」
隠岐に逃れた尼子に不穏な動きがあるのは知っていた。しかし、すでに純正のところまで使者がきていたとは、隆景はつかんでいなかったのだ。
「そう、その尼子よ。確か、山中鹿之助と申したかな。その者から書状が届き、毛利に対して兵をあげるので、我らの助力を願うとの旨が記されておったのじゃ」
隆景は歯ぎしり、とまではいかないが、苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「もちろん、快諾した。しかし、表だって兵を起こす訳にもいかぬ。毛利は幕府しかり、織田しかり、親交があるゆえな。それゆえ兵糧矢弾、銭を供するにとどめておいたのだ」
「はい」
隆景は、ここで感謝を述べるのもおかしいと思い、返事だけにとどめた。
「そうした後に播磨、備前、美作の他、山名にも書状を送り使者を遣わし、どちらの側に属すべきかと、ひそかに服属を求めておったのだ」
「しかしなぜ、宇喜多には使者をお遣わせにならなかったのでござるか?」
隆景が愚かということではない。考えれば、やがて答えは出るであろう。
しかしここで軍略の講義や問答をしても仕方がない。時間もないので、隆景は考える前にそのまま聞いたのだ。また、純正もそれがわかっていたので答えた。
「孫子曰く、兵とは国の大事なり、勝算なくば戦わず、じゃ。ゆえに勝算を高めるためにやっただけのこと。三村とわれらが昵懇にしておることは存じておろう?」
「は、一年以上前から中将様と誼を通じ、交易も行っていると聞き及んでおりました」
「うむ、その三村を毛利から切り離し、われらの味方とするべく、宇喜多には書状を送らなかったのだ」
「……」
「進退窮まった宇喜多が助けを求めにきたのではないか? 三村を敵に回してでも、今われら(宇喜多)を味方とし、兵を起こさねば毛利は小佐々に呑み込まれる、などと甘言を弄してきたであろう」
「それは……それは、まさにその通りにございます」
純正の慧眼恐るべし。
「われらとしては、毛利が兵をあげるのを待っておったのよ。宇喜多と結ぶとなれば、三村は間違いなく毛利を離れよう。そして頼るはわれらじゃ」。
全てが純正の手のひらの上である。
「そうなれば三村に合力し毛利を攻める。われらには伊予の件があるゆえ、手切之一札を出せば誰も文句はいえまい。仮に直に戦をせずとも備前播磨は手に入り、あわよくば山名も傘下に入る。いずれにしても、勝てる戦じゃ」
純正はニコニコしているが、どうにも落ち着かないらしい。
「小早川殿、毛利に敵意はない、譲歩してもかまわないから我らと親交を深め、攻守の盟約を結びたい、それでよろしいか?」
「はは、仰せの通りにございます」
「あいわかった。ではこちらへ」。
純正は小会議室へと隆景を案内し、飲み物と茶菓子を持ってくるように命じた。
発 石宗山陽 宛 総司令部
秘メ 宇喜多ノ 使者 戸川秀安 輝元ニ 会ヱリ 詳細ハ 不明ナレド 浦上ノ 名代ニ アラズ マタ 両川ハ 不在ナリ 一○○七 秘メ 経由 門司信号所 一○一一 午三つ刻(1200)
「うむ」
純正は隆景の弁明を聞いている。
「さりとて毛利と攻守の盟を結ばずとも、大友と相対し得んと中将様はお考えになり、不可侵の盟約のみとされておりましたる事と存じますが、いかがでしょうか?」
「その通りじゃ」
「思えばその折、我らより幾度となく御会談の申し込みをいたし、数多の御会談を重ね、攻守の盟を結び申し上げるべきでございました。もし結びたるならば、このような事には……」
純正は黙って聞いている。
「しかるにわれらはそうせず、不可侵の盟約のままに刻は進み申した。西が無理なら南、南が無理なら東へと兵を進め力を強めねばならず、ついに中将様を謀りて、伊予の大名に調略をかける他ございませんでした」
「さようか。で、こたびはなぜ、と聞きたいところであるが、時間が惜しい。宇喜多から使者が参ったのであろう? それで進退窮まり、戦になる前に和睦をしに参ったのではないのか?」
隆景の唖然とする顔をよそに、純正は続ける。
「いや、和睦という言い方はおかしいの。まだ戦っておらぬゆえな。われらと親交を深めるため、あわよくば攻守の盟を結ぶために参ったのではないか?」
隆景は返事ができない。
「それに、毛利家中の事はよくわからぬが、おそらくは考えが割れたのではないか? 駿河守殿(吉川元春)あたりは、徹底抗戦を唱えておったであろう?」
「は……」
「ふふふ、それで小早川殿、こたびの顛末、どう収拾するつもりなのだ?」
純正は怒っているのだろうか? 根に持っているのだろうか? 隆景は純正の心中を探ろうと思うが、できない。
「は、されば、はばかりながら申し上げまする。この上は、条件と条件のすり合わせになるかと存じます」
ふむ、と純正。
「ありていに申せば、中将様が出される条件が、われらが到底呑む事ができぬものなら、残念ながら戦にて決する他ありませぬ」
「まあ……そうなるであろうな。実のところ……」
純正は膝をポンと叩いて、話し始める。
「実のところ、条件など、まだ考えておらぬのだ」
……。怒っていないのか?
まるで世間話をするかのように、語っている。人ごとのようだ。いや、油断はできぬ。隆景は純正の真意がわからない。
「では、何によって条件をお決めになるのでしょうか」
「うむ、事が小佐々と毛利だけであれば、なんの事はない。領土の割譲や賠償金、それから湊や鉱山の権益の受け渡しなどであろう?」
は、と隆景は答える。
「しかしな、伊予の件はわかっておるゆえ、結局は毛利と決するのはいつか、というだけの段階だったのじゃ。そこへ来て尼子じゃ」。
「尼子!」
隠岐に逃れた尼子に不穏な動きがあるのは知っていた。しかし、すでに純正のところまで使者がきていたとは、隆景はつかんでいなかったのだ。
「そう、その尼子よ。確か、山中鹿之助と申したかな。その者から書状が届き、毛利に対して兵をあげるので、我らの助力を願うとの旨が記されておったのじゃ」
隆景は歯ぎしり、とまではいかないが、苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「もちろん、快諾した。しかし、表だって兵を起こす訳にもいかぬ。毛利は幕府しかり、織田しかり、親交があるゆえな。それゆえ兵糧矢弾、銭を供するにとどめておいたのだ」
「はい」
隆景は、ここで感謝を述べるのもおかしいと思い、返事だけにとどめた。
「そうした後に播磨、備前、美作の他、山名にも書状を送り使者を遣わし、どちらの側に属すべきかと、ひそかに服属を求めておったのだ」
「しかしなぜ、宇喜多には使者をお遣わせにならなかったのでござるか?」
隆景が愚かということではない。考えれば、やがて答えは出るであろう。
しかしここで軍略の講義や問答をしても仕方がない。時間もないので、隆景は考える前にそのまま聞いたのだ。また、純正もそれがわかっていたので答えた。
「孫子曰く、兵とは国の大事なり、勝算なくば戦わず、じゃ。ゆえに勝算を高めるためにやっただけのこと。三村とわれらが昵懇にしておることは存じておろう?」
「は、一年以上前から中将様と誼を通じ、交易も行っていると聞き及んでおりました」
「うむ、その三村を毛利から切り離し、われらの味方とするべく、宇喜多には書状を送らなかったのだ」
「……」
「進退窮まった宇喜多が助けを求めにきたのではないか? 三村を敵に回してでも、今われら(宇喜多)を味方とし、兵を起こさねば毛利は小佐々に呑み込まれる、などと甘言を弄してきたであろう」
「それは……それは、まさにその通りにございます」
純正の慧眼恐るべし。
「われらとしては、毛利が兵をあげるのを待っておったのよ。宇喜多と結ぶとなれば、三村は間違いなく毛利を離れよう。そして頼るはわれらじゃ」。
全てが純正の手のひらの上である。
「そうなれば三村に合力し毛利を攻める。われらには伊予の件があるゆえ、手切之一札を出せば誰も文句はいえまい。仮に直に戦をせずとも備前播磨は手に入り、あわよくば山名も傘下に入る。いずれにしても、勝てる戦じゃ」
純正はニコニコしているが、どうにも落ち着かないらしい。
「小早川殿、毛利に敵意はない、譲歩してもかまわないから我らと親交を深め、攻守の盟約を結びたい、それでよろしいか?」
「はは、仰せの通りにございます」
「あいわかった。ではこちらへ」。
純正は小会議室へと隆景を案内し、飲み物と茶菓子を持ってくるように命じた。
2
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』
姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ!
人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。
学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。
しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。
で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。
なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。
悪役令嬢の騎士
コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。
異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。
少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。
そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。
少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
ReBirth 上位世界から下位世界へ
小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは――
※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。
1~4巻発売中です。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる