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九州探題小佐々弾正大弼純正と信長包囲網-新たなる戦乱の幕開け-
歴史の変化が人の死を早め、それがまた歴史を変える
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元亀元年 十月十日 京都 室町御所
「公方様、備前の宇喜多の遣いと申す者が、お目通りを願っております」
「宇喜多……? 浦上ではなく、宇喜多だと?」
義昭は献上品の刀剣の品定めをしている最中に、政所執事である摂津広門から声をかけられ不機嫌である。
「はい、なにぶん火急の用件にて、取り急ぎお目通りを願っております」
「火急の用件のう。以前は浦上との仲介をしてやったが、こたびは何であろうの。そのように急ぎの用件なら、晴門、そちが代わりに聞けばよい」
晴門は困った顔をして答える。
「それがしもそう答えたのですが、その者、幕府の根幹を揺るがす事ゆえ、ぜひにと譲らぬのです」
「ふむ、そこまで言うのなら会うてみるか。暇ではないゆえ、くだらぬ話ならすぐに帰らせろ」
「はは」
そう言って義昭は晴門に命じ、花房越後守(正幸)を謁見の前に通した。
「こたびは突然の要望にも関わらず、謁見を許していただき感謝の至り、恐悦至極にございます。それがしは備前国邑久郡ならびに上道郡の領主、宇喜多三郎右衛門尉様が家臣、花房越後守正幸と申しまする」
「うむ、苦しゅうない。面を上げよ」。
義昭は大上段に構え、正幸に顔を上げる事を許可する。
「して、こたびはいかがした。余も暇ではないが、幕府の根幹に関わる話と言うではないか。それゆえ会うておる。つまらぬ話なら、許さぬぞ」
「はは、ありがたき幸せ。まずはお礼申し上げまする。また先の浦上との和議の仲裁、誠に感謝にたえませぬ。それゆえこたびは、ひとえに幕府の、公方様の御為になる申し出をいたしたく、まかり越しました」
「ふむ、話してみよ」
義昭は、とりあえず話だけは聞いてやろうという気持ちである。
「は、まずは近ごろの畿内の情勢にてお話しいたしたく存じます。一昨年公方様は上洛を成し遂げられ、幕府のご威光のもと、この日ノ本を静謐に導くべく邁進されている事と存じます」
「うむ」
義昭も、こういったお世辞で取り入ろうとしている人間を多く見てきたのだろうか。表情を変えずに聞いているが、内心は嬉しいのだろう。
「しかるにその幕府の権威を失墜させ、あまつさえ公方様を傀儡のごとく扱い、幕府を軽んじないがしろにする輩も出てくる始末にござる」
「そちは一体、何を言いたいのだ? 誰のことを言っているのだ?」
正幸は一息おいて言う。
「それは、それがしが申し上げずとも、公方様ご自身が、よくお感じになっていらっしゃるのではないでしょうか」
義昭は眉をひそめながらも、しっかりと正幸の言葉を聞いている。
信長には殿中御掟二十一箇条を突きつけられた。御内書の乱発や将軍家家臣の横領が頻発して、社会問題になっていたためだ。
その内容は、幕府の先例や規範に則ったものであり、正論である。義昭も内容を確認して認めているのだが、面白くはない。
自由に何もできないのだ。
「ふむ、それで?」
「は、東は武田と北条、北は朝倉に上杉がおりまする。これ以上拡げるは、まだまだ刻がかかるでしょう。問題は西でござる。公方様のご意向を無視した行いをしている輩がいるとか、いないとか」
「ほう?」
義昭はニヤリと笑い、正幸に続きを話すように促した。
■相模国 小田原城
関東の雄である後北条氏の第三代、北条氏康が没した。史実では元亀二年十月三日の事であるが、一年早い。
氏康は関東から山内・扇谷両上杉氏を駆逐して領土を拡げ、武田氏・今川氏との間に結んだ甲相駿三国同盟はあまりにも有名だ。
関東を支配し、上杉謙信を退け、後世につながる民政制度を充実させるなど、政治的手腕も発揮した。
当主としての19年間と、隠居してなお第4代当主の北条氏政との共同統治を12年間続け、30年以上にわたって後北条氏を率いたのだ。
その氏康が没した。
通常、代替わりの際には近隣諸国からの介入や政治的混乱が発生するが、氏康の死による混乱はなかった。
これは氏康と氏政の二頭体制が、12年の長きに渡って行われていたからだろう。その後氏政は、上杉謙信と結んでいた越相同盟を破棄し、武田信玄と甲相同盟を結ぶ。
氏政は昨年、永禄十二年の六月に謙信と同盟を結んでいたが、その内容に齟齬があり、城や領土の領有についても行き違いがあったのだ。
北関東や房総半島を主戦場とする北条氏と、越中の平定に注力しようという双方の戦略の違いもあったのだろう。
結局は北条氏と上杉氏の双方にとって、同盟の効果は薄かったのだ。根本の利害が対立するだけに、同盟には無理が大き過ぎたともいえる。
また、甲相同盟の1年前倒しは、さらに歴史を変えた。
甲相同盟の甲である武田信玄は、昨年の永禄十二年に信長と足利義昭を通じて、上杉謙信といわゆる甲越和与と呼ばれる和睦を成立させている。
これにより、結果論にはなるが、信玄は後背を気にすることなく、西上作戦ができるようになるのである。
小佐々の領土肥大化と国力増大による三好の降伏。
それにともなう信長包囲網の弱体化と、義昭と信長の険悪化の促進。第二次信長包囲網(第三次?)と大国の参入。
様々な思惑が絡み合い、こうして歴史が早まり、新しい歴史の分岐点をつくり、その新しい歴史を人々が紡いでいくのであった。
■相模国 城ヶ島村 赤羽根海岸
「Ayúdame, dame algo de comer...」
(助け、て、くれ、なにか、食べるものを……)
「公方様、備前の宇喜多の遣いと申す者が、お目通りを願っております」
「宇喜多……? 浦上ではなく、宇喜多だと?」
義昭は献上品の刀剣の品定めをしている最中に、政所執事である摂津広門から声をかけられ不機嫌である。
「はい、なにぶん火急の用件にて、取り急ぎお目通りを願っております」
「火急の用件のう。以前は浦上との仲介をしてやったが、こたびは何であろうの。そのように急ぎの用件なら、晴門、そちが代わりに聞けばよい」
晴門は困った顔をして答える。
「それがしもそう答えたのですが、その者、幕府の根幹を揺るがす事ゆえ、ぜひにと譲らぬのです」
「ふむ、そこまで言うのなら会うてみるか。暇ではないゆえ、くだらぬ話ならすぐに帰らせろ」
「はは」
そう言って義昭は晴門に命じ、花房越後守(正幸)を謁見の前に通した。
「こたびは突然の要望にも関わらず、謁見を許していただき感謝の至り、恐悦至極にございます。それがしは備前国邑久郡ならびに上道郡の領主、宇喜多三郎右衛門尉様が家臣、花房越後守正幸と申しまする」
「うむ、苦しゅうない。面を上げよ」。
義昭は大上段に構え、正幸に顔を上げる事を許可する。
「して、こたびはいかがした。余も暇ではないが、幕府の根幹に関わる話と言うではないか。それゆえ会うておる。つまらぬ話なら、許さぬぞ」
「はは、ありがたき幸せ。まずはお礼申し上げまする。また先の浦上との和議の仲裁、誠に感謝にたえませぬ。それゆえこたびは、ひとえに幕府の、公方様の御為になる申し出をいたしたく、まかり越しました」
「ふむ、話してみよ」
義昭は、とりあえず話だけは聞いてやろうという気持ちである。
「は、まずは近ごろの畿内の情勢にてお話しいたしたく存じます。一昨年公方様は上洛を成し遂げられ、幕府のご威光のもと、この日ノ本を静謐に導くべく邁進されている事と存じます」
「うむ」
義昭も、こういったお世辞で取り入ろうとしている人間を多く見てきたのだろうか。表情を変えずに聞いているが、内心は嬉しいのだろう。
「しかるにその幕府の権威を失墜させ、あまつさえ公方様を傀儡のごとく扱い、幕府を軽んじないがしろにする輩も出てくる始末にござる」
「そちは一体、何を言いたいのだ? 誰のことを言っているのだ?」
正幸は一息おいて言う。
「それは、それがしが申し上げずとも、公方様ご自身が、よくお感じになっていらっしゃるのではないでしょうか」
義昭は眉をひそめながらも、しっかりと正幸の言葉を聞いている。
信長には殿中御掟二十一箇条を突きつけられた。御内書の乱発や将軍家家臣の横領が頻発して、社会問題になっていたためだ。
その内容は、幕府の先例や規範に則ったものであり、正論である。義昭も内容を確認して認めているのだが、面白くはない。
自由に何もできないのだ。
「ふむ、それで?」
「は、東は武田と北条、北は朝倉に上杉がおりまする。これ以上拡げるは、まだまだ刻がかかるでしょう。問題は西でござる。公方様のご意向を無視した行いをしている輩がいるとか、いないとか」
「ほう?」
義昭はニヤリと笑い、正幸に続きを話すように促した。
■相模国 小田原城
関東の雄である後北条氏の第三代、北条氏康が没した。史実では元亀二年十月三日の事であるが、一年早い。
氏康は関東から山内・扇谷両上杉氏を駆逐して領土を拡げ、武田氏・今川氏との間に結んだ甲相駿三国同盟はあまりにも有名だ。
関東を支配し、上杉謙信を退け、後世につながる民政制度を充実させるなど、政治的手腕も発揮した。
当主としての19年間と、隠居してなお第4代当主の北条氏政との共同統治を12年間続け、30年以上にわたって後北条氏を率いたのだ。
その氏康が没した。
通常、代替わりの際には近隣諸国からの介入や政治的混乱が発生するが、氏康の死による混乱はなかった。
これは氏康と氏政の二頭体制が、12年の長きに渡って行われていたからだろう。その後氏政は、上杉謙信と結んでいた越相同盟を破棄し、武田信玄と甲相同盟を結ぶ。
氏政は昨年、永禄十二年の六月に謙信と同盟を結んでいたが、その内容に齟齬があり、城や領土の領有についても行き違いがあったのだ。
北関東や房総半島を主戦場とする北条氏と、越中の平定に注力しようという双方の戦略の違いもあったのだろう。
結局は北条氏と上杉氏の双方にとって、同盟の効果は薄かったのだ。根本の利害が対立するだけに、同盟には無理が大き過ぎたともいえる。
また、甲相同盟の1年前倒しは、さらに歴史を変えた。
甲相同盟の甲である武田信玄は、昨年の永禄十二年に信長と足利義昭を通じて、上杉謙信といわゆる甲越和与と呼ばれる和睦を成立させている。
これにより、結果論にはなるが、信玄は後背を気にすることなく、西上作戦ができるようになるのである。
小佐々の領土肥大化と国力増大による三好の降伏。
それにともなう信長包囲網の弱体化と、義昭と信長の険悪化の促進。第二次信長包囲網(第三次?)と大国の参入。
様々な思惑が絡み合い、こうして歴史が早まり、新しい歴史の分岐点をつくり、その新しい歴史を人々が紡いでいくのであった。
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