上 下
402 / 794
九州探題小佐々弾正大弼純正と信長包囲網-新たなる戦乱の幕開け-

阿波三好家の凋落と義昭との軋轢?そして医学の進歩!

しおりを挟む
 元亀元年(1570) 五月

 池田城の城主追放に始まり、阿波三好と三人衆の摂津再上陸で勢いに乗ったかに見えた信長包囲網は、純正の予想通り、二月も経たずに瓦解した。

「純久! 純久はおらぬか!」

 室町御所で声をあげて小佐々純久を呼んでいるのは室町幕府第十五代将軍の足利義昭である。

「公方様、治部少丞殿は大使館におられますので、いましばらくお待ちください」

 傍らで義昭を諫めているのは、幕臣の細川藤孝である。

「しかし公方様、今なぜ、このように急いてあの者をお召しになるのですか?」

「いや、なに、三好めに対する弾正忠と弾正大弼への和議の仲裁をたのまれての」

「和議! でございますか? しかし三好長逸、三好宗渭、岩成友通の三人衆は、お兄君であらせられた、先の先の公方様を弑し奉った張本人にございますぞ」

「それはわかっておる! わかっておる……が、ここでこの大乱を収めれば、諸大名の余に対する見た方も変わろうというもの。そうは思わぬか、藤孝よ」

「それは……そうで、ございましょうが、公方様はそれでご無念が晴れまするか? ここで和議を調停なされば、二度と三好を討てなどとは命ぜられませぬぞ」

「それは、わかっておる。余としても苦渋の決断なのじゃ」。

 本当にわかっておられるのか? 戦を起こすも止めるも、子供の遊びではないというのに。藤孝はそう思った。

「治部少丞様、お見えになりました」

「おお、きたか」

「ご尊顔を拝し、恐悦至極に……」

「そのような堅苦しい挨拶はよい、余とそちの仲ではないか。ささ、面をあげよ」

 純久は、いつそのような仲になったのだ? と不思議に思いながらも顔を上げ、義昭と正対する。義昭は立ち上がりそうになるくらい、そわそわしている。

「実はの、そちに頼みがあって呼んだのじゃ」

「はは、それがしにできる事なれば、なんなりと」

「うむ。さすがである。では、そちの主君である弾正大弼に、三好と和議を結ぶよう言ってくれぬか」

「三好と、和議、にございますか」

 純久は傍らにいる藤孝に目をやる。藤孝は目をつぶり、しかめっ面をしてうなずいたり首を横に振ったりしている。

 どうしようもない、だめだこりゃ、という意思表示なのだろうか。

「うむ、そうだ。あちらが兵をあげたとは言え、帝もわれらも争いは好まぬ。そこで織田と小佐々が兵を退けば、あやつらも兵を退くという申し出があったゆえ、こうしてそちに来てもらったのだ」

 なんというお花畑だ。

 お花畑という表現は、おそらくこの時代にはないだろう。しかし、純久は同じような考えをしていた。

 和議というのは基本的に劣勢の側から申し出るものだからだ。優勢であるのに和議を申し込む者はいない。

 なぜか? 勝てるからだ。これはひとえに三好勢が劣勢であると同時に、敵である彼らも、自軍が劣勢だと認識していることに他ならない。

「しかし公方様、あえて申し上げまする。三好は公方様にとって不倶戴天の敵ではございませぬか? それゆえ昨年より、われら小佐々に討伐を命じられておりました」

 うむ、と義昭。

「昨年は小佐々にとっても南に島津あり、四国に敵ありと、おいそれとは兵を出すことあたわぬ故、不本意ながら長宗我部に兵糧矢弾と銭を供しておりました」

 藤孝も、黙ってうなずいている。

「しかしながらようやく九州もまとまり、四国も紆余曲折あれど伊予と土佐は平定いたしました。それゆえ今こそ公方様の悲願を叶えようと(建前で嘘だが)、三好に警告を送り、力を蓄え機会を狙っていたのでございます」

 義昭の顔が、黙ってはいるが、だんだんと険しくなっていくのがわかる。

「しかして三好が兵をあげたゆえ、ここぞとばかりにわれら小佐々も兵をあげ、後もう少しで阿波を平定し、淡路から摂津へ討伐へ向かおうとしていたのです。なにゆえに……」

「ええい、わかっておる! みなまで言うな。とにかく、和議の件、頼むぞ治部少丞」

 義昭は語気を強め、立ち上がって退室してしまった。純久は平伏したまま、はあ、とため息をつく。上体をあげ、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

(和議に関しては、殿はのむかもしれない。しかし、条件については一切妥協はしないだろう。これは、和議という名の降伏通告だ)

 ■諫早 純アルメイダ大学 医学部 教室 

 教室にいる学生たちは熱心に筆記し、教授である東玄甫の講義に耳を傾けていた。
 
 壁には手描きの身体図が掛けられており、その中に心臓や他の臓器、血管などが詳細に描かれている。

「これはわたしが、解剖実習で観察したものを書いた図です」

 と東玄甫は説明した。そして自らの腕を縛って、学生達にも同じようにするよう求めている。

「こうやって縛ると、血管が浮き出てきますね。そして浮き出てきた血管を心臓に向けて押さえながらなぞってください」

 そうすると、一瞬浮き出た血管が薄くなり消えかけるが、すぐに元通りに浮き出てくる。

「しかし、みてください。もし血液が循環せず、ただそこに存在して栄養を体に与えるだけなら、このような形にはなりません」

 そう言って腕を見るようにうながす。血管の途中で血が止まり、それより先は血管が浮き出てこなかったのだ。

「これは、ここに弁があり、血液が逆流しないようにする働きをしている事に他なりません」

 生徒全員が、おおお、と声をあげる。

「では、ここで腕の先に血液が行かないようにしているという事は、この血液は腕の先からどこかに向かう血液であり、その血管はその役割をしていることになります」

 生徒達は真剣に聞き入る。

「またそうなると、逆に腕や足などの体の隅々に血液を届ける血管がある、と考えるのが自然です」

 さらに玄甫は続ける。

「最後に、では血液はどこでつくられるのか? そしてどのようにして全身に行き渡るのか? という疑問が出てきます」

 玄甫は、ここです、と心臓を指さし、握りしめた拳でとんとん、と軽く胸を叩く。

「物を動かすには力がいります。水と同じでポンプの役割をこの心臓がしており、血液をつくっていると考えればつじつまが合うのです」

 学生の一人が手をあげて尋ねる。

「先生、それは従来のガレノスの理論を否定するものになりますよね?」

 医学部の学生は一年の時、もしくは医者の家系や適性のある者、それから医師志望の者は、高校生の段階で大学の医学史を習う。
 
「その通り」

 と玄甫は答えた。

「ガレノスの理論は、血液が肝臓で発生し、人体各部へ移動して消費される、としています。その理論では人体は二種類の血液、静脈血と動脈血を持つ。静脈血は肝臓で消化された食物から作られ、身体に「栄養」を供給する。一方、心臓で空気の精気が混じった動脈血は、『生力』を身体に供給する、と定義されました」

 ガレノスの理論では、心臓が血液を全身に送る役割は認められず、栄養と生力が全身に伝わるのが主な役割とされている。

「しかし、私の研究によればそれは正しくありませんし、さきほどの弁の説明がつきません。したがって、血液は循環していると考えるのが妥当です」

 学生たちは新しい知識に驚きつつも、この新しい発見を理解しようと努力していた。東玄甫の講義は、彼らの考え方や医学への興味を一層深めるものとなったのだ。

 近い将来、この玄甫の学説を否定したり、新しく解釈して医学を進歩させる学者がでてくるかもしれなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

お坊ちゃまはシャウトしたい ~歌声に魔力を乗せて無双する~

なつのさんち
ファンタジー
「俺のぉぉぉ~~~ 前にぃぃぃ~~~ ひれ伏せぇぇぇ~~~↑↑↑」 その男、絶叫すると最強。 ★★★★★★★★★ カラオケが唯一の楽しみである十九歳浪人生だった俺。無理を重ねた受験勉強の過労が祟って死んでしまった。試験前最後のカラオケが最期のカラオケになってしまったのだ。 前世の記憶を持ったまま生まれ変わったはいいけど、ここはまさかの女性優位社会!? しかも侍女は俺を男の娘にしようとしてくるし! 僕は男だ~~~↑↑↑ ★★★★★★★★★ 主人公アルティスラは現代日本においては至って普通の男の子ですが、この世界は男女逆転世界なのでかなり過保護に守られています。 本人は拒否していますが、お付きの侍女がアルティスラを立派な男の娘にしようと日々努力しています。 羽の生えた猫や空を飛ぶデカい猫や猫の獣人などが出て来ます。 中世ヨーロッパよりも文明度の低い、科学的な文明がほとんど発展していない世界をイメージしています。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

アイスさんの転生記 ~貴族になってしまった~

うしのまるやき
ファンタジー
郡元康(こおり、もとやす)は、齢45にしてアマデウス神という創造神の一柱に誘われ、アイスという冒険者に転生した。転生後に猫のマーブル、ウサギのジェミニ、スライムのライムを仲間にして冒険者として活躍していたが、1年もしないうちに再びアマデウス神に迎えられ2度目の転生をすることになった。  今回は、一市民ではなく貴族の息子としての転生となるが、転生の条件としてアイスはマーブル達と一緒に過ごすことを条件に出し、神々にその条件を呑ませることに成功する。  さて、今回のアイスの人生はどのようになっていくのか?  地味にフリーダムな主人公、ちょっとしたモフモフありの転生記。

処理中です...