264 / 810
九州三強と中央への目-肥前王 源朝臣小佐々弾正大弼純正-
絶体絶命、臼杵城と大友宗麟の葛藤
しおりを挟む
九月十二日 酉三つ刻(1800) ※臼杵城 ※吉岡長増
伝馬で乗り継ぎ野営はしたが、翌日十一日の辰四つ刻(0830)には日田城に着いた。考えれば二刻と四半刻(4時間半)だ。二十四里近い(93km)距離をこれだけの時間で着けるなど、これはもう国力や兵力の問題ではない。根本が違うのだ。
一昨日の通信文にしてもそうだ。筑前の津屋崎から肥後や豊後、四十里近い(150km)距離を三刻(6時間)もかけずに連絡しあう。ありえぬ話だ。それに比べてわが方はどうだ? 日田から馬を飛ばし、なんとか途中で馬を替える事はできた。
しかし、結局※臼杵に着くのに二日かかっている。日田から臼杵までは二十九里(113.8km)であるから、小佐々の伝馬を使えば三刻(6時間)で着いている。通信ならば昼夜関係なく、二刻(4時間)で伝えるだろう。
われらの常識を超えておる。街道を整備し、一里ごとに信号所、二里ごとに伝馬宿を設置する。これにより従来の三倍近い速さで使者や文書の往来が可能になる。もちろん天候やその他の条件で左右されるが、それでも早い。
夜もそうだ。灯火や火振り、発光信号でやり取りをする。それも文書と変わらぬ内容を、だ。街道は雨でもぬかるむ事なく幅は六間(11.1m)はあり、人も物も、馬車でさえ避ける事なく行き来できる広さだ。
あの船を見よ。沖浜にいる南蛮船と同じ、いやそれより大きい。そして大鉄砲とでも言おうか、巨大な砲に火縄のない鉄砲。どれをとってもわが領国にないものばかりではないか。
日田城は戦わず降伏した。城下は整然としており、戦の最中である事を思わせるような形跡はない。角牟礼城下も同じである。日出生城は主街道から離れるゆえ通らなかったが、推して知るべしであろう。
守備のために残されている兵は規律正しく、見張り台や番所はあったものの、あくまで保安のためと言う様相を呈している。略奪された形跡もなく焼き討ちや破壊の形跡もない。町の様子が普段と変わらないのだ。
一時は逃げていた町民も戻ってきている。城での攻防は激しかったと聞くが、それでも短期間で終わったので、商いやその他の生活に支障をきたすほどではなかったのであろう。何かが、違う。小佐々は今までの敵とは違う。
由布院山城には小佐々の押さえの兵がおり、府内にも五千近い兵がいたが、混乱はまったくない。今までこのような規律正しい軍を見た事がない。略奪は行われず、城下での必要な物資の調達には、しっかりと対価としての銭が支払われている。
しかしその様相は臼杵に近づくにつれて変わってきた。まず住民の数が減った。実際の住民の数はもちろん減ったのだろうが、出歩いている人の数が明らかに少ないのだ。兵のほうが圧倒的に多い。府内とは逆だ。そしてなにより殺伐としている。
もちろん町の規模としては府内が圧倒的に大きい。ゆえに民の数も多いのはもちろんだ。しかし、問題はそこではない。府内は大友家の政治、経済、文化の中心であるので、繁華で活気に満ちた、賑やかな町と言う印象だ。
それが、そのまま残っているのである。多くの兵が駐屯しているものの、変わらないのだ。対して臼杵はと言うと、たしかに歴史も浅く規模も小さい。しかし小規模なりに小さな府内、と言う装いであれば良い。
だがそうではなく、明らかに戦の影響で民が減っているのだ。わしは津屋崎での滞在の間、そしてここまで来る道中、見て聞いて感じた事をすべて頭の中でまとめ、考え、一つの結論に達した。
駄目だ、戦などしてはならぬ。勝てるはずがないのだ。もちろん、勝てないと思ったからこそ和平交渉に臨んだのだが、それはあくまで戦況が原因だ。改めて確認し、認識したのだ。そもそも大友が勝てる相手ではない、と。
■城内にて
本来なら目通りする時間ではないが、事は急を要する。無理に目通りを願い出るが、殿は具合が悪いようで取り次ぐ事はできぬと言う。馬鹿な! 無視して入ろうとしたが制止された。いかな吉岡殿とて通す事はできませぬ、と。仕方がない。
明日の朝もう一度出直そう。嫌な予感がする。
■翌日
「何だと!? まだ具合が悪い? どけ、どんなご様子なのだ? ご病気なのか?」
わしは必死に食い下がるが、天下の大事、お家の大事と言っても取り次がない。何度もやり取りを行い、やっと目通りできたのは昼過ぎ、未の一つ刻(1300)を過ぎた頃であった。
殿に非礼をわび、今回の目通りの目的を話した。すると恐れていた答えが殿から返ってきたのだ。栂牟礼城と朝日嶽城に援軍を送った、と。
「何ですと!? 援軍を派遣した? 何を馬鹿な事を! それに臼杵城のどこにそのような余裕があるのです!」
馬鹿な事を! と言うその一言が殿の癇に障ったのだろう。露骨に嫌な顔をしている。わしは城に入るやいなやお目通りを願い、無理を通して拝謁をしている。非常事態なのだ、通常の手続きなど踏んでおれぬ。
「馬鹿な、だと? わしに助けを求めてきた者に救いの手を差し伸べて、何が悪いのだ? 領主として為政者として、当然の事ではないか」
言葉通り、何も悪いとは思っていない。それどころか、自信を持っている。一体どうしたと言うのだ殿は。もちろん、普通ならただのお家騒動への介入である。しかし、両家は明確な離反声明は出していないものの、明らかに小佐々に寝返っている。
それがわからない殿ではないはずなのに、どうしたのだ。和平交渉を進めているのに、明らかな背信行為ではないか。いや、殿にしてみれば背信行為ではない。わしが小佐々と和平交渉を行っているとは殿は知らぬのだ。
この長増一生の不覚! みずからの行いで主家を滅亡の危機に向かわせるとは。
「殿、よくお聞きくだされ」
「何だ、どうしたと言うのだ」
「殿、われら大友は、ただいま小佐々と和平の交渉中にございます」
一瞬、時間が止まったような気がした。まさに止まったのだ。そしてゆっくりと、ゆっくりと時が流れ始める。
「な、に? 今、なんと申した? もう一度申してみよ長増」
「は、われら大友は小佐々と和平交渉をしております」
「馬鹿を申すな! わしは何も知らぬぞ! 大友はわし、わしが大友ではないのか!? わしの預かり知らぬところで行われた和平交渉など、交渉ではない!」
怒髪天、とはこの事を言うのだろうか。殿は顔を真っ赤にし、立ち上がってどなった。傍らにいる小姓の刀を奪い取り、今にもわしに斬りかかってきそうな勢いである。無理もない。主君としての威厳を損なわれたと思ったのだろう。
主君の意向を無視して、家臣が勝手に和平交渉を行った。これだけでも重大な主君に対するわしの背信行為なのだ。しかし、わしはわしの信念で、殿に無断で交渉を行った。言うべきは言わねばならぬ。
「誠に申し訳ござりませぬ! その儀、決して私心からではございませぬ。ひとえに大友の、殿の事を考えればこその事。平に、平にご容赦頂ますようお願い申し上げます!」
すうう、はああ、すうう、はああ。
殿の荒い息遣いが聞こえる。そしてそれがやがて小さくなり、平静を取り戻した殿は言う。
「申せ。わしは和議交渉が行われている事は知らなかった。そのうえで朝廷や幕府による和議の斡旋で、少しでも状況を良くしようと援軍を送ったのだ。兵を出せ、との命には従わなかったものの、佐伯に柴田は大友の国人じゃ」
「今はまだ小佐々に与しているとは言えぬ。小佐々軍と同じくして攻めてきたわけでもないからな。それゆえ家臣のお家騒動に介入して、もう一度海部郡を確固とした大友の領地にしようと考えたのじゃ」
「わしの考えは間違っておるか」
「いえ、間違ってはおりませぬ。ただ……」
「ただ何じゃ」
少し間をおいてわしは答えた。
「状況が悪うございます。これがもし戦況が平行線で、どちらが優勢とも言えぬ状態なら、多少の譲歩はあっても事なきを得るでしょう。しかしそうではありません。小佐々が圧倒的に有利な状況で、こちらからの申し出で和議をしようと言うのです」
「もし殿が、和平交渉の開始をご存知で命を下したなら目も当てられません。当然交渉は立ち消え、背信行為として軍が続々と豊後に侵攻してきましょう。しかし殿はご存じなかった」。
「わしの一存で始めた交渉ゆえ、事情を考慮してくれるかもしれません。しかし、交戦状態となった今、そして殿が事実を知った今、とるべき行動は撤退しかありませぬ。撤退しなければさらなる被害と、大友家は、消えまする」
何?! また宗麟の声が大きくなる。しかし今度は立ち上がりはしなかった。どうやら『消える』と言う表現が癇に障ったらしい。しかし、事実とそう遠くはない。
「開戦から十日あまり。筑後を平定した敵軍は豊前へ北上し、長岩城と城井谷城を降伏させて、香春岳城の落城もあいまって、一度はこちらについた国衆も続々と小佐々に服属しております。筑前の戦況は道雪と鑑速が善戦するも平行線」。
「豊後は日田、角牟礼、日出生城をおとされ府内に敵軍の駐屯を許しております。さらに北肥後を押さえた敵は豊後南部から臼杵を狙っております。この状況で大友に勝ち目がございますか。ございますまい」。
殿は黙って聞いている。
「仮に朝廷や幕府の仲介が入ったとて、どちらかに有利な裁定が行われるとは思えません。むしろ小佐々に有利に運ぶでしょう。そのような中、交渉にこぎつけたのです。これを逃してはなりません」。
「では、見捨てよと申すのか」
「見捨てるのではありませぬ。そもそも両家は小佐々に降っておるのです。それを事実として認めなければなりませぬ。そしてそれが事実とするならば、今回の援軍はただのお家騒動への介入、しかも他国のそれに相違ありませぬ」
「だとするならば、見捨てるのではなく、任せる、と言うのが正しいのです。介入すべきではありませぬ」。
また、沈黙が訪れた。今回はもっと長い。
「大友は、負けるか」
殿がぼそりと言った。独り言のようにも聞こえ、わしに問うてるようにも聞こえた。
「はい。今のままでは」。
殿は目をつむり、考えている。何を考えているのか。これからの大友の行く末か、それとも戦況か、はたまた和議の条件か。
「わかった。撤退するよう使者をだせ。急ぐのだ。それから長増。和議の条件と、これからどのようにすべきか話せ」
はは、とわしは言い、この事件発生までの進捗と今後の予想、そして譲歩の条件などを話し合った。
撤退をしらせる使者は、すでに出発した。未の三つ刻(1400)であった。
伝馬で乗り継ぎ野営はしたが、翌日十一日の辰四つ刻(0830)には日田城に着いた。考えれば二刻と四半刻(4時間半)だ。二十四里近い(93km)距離をこれだけの時間で着けるなど、これはもう国力や兵力の問題ではない。根本が違うのだ。
一昨日の通信文にしてもそうだ。筑前の津屋崎から肥後や豊後、四十里近い(150km)距離を三刻(6時間)もかけずに連絡しあう。ありえぬ話だ。それに比べてわが方はどうだ? 日田から馬を飛ばし、なんとか途中で馬を替える事はできた。
しかし、結局※臼杵に着くのに二日かかっている。日田から臼杵までは二十九里(113.8km)であるから、小佐々の伝馬を使えば三刻(6時間)で着いている。通信ならば昼夜関係なく、二刻(4時間)で伝えるだろう。
われらの常識を超えておる。街道を整備し、一里ごとに信号所、二里ごとに伝馬宿を設置する。これにより従来の三倍近い速さで使者や文書の往来が可能になる。もちろん天候やその他の条件で左右されるが、それでも早い。
夜もそうだ。灯火や火振り、発光信号でやり取りをする。それも文書と変わらぬ内容を、だ。街道は雨でもぬかるむ事なく幅は六間(11.1m)はあり、人も物も、馬車でさえ避ける事なく行き来できる広さだ。
あの船を見よ。沖浜にいる南蛮船と同じ、いやそれより大きい。そして大鉄砲とでも言おうか、巨大な砲に火縄のない鉄砲。どれをとってもわが領国にないものばかりではないか。
日田城は戦わず降伏した。城下は整然としており、戦の最中である事を思わせるような形跡はない。角牟礼城下も同じである。日出生城は主街道から離れるゆえ通らなかったが、推して知るべしであろう。
守備のために残されている兵は規律正しく、見張り台や番所はあったものの、あくまで保安のためと言う様相を呈している。略奪された形跡もなく焼き討ちや破壊の形跡もない。町の様子が普段と変わらないのだ。
一時は逃げていた町民も戻ってきている。城での攻防は激しかったと聞くが、それでも短期間で終わったので、商いやその他の生活に支障をきたすほどではなかったのであろう。何かが、違う。小佐々は今までの敵とは違う。
由布院山城には小佐々の押さえの兵がおり、府内にも五千近い兵がいたが、混乱はまったくない。今までこのような規律正しい軍を見た事がない。略奪は行われず、城下での必要な物資の調達には、しっかりと対価としての銭が支払われている。
しかしその様相は臼杵に近づくにつれて変わってきた。まず住民の数が減った。実際の住民の数はもちろん減ったのだろうが、出歩いている人の数が明らかに少ないのだ。兵のほうが圧倒的に多い。府内とは逆だ。そしてなにより殺伐としている。
もちろん町の規模としては府内が圧倒的に大きい。ゆえに民の数も多いのはもちろんだ。しかし、問題はそこではない。府内は大友家の政治、経済、文化の中心であるので、繁華で活気に満ちた、賑やかな町と言う印象だ。
それが、そのまま残っているのである。多くの兵が駐屯しているものの、変わらないのだ。対して臼杵はと言うと、たしかに歴史も浅く規模も小さい。しかし小規模なりに小さな府内、と言う装いであれば良い。
だがそうではなく、明らかに戦の影響で民が減っているのだ。わしは津屋崎での滞在の間、そしてここまで来る道中、見て聞いて感じた事をすべて頭の中でまとめ、考え、一つの結論に達した。
駄目だ、戦などしてはならぬ。勝てるはずがないのだ。もちろん、勝てないと思ったからこそ和平交渉に臨んだのだが、それはあくまで戦況が原因だ。改めて確認し、認識したのだ。そもそも大友が勝てる相手ではない、と。
■城内にて
本来なら目通りする時間ではないが、事は急を要する。無理に目通りを願い出るが、殿は具合が悪いようで取り次ぐ事はできぬと言う。馬鹿な! 無視して入ろうとしたが制止された。いかな吉岡殿とて通す事はできませぬ、と。仕方がない。
明日の朝もう一度出直そう。嫌な予感がする。
■翌日
「何だと!? まだ具合が悪い? どけ、どんなご様子なのだ? ご病気なのか?」
わしは必死に食い下がるが、天下の大事、お家の大事と言っても取り次がない。何度もやり取りを行い、やっと目通りできたのは昼過ぎ、未の一つ刻(1300)を過ぎた頃であった。
殿に非礼をわび、今回の目通りの目的を話した。すると恐れていた答えが殿から返ってきたのだ。栂牟礼城と朝日嶽城に援軍を送った、と。
「何ですと!? 援軍を派遣した? 何を馬鹿な事を! それに臼杵城のどこにそのような余裕があるのです!」
馬鹿な事を! と言うその一言が殿の癇に障ったのだろう。露骨に嫌な顔をしている。わしは城に入るやいなやお目通りを願い、無理を通して拝謁をしている。非常事態なのだ、通常の手続きなど踏んでおれぬ。
「馬鹿な、だと? わしに助けを求めてきた者に救いの手を差し伸べて、何が悪いのだ? 領主として為政者として、当然の事ではないか」
言葉通り、何も悪いとは思っていない。それどころか、自信を持っている。一体どうしたと言うのだ殿は。もちろん、普通ならただのお家騒動への介入である。しかし、両家は明確な離反声明は出していないものの、明らかに小佐々に寝返っている。
それがわからない殿ではないはずなのに、どうしたのだ。和平交渉を進めているのに、明らかな背信行為ではないか。いや、殿にしてみれば背信行為ではない。わしが小佐々と和平交渉を行っているとは殿は知らぬのだ。
この長増一生の不覚! みずからの行いで主家を滅亡の危機に向かわせるとは。
「殿、よくお聞きくだされ」
「何だ、どうしたと言うのだ」
「殿、われら大友は、ただいま小佐々と和平の交渉中にございます」
一瞬、時間が止まったような気がした。まさに止まったのだ。そしてゆっくりと、ゆっくりと時が流れ始める。
「な、に? 今、なんと申した? もう一度申してみよ長増」
「は、われら大友は小佐々と和平交渉をしております」
「馬鹿を申すな! わしは何も知らぬぞ! 大友はわし、わしが大友ではないのか!? わしの預かり知らぬところで行われた和平交渉など、交渉ではない!」
怒髪天、とはこの事を言うのだろうか。殿は顔を真っ赤にし、立ち上がってどなった。傍らにいる小姓の刀を奪い取り、今にもわしに斬りかかってきそうな勢いである。無理もない。主君としての威厳を損なわれたと思ったのだろう。
主君の意向を無視して、家臣が勝手に和平交渉を行った。これだけでも重大な主君に対するわしの背信行為なのだ。しかし、わしはわしの信念で、殿に無断で交渉を行った。言うべきは言わねばならぬ。
「誠に申し訳ござりませぬ! その儀、決して私心からではございませぬ。ひとえに大友の、殿の事を考えればこその事。平に、平にご容赦頂ますようお願い申し上げます!」
すうう、はああ、すうう、はああ。
殿の荒い息遣いが聞こえる。そしてそれがやがて小さくなり、平静を取り戻した殿は言う。
「申せ。わしは和議交渉が行われている事は知らなかった。そのうえで朝廷や幕府による和議の斡旋で、少しでも状況を良くしようと援軍を送ったのだ。兵を出せ、との命には従わなかったものの、佐伯に柴田は大友の国人じゃ」
「今はまだ小佐々に与しているとは言えぬ。小佐々軍と同じくして攻めてきたわけでもないからな。それゆえ家臣のお家騒動に介入して、もう一度海部郡を確固とした大友の領地にしようと考えたのじゃ」
「わしの考えは間違っておるか」
「いえ、間違ってはおりませぬ。ただ……」
「ただ何じゃ」
少し間をおいてわしは答えた。
「状況が悪うございます。これがもし戦況が平行線で、どちらが優勢とも言えぬ状態なら、多少の譲歩はあっても事なきを得るでしょう。しかしそうではありません。小佐々が圧倒的に有利な状況で、こちらからの申し出で和議をしようと言うのです」
「もし殿が、和平交渉の開始をご存知で命を下したなら目も当てられません。当然交渉は立ち消え、背信行為として軍が続々と豊後に侵攻してきましょう。しかし殿はご存じなかった」。
「わしの一存で始めた交渉ゆえ、事情を考慮してくれるかもしれません。しかし、交戦状態となった今、そして殿が事実を知った今、とるべき行動は撤退しかありませぬ。撤退しなければさらなる被害と、大友家は、消えまする」
何?! また宗麟の声が大きくなる。しかし今度は立ち上がりはしなかった。どうやら『消える』と言う表現が癇に障ったらしい。しかし、事実とそう遠くはない。
「開戦から十日あまり。筑後を平定した敵軍は豊前へ北上し、長岩城と城井谷城を降伏させて、香春岳城の落城もあいまって、一度はこちらについた国衆も続々と小佐々に服属しております。筑前の戦況は道雪と鑑速が善戦するも平行線」。
「豊後は日田、角牟礼、日出生城をおとされ府内に敵軍の駐屯を許しております。さらに北肥後を押さえた敵は豊後南部から臼杵を狙っております。この状況で大友に勝ち目がございますか。ございますまい」。
殿は黙って聞いている。
「仮に朝廷や幕府の仲介が入ったとて、どちらかに有利な裁定が行われるとは思えません。むしろ小佐々に有利に運ぶでしょう。そのような中、交渉にこぎつけたのです。これを逃してはなりません」。
「では、見捨てよと申すのか」
「見捨てるのではありませぬ。そもそも両家は小佐々に降っておるのです。それを事実として認めなければなりませぬ。そしてそれが事実とするならば、今回の援軍はただのお家騒動への介入、しかも他国のそれに相違ありませぬ」
「だとするならば、見捨てるのではなく、任せる、と言うのが正しいのです。介入すべきではありませぬ」。
また、沈黙が訪れた。今回はもっと長い。
「大友は、負けるか」
殿がぼそりと言った。独り言のようにも聞こえ、わしに問うてるようにも聞こえた。
「はい。今のままでは」。
殿は目をつむり、考えている。何を考えているのか。これからの大友の行く末か、それとも戦況か、はたまた和議の条件か。
「わかった。撤退するよう使者をだせ。急ぐのだ。それから長増。和議の条件と、これからどのようにすべきか話せ」
はは、とわしは言い、この事件発生までの進捗と今後の予想、そして譲歩の条件などを話し合った。
撤退をしらせる使者は、すでに出発した。未の三つ刻(1400)であった。
2
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』
姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ!
人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。
学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。
しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。
で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。
なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
チート転生~チートって本当にあるものですね~
水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!!
そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。
亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
崩壊寸前のどん底冒険者ギルドに加入したオレ、解散の危機だろうと仲間と共に友情努力勝利で成り上がり
イミヅカ
ファンタジー
ここは、剣と魔法の異世界グリム。
……その大陸の真ん中らへんにある、荒野広がるだけの平和なスラガン地方。
近辺の大都市に新しい冒険者ギルド本部が出来たことで、辺境の町バッファロー冒険者ギルド支部は無名のままどんどん寂れていった。
そんな所に見習い冒険者のナガレという青年が足を踏み入れる。
無名なナガレと崖っぷちのギルド。おまけに巨悪の陰謀がスラガン地方を襲う。ナガレと仲間たちを待ち受けている物とは……?
チートスキルも最強ヒロインも女神の加護も何もナシ⁉︎ ハーレムなんて夢のまた夢、無双もできない弱小冒険者たちの成長ストーリー!
努力と友情で、逆境跳ね除け成り上がれ!
(この小説では数字が漢字表記になっています。縦読みで読んでいただけると幸いです!)
転生農家の俺、賢者の遺産を手に入れたので帝国を揺るがす大発明を連発する
昼から山猫
ファンタジー
地方農村に生まれたグレンは、前世はただの会社員だった転生者。特別な力はないが、ある日、村外れの洞窟で古代賢者の秘蔵書庫を発見。そこには世界を変える魔法理論や失われた工学が眠っていた。
グレンは農村の暮らしを少しでも良くするため、古代技術を応用し、便利な道具や魔法道具を続々と開発。村は繁栄し、噂は隣領や都市まで広がる。
しかし、帝国の魔術師団がその力を独占しようとグレンを狙い始める。領主達の思惑、帝国の陰謀、動き出す反乱軍。知恵と工夫で世界を変えたグレンは、これから巻き起こる激動にどう立ち向かうのか。
田舎者が賢者の遺産で世界へ挑む物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる