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第297話 『謎の男、その正体と目的』
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文久二年九月一日(1862年10月23日) 夜 上海 埠頭
バシャ! バシャ! バシャ!
「おいおいおい……こりゃあ御家老様が襲われた時よりひどいじゃないか」
騒ぎが収まるまで待っていたのだろう。
銃声がやみ、清国人(紅幇)数名が逃げていって安全を確認したのか、現れたのは上野彦馬であった。彦馬はバシャバシャと音を鳴らし、周囲にまばゆい光を飛ばしながら撮影をしている。
「おいおい彦馬よ、来るのが遅いんじゃねえのか?」
「遅いも何も、丸腰のオレが来たところで役にたたんだろう? オレの仕事はこっからだ。それに晋作、オレの方が年上なんだから敬え」
「何を言ってんだ! 1つしか違わねえのに敬うもなにもねえだろう」
手筈通りパーシーとビルを運び終えた倉庫には死体が散乱している。辺りには血が飛び散っているが、幸いけが人は出たものの、日本側と青幇には死者はでなかった。
「ん? こいつまだ息があるぞ」
証拠写真を撮ろうとして1人の男をファインダー越しに見ていた彦馬が声を上げた。
「なんだって?」
「Ugh……ugh……agh……」
「おい! 大丈夫か!」
「晋作、通じねえよ。早いとこ連れて行った方がいい」
おおい! 誰か! 晋作は叫んで人を呼び、やってきた今道晋九郎と雄城直紀に運ばせる。男は明らかに東洋人ではない、身なりからするとある程度の地位にあるように思えるが、イギリス人だろうか?
■病院船 済生丸
闇に沈む埠頭に、済生丸は幻想的な輝きを放っていた。
10年前に信之介がダイナモを使って点灯させることに成功し、その後も研究開発が続けられたアーク灯のおかげで、今やこの病院船は、幕末の常識を覆す輝きを放っていた。
蒸気機関の動力を電力に変換し、船内全体を明るく照らし出している。窓から漏れる光は、この時代の人々にとってまさに未来の光のようだ。
甲板から運び込まれたパーシーとビル、そして謎の男は、最新鋭の医療設備を備えた手術室へと運ばれた。
天井には集光レンズと反射鏡を組み合わせた照明器具が設置され、強力なアーク灯の光が手術野を昼間のように照らし出している。レンズは特殊な冷却機構を備えた石英ガラス製で、発熱による支障はない。
冷却装置によって室温は常に快適に保たれ、白いタイル張りの壁は光を反射し、部屋全体を明るく清潔な空間にしていた。
「すぐに手術の準備を!」
尾上一之進の指示が響き、白衣の看護師たちが無駄のない動きで手術器具を並べていく。
「輸血の準備!」
血液検査装置、輸血用具、冷蔵保存された血液などが準備された。
「先生、患者を搬送しました!」
看護師の一人が声をかけると、手術室の奥から尾上一之進が現れた。
「うむ……これは、ひどいことになっているな……」
一之進はパーシーとビルの傷口を診て、深刻な表情をする。
「先生、この方もまだ息があります!」
別の看護婦が、謎の男を手術台に寝かせながら言った。
「うむ……こちらも重傷だな……先生方、頼みます」
次郎は人選を一之進に任せはしたが、複数の医師を上海に派遣した。2人が重傷なら、同時手術は危険を伴うからだ。京都病院の緒方洪庵、江戸病院の長与俊之助(専斎)とならぶ外科医は何名もいる。
そのうち選ばれた2人と一之進で手術を行っていく事になった。
3人は手術着を身につけメスを手に取る。アーク灯の光が彼らの真剣な表情を、そして最新医療によって救済されようとしている3つの命を、優しく、力強く照らし出していた。
「さて、あんまり長居すると良くねえ。彦馬、撮れたんならずらかるぞ」
「ああわかった」
最後まで残った上野彦馬と高杉晋作が現場を去ろうとしたときである。
パカパカパカ……パカラパカラ……
ザッザッ……ザクザク……
パカッカッカッ! ブルルッ!
ザッ! ガシャッ!
「止まれ! 何をしている!」
晋作と彦馬には何を言っているかわからない。頭にターバンを巻いて騎馬に乗り、英国式の制服を着ているインド人である。
「おい、なんて言っているかわかるか?」
「わからん! オレに写真以外の事を聞くな」
「さすがは彦馬殿、頼りになりますなあ……」
「なんだと!」
「オー! ソーリーソーリー! アイアムノットデンジャラス! アイラブピースね! ピース!」
晋作は適当な英語を並べながら両手を挙げてみせる。
しかし、シーク教徒たちは表情を変えず、銃を構えたまま晋作たちを取り囲む。言葉は通じないが、明らかに敵意を向けられていることは理解できた。
このままでは拘束され、最悪の場合、投獄されるかもしれない。
「まずい……これは本当にまずい」
彦馬はあせるが、晋作は冷静さを保ちながらもう一度シーク教徒たちに語りかけた。今度は銃を下に置き、身振り手振りを交えながら、ゆっくりと丁寧に話す。
「アイドントハブウエポン、ウィーアー、ノット、ユアー……ええっと、なんだ……ええっと……ああ! ウィーアーノットユアエネミー! プリーズトラストミー!」
必死である。
その様子をみた警官は多少態度を軟化させたようだが、それでも銃撃、殺人事件の現場にいた第1容疑者に変りはない。
それにイギリス公使館からの命令で、2人組を捜すことと、怪しい日本人を捜す事を依頼されていたのだ。彼等の本意はわからない。しかし遠く離れたインドの地で独立を奪われ、仕方なく従っていたのも事実である。
「捕らえよ、署で尋問する」
部隊長らしき騎馬の男が命令を下すと同時に、聞き慣れた声が聞こえた。
「rukko! eh log chor nahin! (待て! ちょっと! 人達、あれ、犯人、違う!)」
片言のパンジャブ語を話す 今道晋九郎であった。
(助かった~!)
次回予告 第298話 『埠頭の攻防とそれぞれの思惑』
バシャ! バシャ! バシャ!
「おいおいおい……こりゃあ御家老様が襲われた時よりひどいじゃないか」
騒ぎが収まるまで待っていたのだろう。
銃声がやみ、清国人(紅幇)数名が逃げていって安全を確認したのか、現れたのは上野彦馬であった。彦馬はバシャバシャと音を鳴らし、周囲にまばゆい光を飛ばしながら撮影をしている。
「おいおい彦馬よ、来るのが遅いんじゃねえのか?」
「遅いも何も、丸腰のオレが来たところで役にたたんだろう? オレの仕事はこっからだ。それに晋作、オレの方が年上なんだから敬え」
「何を言ってんだ! 1つしか違わねえのに敬うもなにもねえだろう」
手筈通りパーシーとビルを運び終えた倉庫には死体が散乱している。辺りには血が飛び散っているが、幸いけが人は出たものの、日本側と青幇には死者はでなかった。
「ん? こいつまだ息があるぞ」
証拠写真を撮ろうとして1人の男をファインダー越しに見ていた彦馬が声を上げた。
「なんだって?」
「Ugh……ugh……agh……」
「おい! 大丈夫か!」
「晋作、通じねえよ。早いとこ連れて行った方がいい」
おおい! 誰か! 晋作は叫んで人を呼び、やってきた今道晋九郎と雄城直紀に運ばせる。男は明らかに東洋人ではない、身なりからするとある程度の地位にあるように思えるが、イギリス人だろうか?
■病院船 済生丸
闇に沈む埠頭に、済生丸は幻想的な輝きを放っていた。
10年前に信之介がダイナモを使って点灯させることに成功し、その後も研究開発が続けられたアーク灯のおかげで、今やこの病院船は、幕末の常識を覆す輝きを放っていた。
蒸気機関の動力を電力に変換し、船内全体を明るく照らし出している。窓から漏れる光は、この時代の人々にとってまさに未来の光のようだ。
甲板から運び込まれたパーシーとビル、そして謎の男は、最新鋭の医療設備を備えた手術室へと運ばれた。
天井には集光レンズと反射鏡を組み合わせた照明器具が設置され、強力なアーク灯の光が手術野を昼間のように照らし出している。レンズは特殊な冷却機構を備えた石英ガラス製で、発熱による支障はない。
冷却装置によって室温は常に快適に保たれ、白いタイル張りの壁は光を反射し、部屋全体を明るく清潔な空間にしていた。
「すぐに手術の準備を!」
尾上一之進の指示が響き、白衣の看護師たちが無駄のない動きで手術器具を並べていく。
「輸血の準備!」
血液検査装置、輸血用具、冷蔵保存された血液などが準備された。
「先生、患者を搬送しました!」
看護師の一人が声をかけると、手術室の奥から尾上一之進が現れた。
「うむ……これは、ひどいことになっているな……」
一之進はパーシーとビルの傷口を診て、深刻な表情をする。
「先生、この方もまだ息があります!」
別の看護婦が、謎の男を手術台に寝かせながら言った。
「うむ……こちらも重傷だな……先生方、頼みます」
次郎は人選を一之進に任せはしたが、複数の医師を上海に派遣した。2人が重傷なら、同時手術は危険を伴うからだ。京都病院の緒方洪庵、江戸病院の長与俊之助(専斎)とならぶ外科医は何名もいる。
そのうち選ばれた2人と一之進で手術を行っていく事になった。
3人は手術着を身につけメスを手に取る。アーク灯の光が彼らの真剣な表情を、そして最新医療によって救済されようとしている3つの命を、優しく、力強く照らし出していた。
「さて、あんまり長居すると良くねえ。彦馬、撮れたんならずらかるぞ」
「ああわかった」
最後まで残った上野彦馬と高杉晋作が現場を去ろうとしたときである。
パカパカパカ……パカラパカラ……
ザッザッ……ザクザク……
パカッカッカッ! ブルルッ!
ザッ! ガシャッ!
「止まれ! 何をしている!」
晋作と彦馬には何を言っているかわからない。頭にターバンを巻いて騎馬に乗り、英国式の制服を着ているインド人である。
「おい、なんて言っているかわかるか?」
「わからん! オレに写真以外の事を聞くな」
「さすがは彦馬殿、頼りになりますなあ……」
「なんだと!」
「オー! ソーリーソーリー! アイアムノットデンジャラス! アイラブピースね! ピース!」
晋作は適当な英語を並べながら両手を挙げてみせる。
しかし、シーク教徒たちは表情を変えず、銃を構えたまま晋作たちを取り囲む。言葉は通じないが、明らかに敵意を向けられていることは理解できた。
このままでは拘束され、最悪の場合、投獄されるかもしれない。
「まずい……これは本当にまずい」
彦馬はあせるが、晋作は冷静さを保ちながらもう一度シーク教徒たちに語りかけた。今度は銃を下に置き、身振り手振りを交えながら、ゆっくりと丁寧に話す。
「アイドントハブウエポン、ウィーアー、ノット、ユアー……ええっと、なんだ……ええっと……ああ! ウィーアーノットユアエネミー! プリーズトラストミー!」
必死である。
その様子をみた警官は多少態度を軟化させたようだが、それでも銃撃、殺人事件の現場にいた第1容疑者に変りはない。
それにイギリス公使館からの命令で、2人組を捜すことと、怪しい日本人を捜す事を依頼されていたのだ。彼等の本意はわからない。しかし遠く離れたインドの地で独立を奪われ、仕方なく従っていたのも事実である。
「捕らえよ、署で尋問する」
部隊長らしき騎馬の男が命令を下すと同時に、聞き慣れた声が聞こえた。
「rukko! eh log chor nahin! (待て! ちょっと! 人達、あれ、犯人、違う!)」
片言のパンジャブ語を話す 今道晋九郎であった。
(助かった~!)
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