『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁

文字の大きさ
上 下
254 / 358

第252話 『長井雅楽と航海遠略策。長州と斉彬に迫る影』

しおりを挟む
 万延元年十月二十五日(1860/12/7) 

「馬鹿馬鹿しい。然様な些末な事に頭を使うなら、もっと他に為すべき事も考えるべき事もあるでしょう」

 小栗上野介は御大老安藤信正の問いに事もなげに答えた。

「ふっ……。些末な事か。相変わらず豊後守(当時の上野介)はズケズケと物を申すの」




 発 駿府代官 宛 御大老

 斯様かようニ重シ儀ヲ 女ニ任セルトハ由々シキコトナリ 変更ヲ求ム


 

「某の口が悪いことは、ご容赦いただきたく存じます。どうにもつい口に出てしまうのです。第一、あの大村家中の事にございます。それがし彼の地を見、そしてアメリカにも行き申した。アメリカでも女子が商いの長となり、徒党を組んで政治を動かしております。日ノ本の習わしに囚われていては、とてもとても、追いつき追い越す事などできませぬ。常軌を逸にせねば彼の家中に勝てぬのです」

「うべな(なるほど)。では然るべき沙汰を出すといたそう。我慢せい、と。それで無理ならお役御免とするほかあるまい。して、金をつくる仕組みと算段は如何いかがじゃ? 戻ってきて八面六臂ろっぴの活躍であろう」

 ふふふふふ……ふう。

 信正はため息だか何だがわからない素振りを見せながら、上野介に聞いた。

「御大老様、八面六臂と言われるほどの務めは果たしておりませぬ。然れど、様々な施策を進めております。まず、生糸・雑穀・水油・ろう・呉服を扱う五品江戸まわし令の件ですが、これは一時的な措置に過ぎません」

 上野介は一呼吸を置き、さらに詳しく説明を続ける。

「現在、国益主法掛を中心に、より永く続く統制の仕組みを考えております。特に生糸に関しては、天野三左衛門殿の提案が注目に値します」

「天野の提案とは?」

 眉をひそめて信正は問うた。

「天野殿は、中央の国益所から地方の蚕糸業地に出張所を設け、生産者に資金を与えて生産を助け、それを買い上げる考えを持っています。国内で要る分を残し、余った分を開港場に送るという案です」

「ほう、それは興味深い案だな」

 信正は関心を示し、上野介は熱心に語り始める。

「はい。これが成せば、公儀主導の強き経済統制が能います。然れど、成すためには多くの子細があり申す。とりわけ地方の反発や、外国商人との軋轢あつれきが予想されます……」

「ふむ。金は欲しいが、国内をきゅうしてまで外国におもねる要はなし。それよりも……」

「大村にございますな」

「うむ」

 2人の間に沈黙が訪れるが、それを破ったのは上野介であった。

「彼の家中は、、敵に回してはなりませぬ。幸いにして関東の地は天領多く、彼の家中の手はあまり伸びておりませぬ。彼の家中の手が届いておらぬところから始め、はあ……。触らぬ神にたたりなし、とは言いたくはありませぬが、致し方ございませぬ。大村家中と同じ値で買い取り、同じようにして売ればよろしかろうかと」

「うむ。その件は、お主に任せる。恐らくは次郎左衛門と、その妻のなにがしかが仕切っておるであろうからな」

「ははっ」




 ■京都 

「もーほんと! マジであり得ないって! あの馬鹿なに考えているんだか!」

「う、うん……」

「こっちが何をいっても、そうであるかそうであるかばっかりで、話なんて聞いちゃいない」

「まあ、そういう時はきちんと証文をとってさ、言質げんちだけじゃ心許ないから……」

「男が上で女はそれに従えっていったい何時代の話だよ! って、ああ、江戸時代か……」

「……」

 京都の大村藩邸で、お里はコーヒーを飲みながら羊羹ようかんや最中などの和菓子に、大村の工場から取り寄せて冷蔵庫で保管していたチョコレート(+ミルク)をほおばっている。

「おい、あんまり食べると太……あいた! 痛いよ!」

 お里の蹴りがすねに当たって泣き崩れる次郎であったが、こんな姿は誰にも見せられない。




「御家老様、長州毛利家中の直目付、長井雅楽うたと仰せの方が、面会を願っております」

「なに? 長井雅楽? うん、会おう。案内して」

 次郎はすねをこすりながらそう言って、雅楽を応接間に通した。お里も落ち着きを取り戻し、同席している。

 雅楽は丁重に挨拶をした後、すぐに本題に入った。

「太田和様、某は長州毛利家中直目付、長井雅楽と申します。この度は突然の訪問、申し訳ございません。大村家中の先をゆく新たな取り組みについては、つとに承知しております。その上で、さらなる提案がございまして罷り越しました」

「長井殿、顔を上げてください。どうぞ楽に。……して、我が家中の取り組みを踏まえた上での提案とは、如何いかなるものでしょうか」

 次郎は興味深そうに顔を上げた。

「はい、御家中の『技を新たに考え改める試みや貿易への取り組み』は、注目に値するものだと考えております。然れども、その影響はまだ限られています。某はその新しき取り組み方を基に、さらに大胆な提案をしたいのです」

「ほう、我が家中の取り組みを踏まえた上での提案とは、如何なるものでしょうか」

 次郎は興味深そうに雅楽の顔を見た。

「つぶさ(具体的)には、御家中の験を活かした日本商人による直接貿易の拡大、海外での日本人居留地設置、そして日本の商船による定期的な海外航路の草分け(開拓)にございます。御家中が成したる例は、これらの提案をなし得るか否かを示す、重き証左となり申す」

 お里が食い入るように聞いているが、次郎は少し渋い顔をしている。

「うべなるかな(なるほど)。我らの取り組みをさらに大きく、広き地域に広めるということですね。然れどそれは、只今ただいまの公儀の政とは大きく異なるかと存ずるが」
 
「然に候。然れど大村家中のお考えは、公儀をも動かすと聞き及んでおります。御家中のような先を行く家中こそ、この改革の先頭に立つべきだと考えています。御家中の功があれば、他の家中や公儀を説く際の強き拠り所となるでしょう」

 雅楽は次郎の目を見て真剣に語っている。

 これは、オレ達を使って長州が中央へでる足がかりとするつもりなのだろうか? それとも純粋に国のためを考えている?

 次郎はそう考えずにはいられない。しかし小栗上野介が、どう出るか?

 それに長州が進出すれば他の藩、とくに薩摩や土佐、宇和島や福井はどう動くだろうか? 水戸徳川にしても、ほとぼりが冷めれば幕政に口を出すかもしれない。

 次郎は、極力大村藩は中央から離れて動くべきだ、というのが信条である。余計な権力闘争など、まったく興味がない。

「長井殿、これは長州の、毛利左近衛権中将様も同じて(同意して)おられるのでしょうか?」

「然に候、毛利家中は某のこの策にてまとまっておりますれば、なんら問題はございませぬ」

 問題は……おおありなんだよな、と次郎は思うが、確かに純顕は参与としてご意見番のような形になっている。桜田門外の変以降は少なくなったが、意見を請われることも多かった。

「分かり申した。然れど某の一存にては決めかねるので、国許にて諮りたいと存じます」

「それは無論の事、何卒よしなに……」




 その旨、電信にて純顕の元へ届けられた。




 ■遡る事4か月半前、六月十日(1860/7/27) 鹿児島城

 史実の斉彬が存命であるとともに、父である斉興も、生きていた。

「大殿、エゲレス領事のジョージ・モリソンと申す者が、面会を申し出ております」

「なに? 面会じゃと? しかも異人とは……斉彬ではなく、わしに用事だというのか……?」

「は」

 斉興は考えた。すでに隠居しており(史実より2年ほど長生きしてはいるが)、まったく藩政には携わってはいない。

「ふ、まあよい……。この事、斉彬は知っておるのか?」

「は、それはなんとも……然れどこちらからは知らせてはおりませぬ」

「ふむ、まあよいわ。この老骨の暇つぶしにはなろうよ。呼ぶが良い」

「ははっ」




「殿、先日面会したイギリス領事が、大殿様に面会したそうにございます」

「なに?」

 斉彬は考えこんだ。モリソンのやつ、わしが断ったゆえ、父上に接触するとは……。

「いかがなさいますか?」

「……放っておけ。如何に父上とは言え、隠居した上にわしの後見でもない。何もできぬであろう」




 次回 第253話(仮)『清河八郎』
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~

うみ
SF
ロシアと戦争がはじまる。 突如、現代日本の少年のノートにこのような落書きが成された。少年はいたずらと思いつつ、ノートに冗談で返信を書き込むと、また相手から書き込みが成される。 なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ! ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。 ※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。 ※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門
ファンタジー
宇宙の崩壊と共に、別宇宙の神々によって魂の選別(ドラフト)が行われた。 野球ゲームの育成モードで遊ぶことしか趣味がなかった底辺労働者の男は、野球によって世界の覇権が決定される宇宙へと記憶を保ったまま転生させられる。 その宇宙の神は、自分の趣味を優先して伝説的大リーガーの魂をかき集めた後で、国家間のバランスが完全崩壊する未来しかないことに気づいて焦っていた。野球狂いのその神は、世界の均衡を保つため、ステータスのマニュアル操作などの特典を主人公に与えて送り出したのだが……。 果たして運動不足の野球ゲーマーは、マニュアル育成の力で世界最強のベースボールチームに打ち勝つことができるのか!? ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

処理中です...