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第201話 『山内容堂と大村藩海軍増強計画』
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安政三年六月十六日(1856/7/17)
金属薬莢の製造にあたり、その他の金属加工製品と同じく、それを加工する加工機械は、研究開発ならびに輸入が並行して行われていた。圧延機やプレス機の精度向上と大量生産である。
『全ては模倣から始まる』というのは誰が言った言葉かわからないが、明らかに無の状態から生み出すよりも、かかる時間が短くて済み、性能も高い。
金属薬莢の研究開発は日々進行中であった。
■土佐 高知城
「して、中浜は如何じゃ? 公儀にてかなり重き役目についていると聞くが?」
山内容堂は右腕で脇息にもたれ掛かり、左手には杯を持って酒を飲んでいる。
世間で言われる鯨海酔侯という号は嘘ではなかった。1日に1升は酒を飲む。もちろん、一気に飲むのではなく、ちびちび(?)1日をかけて飲むのだから、常に飲んでいるイメージを持たれるのは仕方がない。
藩主になる前から酒は飲んでいたが、藩主となっても実権のない日々が続いたせいで、より酒にのめり込んだのだ。しかしペリーの来航以降は藩内で実権を掌握し、積極的に藩政改革を行っている。
「はは。浦賀における造船の指揮や測量術、航海術の指導に当たっております」
「うべなるかな(なるほど)。それだけか?」
「……と仰せになりますと?」
「いや、何でもない。今はまだそうだろう。然れど今後、もっと万次郎はこの土佐にとって役に立つ男となろう。士分に取り立ててやった恩を返してもらわぬとな」
「は……」
容堂はそう言って杯をぐいっと飲み干す。
「他には何かあるか? ……ああそうだ。郷士に確か、面白い男がおったの。名前は知らぬが……ほれ、なんと申したか」
「坂本龍馬にございますか」
「ああそう、それそれ。本来ならば郷士の名前など覚えてはおらんが、妙に気になる男であるな。確か浦賀で、横浜であったかな。まあ、然様な事はどうでもよい。あの、佐賀の鍋島殿や薩摩守殿、黒田殿や毛利殿と親交のある丹後守殿の腹心である、太田和次郎左衛門なる人物の信を得たというのは、誠であるか? 屋敷の出入りや軍艦の立ち入りも自由だと聞き及んでおるぞ」
容堂はまた杯に酒をつぎ、くいっと一口飲む。毎日飲んでいたのなら、やはり軽度の依存症であったのだろうか。
「は、然様にございます。江戸にて修練の続きを願いでて、只今は江戸におりますが、その坂本龍馬、今度は肥前大村へ遊学を願いでております」
「なに? 落ち着きのない男よのう。まあ良い、九月には参府するゆえ、その際には万次郎と引見してもよいと考えて居る。その時忘れていなければ、自費ならば許すが良い。藩の腹は痛まぬ。手筈を整えておくが良い」
大村藩への遊学は、本来、大船建造の禁を許す代わりに幕府から禁じられていた。
しかし、ペリーの来航とともに幕府が禁を緩和し、各藩に建造を許すと、大義名分がなくなったのだ。そのため海軍兵学校を始め、それ以外にも五教館開明大学やその下の五教館や開明塾に遊学生が押し寄せてきた。
遊学というのは1年や2年、人によっては数年と期間はまちまちであったが、大村藩の場合は学ぶべき知識量と技術量が多かったため、中学と高校は3年、兵学校や士官学校は4~5年が必要であった。
やむを得ない事情で退学する場合を除いて、私用で退学の場合は復学の条件が厳しくなるなど、他藩の藩校に比べて厳しいものであるが、もちろん飛び級もある(陸海軍以外)。
■大村藩庁
「五号船渠と六号船渠を造営したい」
毎回の莫大な予算を言ってくる次郎に対して、藩の勘定方は内情をわかっているので何も言わない。言ってくるのは守旧派の藩閣(幕閣に倣って藩閣)である。
「太田和殿、簡単に仰せだが、某は金の事はわからぬ。ただしそれでは済まぬ故、只今は学んでいるところである。して、その船渠にいくらかかり、如何ほどの年月で完成して、如何なる船を造るのが目的にござろうか。それをする事でわが家中に如何なる利が、そして公儀に如何なる利があろうか」
まあ、そうくるよね。そんでまた公儀か……。いい加減脱出してほしいと思う次郎であったが、一つ年下の針尾九左衛門の質問に答える。
九左衛門の義弟で家老であった彦次郎顕朝(ご両家・彦右衛門系)はすでに隠居して今年亡くなっており、その後を養子の邦三郎友直が継いでいた。
邦三郎の弟の泰二郎(泰)は、昨年ご両家大村五郎兵衛系の五郎兵衛昌直の養子となっている。泰二郎は幼年のためまだわからないが、邦三郎友直は父親と同じく親次郎派であり、九左衛門とは対立しているのだ。
次郎としては、初期の頃は別として(顕朝や東馬の父の又左衛門昌廉は親次郎派)派閥などどうでも良かったが、政権中枢では本人達がどう思おうとも、二番手派閥の争いである。
「五号船渠と六号船渠は、五号を横瀬、六号を七ツ釜と同じように考えております。五号は二十五万四千四百八十七両で工期は四年三箇月。六号は五十万五千百十九両。工期は五年三箇月となります」
万座がざわつく。度重なる次郎の莫大な予算計上に辟易していた藩閣の面々であったが、前回の船渠を遙かに上回る金額に開いた口が塞がらない。
しかし、前回から毎年の予算と決算時期に収支報告をするようになり、次郎が新たに予算を計上しても、歳入を考えた枠の中で発言をしているので大っぴらには反対できないのだ。
「うべな(なるほど)。月に直せば一万三千両、年に十五万六千両となりますな。これであれば確かに歳入の範疇を超えておらず、残った利で賄えますな。しかしてその用途は?」
「……軍用、商用、両方にございます」
何に使おうが船は船。受注するなら金を貰えればいいし、貸すなら賃貸料を取れば良い。
「加えて、只今は五千石級の(いい加減800トン級と言いたいが)瑞雲(ネームシップ)と祥雲、二千六百石級(400トン)の徳行と至善、二千四百石級(360トン)の昇龍と蒼龍、四百九十石級の飛龍の、全部で七隻がわが大村家中の海軍となります」
海軍の艦艇の陣容を聞いた後、九左衛門が尋ねる。
「太田和殿、斯程の海軍であれば、まず間違いなく日ノ本一であろう。公儀もさすがにここまで用意するには、時を要すると考える。しかして、さらに増やす要ありや? 船渠はまだしも、軍艦はまだ要るのであろうか」
次郎は目をつぶって黙って聞いている。九左衛門の発言が全部終わるのを待っているのだ。ざわざわしている雰囲気が、次郎にも伝わる。
「要りまする」
目を見開いて次郎は全員に説いた。
「我が日本は四方を海に囲まれた海洋国家となります。然すれば、外界からの脅威は異国の海軍であり、異国の海軍に比するほどの軍艦が要り申す」
「そこでござる」
九左衛門が発言した。
「太田和殿、話の腰を折って誠に申し訳ないが、それは我が家中の役目にござろうか? 公儀がすべき事ではござらぬか」
本来ならば、正論だ。
「然に候(その通りです)。無論、御公儀のお役目にござる。然りながら、長崎の備えは誰が担っておりますか? 蝦夷地は如何に? 本来は御公儀がすべき事ながら、何故かわれら外様の家中が二百五十年前から担っているのが真の姿にございましょう。さらに、御公儀が我が家中と同じように船を造れるようになるまで、人に教え船渠を造りその後となれば、如何に考えても最低で五年はかかります」
「何が仰せになりたいのですか?」
九左衛門が質問する。
「果たして異国がそれまで待ってくれますでしょうか。わが国は港は開いたものの、交易はしておりません。異国がこれで満足するはずもなく、必ずや通商を迫って参ります。アメリカ・イギリス・ロシア、そしてオランダも協力せざるを得ないでしょう。四ヶ国がこぞって下田に来航し、御公儀に迫ったならば如何ありなりましょうか」
「それは……太田和殿の思いあてけり(憶測)儀に過ぎぬのではありませぬか? ただそれだけで、話を進めても良いのでしょうか」
「良いのです」
次郎は断言した。
「思いあてし儀、それで十分にございましょう。正直なところ、海軍にしても陸軍にしても、備えに使う金は無駄金でござる」
なに? どういう事だ? というざわつきが周囲に蔓延する。
「しからば、その無駄金を増やすのは如何に? 無駄金とわかっているならば即刻止めるべきではござらぬか?」
九左衛門は既にあるものを無くせと言っているのではない。無駄だと言うなら、これ以上増やすべきではないと言っているのだ。
「然に候わず(そうではありません)。無駄金が無駄金で終わってこそ、平和となるのです」
「如何なる事にございましょうや」
「無駄金を用いて備えを整え、それによって異国の侵略がなくなれば、つまりは無駄になればこそ、平和が保てるのでございます」
要するに十分な軍事力をもって外国の侵攻を思いとどまらせる事ができたならば、戦争も起きないし平和となる。結果的に無駄な予算でも、それが無駄になる事で有益だと言いたいのだ。
要するに次郎は幕府を信用していないし、実際にそれくらい最低でも時間がかかるだろうと考えている。軍艦を買ったとしても運用人員の育成に時間がかかるし、補修に使う造船所なども必要である。
「……」
大村藩で1,000トン級軍艦、瑞鳳(ネームシップ)、祥鳳、天鳳、烈鳳の建造が決まった。兵装も2門増え、瑞雲型の蒸気罐を改良して同じ速度の6㏏で航行可能な軍艦である。
3号ドックと4号ドックでそれぞれ2艦ずつ建造し、0号、2号は修理用として、1号はポルトランドセメント用に改修工事を行った。
それでも次郎は考える。
馬関戦争で使われたイギリスの1,700トン級は11.3㏏である。7年後とは言え、この差は埋まるのだろうか。
次回 第202話 (仮)『五ヶ国(四ヶ国)連合艦隊来航す』
金属薬莢の製造にあたり、その他の金属加工製品と同じく、それを加工する加工機械は、研究開発ならびに輸入が並行して行われていた。圧延機やプレス機の精度向上と大量生産である。
『全ては模倣から始まる』というのは誰が言った言葉かわからないが、明らかに無の状態から生み出すよりも、かかる時間が短くて済み、性能も高い。
金属薬莢の研究開発は日々進行中であった。
■土佐 高知城
「して、中浜は如何じゃ? 公儀にてかなり重き役目についていると聞くが?」
山内容堂は右腕で脇息にもたれ掛かり、左手には杯を持って酒を飲んでいる。
世間で言われる鯨海酔侯という号は嘘ではなかった。1日に1升は酒を飲む。もちろん、一気に飲むのではなく、ちびちび(?)1日をかけて飲むのだから、常に飲んでいるイメージを持たれるのは仕方がない。
藩主になる前から酒は飲んでいたが、藩主となっても実権のない日々が続いたせいで、より酒にのめり込んだのだ。しかしペリーの来航以降は藩内で実権を掌握し、積極的に藩政改革を行っている。
「はは。浦賀における造船の指揮や測量術、航海術の指導に当たっております」
「うべなるかな(なるほど)。それだけか?」
「……と仰せになりますと?」
「いや、何でもない。今はまだそうだろう。然れど今後、もっと万次郎はこの土佐にとって役に立つ男となろう。士分に取り立ててやった恩を返してもらわぬとな」
「は……」
容堂はそう言って杯をぐいっと飲み干す。
「他には何かあるか? ……ああそうだ。郷士に確か、面白い男がおったの。名前は知らぬが……ほれ、なんと申したか」
「坂本龍馬にございますか」
「ああそう、それそれ。本来ならば郷士の名前など覚えてはおらんが、妙に気になる男であるな。確か浦賀で、横浜であったかな。まあ、然様な事はどうでもよい。あの、佐賀の鍋島殿や薩摩守殿、黒田殿や毛利殿と親交のある丹後守殿の腹心である、太田和次郎左衛門なる人物の信を得たというのは、誠であるか? 屋敷の出入りや軍艦の立ち入りも自由だと聞き及んでおるぞ」
容堂はまた杯に酒をつぎ、くいっと一口飲む。毎日飲んでいたのなら、やはり軽度の依存症であったのだろうか。
「は、然様にございます。江戸にて修練の続きを願いでて、只今は江戸におりますが、その坂本龍馬、今度は肥前大村へ遊学を願いでております」
「なに? 落ち着きのない男よのう。まあ良い、九月には参府するゆえ、その際には万次郎と引見してもよいと考えて居る。その時忘れていなければ、自費ならば許すが良い。藩の腹は痛まぬ。手筈を整えておくが良い」
大村藩への遊学は、本来、大船建造の禁を許す代わりに幕府から禁じられていた。
しかし、ペリーの来航とともに幕府が禁を緩和し、各藩に建造を許すと、大義名分がなくなったのだ。そのため海軍兵学校を始め、それ以外にも五教館開明大学やその下の五教館や開明塾に遊学生が押し寄せてきた。
遊学というのは1年や2年、人によっては数年と期間はまちまちであったが、大村藩の場合は学ぶべき知識量と技術量が多かったため、中学と高校は3年、兵学校や士官学校は4~5年が必要であった。
やむを得ない事情で退学する場合を除いて、私用で退学の場合は復学の条件が厳しくなるなど、他藩の藩校に比べて厳しいものであるが、もちろん飛び級もある(陸海軍以外)。
■大村藩庁
「五号船渠と六号船渠を造営したい」
毎回の莫大な予算を言ってくる次郎に対して、藩の勘定方は内情をわかっているので何も言わない。言ってくるのは守旧派の藩閣(幕閣に倣って藩閣)である。
「太田和殿、簡単に仰せだが、某は金の事はわからぬ。ただしそれでは済まぬ故、只今は学んでいるところである。して、その船渠にいくらかかり、如何ほどの年月で完成して、如何なる船を造るのが目的にござろうか。それをする事でわが家中に如何なる利が、そして公儀に如何なる利があろうか」
まあ、そうくるよね。そんでまた公儀か……。いい加減脱出してほしいと思う次郎であったが、一つ年下の針尾九左衛門の質問に答える。
九左衛門の義弟で家老であった彦次郎顕朝(ご両家・彦右衛門系)はすでに隠居して今年亡くなっており、その後を養子の邦三郎友直が継いでいた。
邦三郎の弟の泰二郎(泰)は、昨年ご両家大村五郎兵衛系の五郎兵衛昌直の養子となっている。泰二郎は幼年のためまだわからないが、邦三郎友直は父親と同じく親次郎派であり、九左衛門とは対立しているのだ。
次郎としては、初期の頃は別として(顕朝や東馬の父の又左衛門昌廉は親次郎派)派閥などどうでも良かったが、政権中枢では本人達がどう思おうとも、二番手派閥の争いである。
「五号船渠と六号船渠は、五号を横瀬、六号を七ツ釜と同じように考えております。五号は二十五万四千四百八十七両で工期は四年三箇月。六号は五十万五千百十九両。工期は五年三箇月となります」
万座がざわつく。度重なる次郎の莫大な予算計上に辟易していた藩閣の面々であったが、前回の船渠を遙かに上回る金額に開いた口が塞がらない。
しかし、前回から毎年の予算と決算時期に収支報告をするようになり、次郎が新たに予算を計上しても、歳入を考えた枠の中で発言をしているので大っぴらには反対できないのだ。
「うべな(なるほど)。月に直せば一万三千両、年に十五万六千両となりますな。これであれば確かに歳入の範疇を超えておらず、残った利で賄えますな。しかしてその用途は?」
「……軍用、商用、両方にございます」
何に使おうが船は船。受注するなら金を貰えればいいし、貸すなら賃貸料を取れば良い。
「加えて、只今は五千石級の(いい加減800トン級と言いたいが)瑞雲(ネームシップ)と祥雲、二千六百石級(400トン)の徳行と至善、二千四百石級(360トン)の昇龍と蒼龍、四百九十石級の飛龍の、全部で七隻がわが大村家中の海軍となります」
海軍の艦艇の陣容を聞いた後、九左衛門が尋ねる。
「太田和殿、斯程の海軍であれば、まず間違いなく日ノ本一であろう。公儀もさすがにここまで用意するには、時を要すると考える。しかして、さらに増やす要ありや? 船渠はまだしも、軍艦はまだ要るのであろうか」
次郎は目をつぶって黙って聞いている。九左衛門の発言が全部終わるのを待っているのだ。ざわざわしている雰囲気が、次郎にも伝わる。
「要りまする」
目を見開いて次郎は全員に説いた。
「我が日本は四方を海に囲まれた海洋国家となります。然すれば、外界からの脅威は異国の海軍であり、異国の海軍に比するほどの軍艦が要り申す」
「そこでござる」
九左衛門が発言した。
「太田和殿、話の腰を折って誠に申し訳ないが、それは我が家中の役目にござろうか? 公儀がすべき事ではござらぬか」
本来ならば、正論だ。
「然に候(その通りです)。無論、御公儀のお役目にござる。然りながら、長崎の備えは誰が担っておりますか? 蝦夷地は如何に? 本来は御公儀がすべき事ながら、何故かわれら外様の家中が二百五十年前から担っているのが真の姿にございましょう。さらに、御公儀が我が家中と同じように船を造れるようになるまで、人に教え船渠を造りその後となれば、如何に考えても最低で五年はかかります」
「何が仰せになりたいのですか?」
九左衛門が質問する。
「果たして異国がそれまで待ってくれますでしょうか。わが国は港は開いたものの、交易はしておりません。異国がこれで満足するはずもなく、必ずや通商を迫って参ります。アメリカ・イギリス・ロシア、そしてオランダも協力せざるを得ないでしょう。四ヶ国がこぞって下田に来航し、御公儀に迫ったならば如何ありなりましょうか」
「それは……太田和殿の思いあてけり(憶測)儀に過ぎぬのではありませぬか? ただそれだけで、話を進めても良いのでしょうか」
「良いのです」
次郎は断言した。
「思いあてし儀、それで十分にございましょう。正直なところ、海軍にしても陸軍にしても、備えに使う金は無駄金でござる」
なに? どういう事だ? というざわつきが周囲に蔓延する。
「しからば、その無駄金を増やすのは如何に? 無駄金とわかっているならば即刻止めるべきではござらぬか?」
九左衛門は既にあるものを無くせと言っているのではない。無駄だと言うなら、これ以上増やすべきではないと言っているのだ。
「然に候わず(そうではありません)。無駄金が無駄金で終わってこそ、平和となるのです」
「如何なる事にございましょうや」
「無駄金を用いて備えを整え、それによって異国の侵略がなくなれば、つまりは無駄になればこそ、平和が保てるのでございます」
要するに十分な軍事力をもって外国の侵攻を思いとどまらせる事ができたならば、戦争も起きないし平和となる。結果的に無駄な予算でも、それが無駄になる事で有益だと言いたいのだ。
要するに次郎は幕府を信用していないし、実際にそれくらい最低でも時間がかかるだろうと考えている。軍艦を買ったとしても運用人員の育成に時間がかかるし、補修に使う造船所なども必要である。
「……」
大村藩で1,000トン級軍艦、瑞鳳(ネームシップ)、祥鳳、天鳳、烈鳳の建造が決まった。兵装も2門増え、瑞雲型の蒸気罐を改良して同じ速度の6㏏で航行可能な軍艦である。
3号ドックと4号ドックでそれぞれ2艦ずつ建造し、0号、2号は修理用として、1号はポルトランドセメント用に改修工事を行った。
それでも次郎は考える。
馬関戦争で使われたイギリスの1,700トン級は11.3㏏である。7年後とは言え、この差は埋まるのだろうか。
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