『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁

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第193話 『技術革新と安政の大地震』

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 安政二年十月八日(1855/11/17)

 反射炉に変わる転炉の開発を行うヒントとして、酸素を吹き込む事により脱炭を行い、また不純物を取り除く方法を信之介から与えられた精煉せいれん方は、もう一つのヒントをもらっていた。

 ベッセマー転炉では炉壁の耐火レンガの原料として珪石けいせきを用いる。

 しかし、そうなると不純物であるリンがどうしても除去できないのだ。結果、リンを多く含む原料であれば、仮に実用化できたとしてもまともな鋼鉄ができない。

 アメリカ産の鉄鉱石はリンをあまり含まないので良いのだが、ヨーロッパ産の鉄鉱石は9割がリンを多く含むのだ。

 リンの含有量などを気にせず鋼鉄をつくるには、1878年に発明されたトーマス転炉が必要となるが、この転炉は炉壁の耐火レンガに酸性酸化物ではなく塩基性酸化物を用いる。

 耐火レンガのベースは酸化カルシウムと酸化マグネシウムから出来ていているので、不純物であるリンをスラグに溶かし込むことが可能なのだ。

 リンが溶け込みやすい塩基性のスラグを作って、リンもまとめて除去する方法である。
  
 しかし転炉内の高温や溶銑注入時の衝撃、操業時と休業時の激しい温度差、反応ガスなどに耐えられるような塩基性耐火レンガを開発することが難しかった。




「で、結局どうすんのよ? あんまり混乱させる様な事いうと、一生懸命やってるみんなが可哀想だよ」

 次郎は信之介にそう言ったが、もちろん信之介にイタズラ心があるわけでもないし、混乱させるつもりも毛頭ない。現時点でどれが一番いいのか? それを考えなければいけないのだ。

「そんな気はさらさらない。こんな俺でもそれくらいわかっている。日本が資源に乏しい事もわかっているし、お前が言った鋼鉄艦を造ったり、大砲や鉄砲もそうだが、鉄道なんていったら足りないのはわかりきってる。そうすると輸入だろ?」

「そうなるな」

 事実、領内の鉄鉱石鉱山は採算ギリギリでしかなく、周辺の藩から購入しているのだ。

「それは大丈夫なのか?」

「問題ない。先日クルティウスと話をして段取り済みだ」

「クルティウス? 誰だそれ?」

「え? あ、うん……オランダの商館長。外交官だよ。実質オランダ側の対日本のトップ」

 たまに、いや、往々にしてこういう事がある。

「彼にインドネシアからの輸入で、鉄鉱石やゴムや石油や石炭……まあ、石炭は別として、その他諸々の鉱物資源を一定量供給するという内諾を得ているんだ。だから資源的には問題ない」

「うん、じゃあその資源の量が問題ないとしても、質はどうだ? リンが少ない鉄鉱石かわかんないだろう? 今から研究しておかないと間に合わない。アメリカ産はリンが少ないけど、いつ貿易開始かわからんし、ああ、そう言えばそろそろ南北戦争じゃねえか? 大丈夫なのか?」

 こいつの歴史知識はどうなって……いや、南北戦争は歴史の教科書に出る世界史イベントだけど、クルティウスなんてヲタしか知らないか……。

 次郎の脳内はこうなっていた。

「史実で考えれば安政五年六月十九日(1858年7月29日)だけど、ハリスがいればの話。もうちょい先になるかもしれない。ちなみに南北戦争は61年4月から65年4月まで」

「だから、仮にオランダから供給された鉄鉱石がリンが少ないなら幸いだけど、この時代の事だぞ? 毎回毎回同じ品質の物が送られてくるか? それに、それを調べるか? いちいち。だから、頭で理解してもらって、同時進行の方がいい。それに、最悪は輸入だよ、輸入」

 信之介の言葉に納得しながらも、全部輸入に頼る事に釈然としない次郎であった。しかし日本で歴史に出てきた鋼鉄艦はストーンウォールのみである。

 輸入艦であり、国産の鋼鉄艦が登場するのは20世紀に入ってからである。結論を言うと、木造軍艦でも十分に幕末の日本を渡り歩く事は可能なのだ。

 しかし、何が起こるかわからない。なにせ史実世界ではなく、改変世界なのだから。






「申し上げます! 只今ただいま江戸表より急使がまいり、地震にて尋常ならざる害を被った由にございます!」

「何い! ?」

 わかっていたが、安政江戸地震である。

 江戸から大阪までは早飛脚、それから海路で博多に渡り、陸路佐賀へ向かって、そこからは開通したばかりの電信で大村藩庁まで急報が届いたのだ。

「被害の程は?」

「は、藩邸においては死者はおらず、傷を負った者はおりましたが、軽し者ばかりとの事にございます。これも御家老様の消火器や雲龍水のお陰かと存じます」 

「それは良い。海軍に命じて早急に出港させよ。食料に水、薬も必要だ。夜は冷えるゆえ毛布にゴム布の防寒具も手配せよ」

 家臣は真剣な顔をして言うのだが、次郎はやはり被害の程度が気になるのだ。消火設備の設置や出来うる地震対策は施したものの、どれほど効果があっただろうか。

 消火設備の数には限りがあった。

 だから江戸や京都の藩邸、岩倉邸や鷹司邸の他に朝廷の内裏周辺など、親しいところからになってしまったのは否めない。もっとも、次郎以外にこういった地震対策を具体的にとった者がいなかった。

 情報の伝達も遅い。

 東海・南海・伊賀・豊予海峡地震は二年前の嘉永七年に起こっていた。

 安政二年に入ってからも飛騨や陸前、遠州なだで地震が起きていたが、いつ起きるかわからない地震に備えるなんてできなかったのだ。

 嘉永七年の地震と同様、今年に入って続いた地震と同様に、次郎は人道支援で海軍をフル活用して救援に向かった。




 ■水戸藩邸
 
「申し上げます! 藤田様ならびに戸田様、安否不明にございます!」

「なに! ?」




 次回 第194話 (仮)『堀田正睦老中首座となり、蝦夷地上知再燃す』
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