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第174話 『黒船再来と坂本龍馬』

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 嘉永七年二月六日(1854年3月4日) 

「Admiral Perry, what in the world are you doing here?(ペリー提督、あなたは一体、ここで何をしているのですか?)」

 憮然ぶぜんとした表情で、笑顔ひとつ見せず、次郎はペリーにそう言い放った。

 ペリーは予想はしていたものの、嫌なヤツが現われた、とあからさまに顔に出ている。
  
 次郎は、全権ではない。しかし、前回のペリー来航時に、次回の交渉時には全権でなくて構わないから、参加させてくれと願いでていたのだ。

 幕府としても、前回の慣例破りはあったものの、次郎の交渉力自体は高く評価していたため、同席させる事を認めたのであった。その次郎がもう一度聞く。

「You said you would come in a year. You came in February of this year. If it was a year after last June, it would be this June. Why did you come four months earlier?(あなたは1年後に来ると仰った。あなたが来たのは今年の2月。去年の6月の1年後なら今年の6月でしょう。なぜ四ヶ月も早く来たのですか?)」

 顔色一つ変えずに淡々と詰め寄る次郎を苦々しく思ったペリーだが、正論が思いつかない。つくはずがない。

「わが国が未開の国だと馬鹿にしているのですか。それがアメリカ合衆国の態度ですか? 昨年いただいたのは『親書』ですよね? 『敵書』ですか? 黒川殿、館浦に応接所を建てて交渉しようとなさったのでしょう?」

 次郎は傍らにいた浦賀奉行所の組頭、黒川嘉兵衛に確認した。

「こちらはそれでも応接所を急遽きゅうきょ建て、そちらの都合に合わせようとしたのです。にもかかわらず、浦賀はダメだから横浜にしろですと? なぜそのような傍若無人な振る舞いができるのですか? アメリカの国是ですか?」

 ペリーが早く来航したのには明確な理由があった。しかし、それを公言する訳にはいかない。してしまえば、次郎が言っている事を認めてしまう事になる。

 外交に限らず、交渉においては相手の弱点を突くことは悪い事ではない。しかしそれは、一定のルールに則った状態での事だ。日本は将軍家慶の病気を理由に1年後の再来航を求めた。

 理由の根拠となった将軍が病没したからといって、約束を反故にしていいわけではない。しかし、武力で威圧して開国を迫ろうという基本的スタンスから考えれば、今がチャンスだと思ったのだろう。

「まさか、先の上様が身罷られた事を吉事と捉え、わが国の政治的混乱に乗じて無理やり条約を結ぼうと考えていたのではありませんよね?」

「……」

 ペリーは黙って次郎の言葉を聞いていたが、やがて真一文字に結んでいた口をゆっくりと開いた。

「Mr.OOTAWA,その答えはイエスでありノーである」

 次郎はフッと鼻で笑うが続きを聞く。

「前将軍の件は残念です。お悔やみを申し上げる。しかし、我らの目的は通商を求める事で、前回は最高権力者の将軍の病気を理由に帰らざるを得なかった。新しい将軍となった今、時期にこだわるべきではなく、当初の目的を果たすためにやってきたのです。政治的な間隙をぬって、という表現は妥当ではない」




「おい、なんと言っているんだ? 太田和様、御家老様はメリケンの言葉がおわかりになるのか?」

 1回目のペリー来航も、プチャーチンとの交渉にも随行すらできなかった吉田松陰が、そこにいた。

 オランダ語よりもこれからは英語だと考えた松陰は、藩主の敬親に遊学の延長を申し入れ、オランダ語の勉強から英語の勉強に変えていたのだが、まだ十分に聞き取りができる実力ではない。

 同行している宮部鼎蔵、そして後から見物と称して大村藩にやってきた高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤利助(俊輔・博文)と吉田栄太郎(稔麿)も同様である。

 忍び込んだ陣幕の裏からでは聞こえづらく、しかも英語である。


 

「まあ……良いでしょう。黒川殿、浦賀の応接所とは別に、横浜に応接所が完成間近というのは本当でござるか」

「はい、あと二、三日で完成するかと思われます」

「まったく、無駄な銭を使わせおって」

 早く来てしまったものを帰れとも言えず、出来上がったものを壊すことも出来ず、結局横浜での会談となった。




 ■嘉永七年二月十日(1854年3月8日) 横浜

 既に江戸湾には9隻のペリー艦隊が集結しており、大村藩艦隊も4隻が投錨とうびょうしていた。アメリカ艦隊は9隻のうち蒸気船は3隻、大村藩艦隊は規模こそ小さいが4隻とも蒸気船である。

 江戸湾に集結したペリー艦隊と大村藩艦隊は、その圧倒的な存在感で江戸の町に大きな動揺をもたらしていた。江戸の人々は不安と興奮が入り混じる中、次々と見物に訪れ、その光景はまるで観光地のようだった。

 巨大な黒船が江戸湾に浮かぶ姿は、多くの日本人にとって未だ見慣れぬ光景だったが、その一方で好奇心に駆られた見物人たちが、遠巻きに艦隊を眺めていた。
 
 横浜に上陸したのは総勢446人。大村藩は80人が上陸した。次郎や側近以外は全員ジャスポー銃で武装した水兵である。




「御家老様、お約束もありませんが、どうしても、どうしても御家老様にお目にかかりたいと申す者がおります。如何いかが致しましょうか」

 次郎は、配下の者が忖度そんたくして突然の来客を断る、というのを極力無くしていた。もちろん、保安上の事もあるのでしっかりとチェックをして会うのだが、今回もそのケースである。

「まだ時間はあるな。良し、会おう」

 次郎はそう言って訪問客を通したが、仰天した。

「土佐、山内家中、坂本龍馬にございます」

「! な、なんだと?」


 

 身長180cmに天然パーマの巨漢がにこやかに笑いながらいた。




 次回 第175話 (仮)『坂本龍馬という男とオブザーバー次郎。幕府海軍について』
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