『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁

文字の大きさ
上 下
161 / 358

第159話 『一触即発! 琉球にて』

しおりを挟む
 遡る事嘉永六年二月十九日(1853/3/28)  鹿児島城

「おお! これは肥前の宰相、太田和次郎左衛門殿! お会いしとうござった!」

 少し慇懃いんぎん無礼気味に見えるが、次郎はそれを感じつつも低姿勢で応対する。

「はは。英明なる豊後殿に然様さように仰せ頂くとは、この武秋、幸甚こうじんの至りにございます」

「ははははは。そう自分を卑下するものではありませぬ。うでないことは、貴殿以外は誰もがわかっておりますぞ」

 同格の家老である次郎に、島津久宝ひさたかは大藩の家老として持ち上げられて悪い気はしない。島津豊後は豊洲島津家の代々の官名であり、家名である。
 
「はは、有り難き幸せにございます。して豊後殿、お願いの儀、如何いかなる仕儀にございましょうや」

 次郎はペリー来航に際して、藩主純顕を通じて江戸の斉彬に対し琉球の対応を確認していた。その上で献策し、どのように対処するのが最も適しているのかを説いていたのだ。

「ふむ。その儀であるが、殿はああ仰せだったが、誠に然うするのが最も良き策なるや?」

 藩主島津斉彬の目の上のたんこぶとして伝わっている久宝(豊後)であるが、本当に暗愚であれば斉彬が罷免しているはずである。事実、西郷隆盛は斉彬の存命中に久宝の罷免を願い出ている。

 しかしこれは、主義主張の違いであって、世が世なら久宝の考えが正しかったかもしれない。

「は。ペルリは間違いなく琉球にも通商を求め、北に上って江戸表に向かうは必定。然うなれば琉球は、島津は何をしておったと公儀に叱責しっせきをうけることになりましょう。ここは正念場にございます」

 ……。

「あい分かった。すでに備えは出来ておるゆえ、命を下すだけにござる」

かたじけなし」




 ■嘉永六年四月十九日(1853/5/26) 琉球

「ふむ。良い天気だ。まさに琉球上陸、そして開国と通商を迫るに良い日ではないか」

「まさにそうですな」

 蒸気フリゲートのサスケハナとミシシッピ、帆走スループのサラトガとプリマスの計4隻の東インド艦隊を従えての渡航である。5月17日に上海を出港した艦隊は、日本に行く前にまず琉球へと向かったのだ。

「おや? 何か様子がおかしいようです。おい! どうした?」

 艦隊旗艦サスケハナの艦長であるブキャナン中佐が当直士官に尋ね、士官は詳細を調べに行く。

「伝令! 琉球からの返信は、『首里城への入城は認められない』との事」

「ふん。構わぬ。そのまま上陸するので、先遣隊は待機せよと命じよ。よろしいですか、提督?」

 ブキャナンは吐き捨てる様に士官に命じ、ペリーに同意を求めた。

「うむ、それでよい。我らは何の障害もなく首里城へ向かい国王と面談し、その上で粛々と開国をさせて通商を結び、何の憂いもなくEDOへ向かうのだ」

 ペリーはそう言って飲み干したコーヒーをテーブルに置いた。

 続々と艦隊から水兵を乗せた小舟が上陸地点へ向かう。その中にペリーとブキャナンもいたが、二人とも泰然自若。いや、余裕綽綽しゃくしゃくといった感じだろうか。まったく問題にしていない。

 水兵と軍楽隊、その他食料を携えた補給隊を含めた350名が泊への上陸を終え、堂々と首里城へと向かうその時であった。




「止まれ! 一体誰の許しを得て上陸しておる! しかもここは王府へと通じる道。よもや王府たる首里城へ向かうと言うでないぞ!」

 突然雄叫びのような声が響き渡った。
  
 上陸を開始して進軍を始めようとしたペリー一行を遮ったのは首里親軍しおりおやいくさの部隊長である。首里親軍は島津の琉球侵攻以来衰退して久しかったが、沿岸を警備する程度の兵力は有していたのだ。

「何事だ!」

 護衛に守られ、馬上のペリーはブキャナンに確認した。

「どうやら抵抗の様です。なに、心配は要りません。蹴散らしましょう」

 そう言ってブキャナンは部下に命じて臨戦態勢を取り、声が聞こえる方へ向かって叫ぶ。

「我らはアメリカ合衆国の正式な使節である! それを武力をもって制するとは、宣戦布告に他ならぬぞ!」

 通訳を通じて中国語で叫ぶと、しばらくして中国語で返事が聞こえた。

「それは承知している! 我らは合衆国と敵対するつもりはない。しかし、首里城への通行は禁ずると言ったはず。我が国王はお会いにならず、通商も結ばぬ。こちらの意思を無視してまかり通るは許される事ではない! そのように伝えるのだ!」

 街道をふさいでいる首里親軍の隊長からである。伝言ゲームのように通訳からブキャナン、そしてペリーに伝わる。

「ふむ。おかしな事があるものだ。これは私の予定にない」

「はい。では、宜しいでしょうか」

 ブキャナンがペリーに確認した。

「予定にないことが、起きてはならない。起きぬようにしなければ」

 上海で豪放磊落らいらくに笑っていた人物とは別人のようである。これまで自分の考え、目的を何が何でも達成してきたからであろうか。その静けさが不気味であった。




「撃ち方用意!」

 水兵の小隊長が小銃を構えさせ、首里親軍への威嚇射撃を準備させる。

「撃て!」

 ダダダダーンと十数発の銃声があたりに響いた。米軍(以降そう呼称)はなおも臨戦態勢をとり、小隊は次弾を装填した。

「国と国との交渉事である! にもかかわらず責任者が出てこないのは何事か! 万国の法でもそのような対処は記載されていない!」

 万国法にそう記載されていたかはわからないが、ともかく交渉もせずに門前払いは世界のルールではない、と言いたいのだろう。

「撃ち方用意!」

 小隊長は再び威嚇射撃の命令を出し、発砲した。

「ぎゃあ!」

「!」

 威嚇射撃のつもりが首里親軍の誰かに当たったようで、叫び声が聞こえると同時に親軍隊長の命令が下った。黄色い旗を掲げて負傷兵を担いで道路脇に運んだ隊長は全軍に命令を下したのだ。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダーン!

 もの凄い銃声が鳴り響き、米軍は退避行動と応戦準備をする。

 ……。

 しかし、誰も負傷した様子はない。

「伝令! どうやら囲まれているようです!」

 兵から報せを受けたブキャナンは、そのままペリーに伝える。

「なん、だと? 一体何が起こっているのだ?」




 次回 第160話 (仮)『国王への返書と北上』
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~

うみ
SF
ロシアと戦争がはじまる。 突如、現代日本の少年のノートにこのような落書きが成された。少年はいたずらと思いつつ、ノートに冗談で返信を書き込むと、また相手から書き込みが成される。 なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ! ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。 ※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。 ※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...