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第148話 『江戸と打抜き蓋底の発明(開発)』(1852/4/18)
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嘉永五年閏二月二十九日(1852/4/18)
数ヶ月前の夜、仕事を終えた二人はいつもの料亭『川棚屋』で一杯やっていた。
佐久間象山は酒は飲むが、最近は研究所に入り浸りで、それどころではなかった。それでも気晴らしの必要性を感じたので、同僚(部下? 弟子?)である杉亨二と料亭で酒を飲んでいたのだ。
灯りの柔らかな部屋で、酒を酌み交わしながら象山が口を開いた。
「杉君、最近、缶詰の製造方法について考えていてな。特に蓋と底の作り方だ。今のやり方では時間がかかりすぎる」
「然うですね、先生。手作業での切り出しは確かに時がかかります」
杉は興味深そうに答え、象山は続けた。
「正直なところ、御家老様から聞いた話では、和蘭の技術は世界一ではないようだ。他にも西洋にはメリケン、エゲレスといった大国があり、技術が切磋琢磨されておる。公儀が開国をしないものだから詳細は入ってこぬが、缶詰の製造についても、日々進歩していよう。我々も何か新しい方法を考え出せないだろうか」
ライケンやハルデス、ブルークといったオランダ人技師や教官が来日してから、5年が経過した。
彼らから様々な事を学び、信之介の知識と併せて研究を進めていた象山ではあったが、さしもの天才象山でも、学ぶべき分野が多岐にわたりすぎていた。
缶詰の製造にいたっては、未だにオランダ人が教えた製造法となんら変わっていなかったのだ。
佐久間象山と杉亨二の二人は、新しく金属板を均一に切り出す機械の設計を始めた。
「杉君、円形の刃を使って金属板を切り抜けば、均一な大きさの蓋と底が作れるのではないか」
「なるほど。然れど、刃の形状や切り抜く力の調整が難しそうですね」
象山の言葉に杉は熱心に図面を見つめながら答えた。
二人は試行錯誤を重ねたが、刃が金属板を均等に切れなかったり、切り抜いた蓋や底の縁がギザギザになったりと、問題は山積みだったのだ。
しかし彼らは諦めなかった。
象山と亨二は他の研究と掛け持ちしながら、それぞれに時間を分担しながらやっている。ゆくゆくは細分化されていくだろう。
亨二は刃の角度を微調整し、金属板を固定する方法を改良し、切り抜く力を制御できるよう努めた。毎日のように新しいアイデアを試し、少しずつ進歩を重ねていったのだ。
そしてようやく、満足のいく結果が得られた。機械化による蓋底の製造で、缶詰製造の時間を大幅に短縮できたのだ。
「杉君、これで缶詰の生産効率が上がるぞ」
「はい、先生。次は缶の胴体部分の製造方法も改良していきましょう」
■駿河国 清水湊
「ああ、面倒くせえ面倒くせえ」
次郎は昇龍丸の甲板上でブツブツ言っている。
「次郎様、お独り言にございますか?」
「如何されました、御家老様」
大浦慶と小曽根乾堂が、心配そうに声をかけた。はっと我に返った次郎は二人に返す。
「ああ! いやあ何でもない。公儀のやり様があまりにも遅いゆえ、少々苛ついておったのだ」
次郎達は大阪から江戸に向かい、昇龍丸に乗って太平洋を北上していたのだが、ふと途中の清水湊に立ち寄ったのだ。
なぜか?
このまま江戸に入ったら、やれ黒船だ、やれ異人だと騒がれかねないと思ったからだ。そのため先に幕府に連絡をして、江戸湾へ入る事と、江戸湊への入港を許可してもらおうと思ったのだ。
老中首座の阿部正弘に手紙を送り、その許可を待っていたのだが……。
一ヶ月待たされているのだ。
清水湊はお慶が茶の仕入れと開発のために訪れていたので、何とか入港はできた。それも付け届けをして領民に触れを出し、危険ではないと事前にしらせて入港している。
「清水にきて一月。公儀に便りを送れど返事はこない。さすがの次郎様も、御苛立ちになるのも無理はございませんね」
と大浦慶が同情的に言うと、次郎は溜め息をつきながら答える。
「然うだな。然れど、公儀も公儀だ。俺たちが蒸気船を持っているのは知っているだろう。江戸、いや江戸表の民に報せを送るのに、これほど時がかかるのだろうか」
「御家老様、公儀としても前例のない事態に直面しているのでしょう。日本人とは言え、異国の技を用いた船を、そう容易く入れる訳にはいかないのでは?」
と小曽根乾堂。次郎は腕を組み、眉間にしわを寄せた。
「なーにを言ってんだ! どうせ来年には黒船が来て、てんやわんやになるんだから、その予行演習だと思えばいいのに。この遅さでは国を守るどころか、世界の流れに取り残されてしまうぞ」
「「黒船?」」
次郎は、あ! と思ったがすぐにゴホンと咳払いをして言い直す。
「いや、いずれ異国の船が来て開国を迫ってくるだろう。その時は蒸気船だ。乗っているのがメリケンか日本人かの違いだけだ」
「ああ、然様にございましたか」
「其の通りにございますね」
■江戸城
「方々、大村家中の太田和次郎左衛門が、蒸気船にて江戸湊への入り船を願うてきておるが、如何致そう」
阿部正弘が問う。
「大村家中と言えば、公儀の旗本を海軍伝習所に遣わしております。直に関わりはないとは言え、彼の者らの技を知る良い機かと存じます」
松平乗全が真っ先に発言すると、久世広周が反論する。
「確かに興味深い話ではありますが、民心への影響も考えねばなりません。まずは浦賀に留め置き、使者を遣わして用向きを確かめるのは如何でしょうか」
「然様、異国船でないとはいえ、蒸気船とは異国の技を用いた船にございましょう? それがしは無論の事、皆様もご覧になった事はないのではありませんか? いわんや民ならなおさらにございます。これを容易く許せば、公儀の沽券に関わりまする」
内藤信親が慎重に言った。
「然れど、日ノ本の護りを強くするためには、新しき技を学ぶべきではございませぬか。大村家中の行いは注目に値するものかと。そこで折衷案として浦賀での停泊を命じ、太田和次郎左衛門とやらから、つぶさに話を聞くのは如何でしょうか。その上で、江戸湊への入り船を論じましょう」
牧野忠雅だ。
阿部正弘は各老中の意見を聞き終えると、ゆっくりと頷いた。
「方々のお考え、承知しました。では、太田和次郎左衛門には浦賀での停泊を命じ、そこで話を聞くと致しましょう。その後、改めて江戸湊への入り船を論じましょう。また、この件は極秘扱いとし、幕府内でも知る者を限ります。浦賀奉行には厳重な警戒を命じることとしましょう」
■清水湊
「はあああぁぁぁ? !」
次回 第149話 (仮)『浦賀と朝廷』
数ヶ月前の夜、仕事を終えた二人はいつもの料亭『川棚屋』で一杯やっていた。
佐久間象山は酒は飲むが、最近は研究所に入り浸りで、それどころではなかった。それでも気晴らしの必要性を感じたので、同僚(部下? 弟子?)である杉亨二と料亭で酒を飲んでいたのだ。
灯りの柔らかな部屋で、酒を酌み交わしながら象山が口を開いた。
「杉君、最近、缶詰の製造方法について考えていてな。特に蓋と底の作り方だ。今のやり方では時間がかかりすぎる」
「然うですね、先生。手作業での切り出しは確かに時がかかります」
杉は興味深そうに答え、象山は続けた。
「正直なところ、御家老様から聞いた話では、和蘭の技術は世界一ではないようだ。他にも西洋にはメリケン、エゲレスといった大国があり、技術が切磋琢磨されておる。公儀が開国をしないものだから詳細は入ってこぬが、缶詰の製造についても、日々進歩していよう。我々も何か新しい方法を考え出せないだろうか」
ライケンやハルデス、ブルークといったオランダ人技師や教官が来日してから、5年が経過した。
彼らから様々な事を学び、信之介の知識と併せて研究を進めていた象山ではあったが、さしもの天才象山でも、学ぶべき分野が多岐にわたりすぎていた。
缶詰の製造にいたっては、未だにオランダ人が教えた製造法となんら変わっていなかったのだ。
佐久間象山と杉亨二の二人は、新しく金属板を均一に切り出す機械の設計を始めた。
「杉君、円形の刃を使って金属板を切り抜けば、均一な大きさの蓋と底が作れるのではないか」
「なるほど。然れど、刃の形状や切り抜く力の調整が難しそうですね」
象山の言葉に杉は熱心に図面を見つめながら答えた。
二人は試行錯誤を重ねたが、刃が金属板を均等に切れなかったり、切り抜いた蓋や底の縁がギザギザになったりと、問題は山積みだったのだ。
しかし彼らは諦めなかった。
象山と亨二は他の研究と掛け持ちしながら、それぞれに時間を分担しながらやっている。ゆくゆくは細分化されていくだろう。
亨二は刃の角度を微調整し、金属板を固定する方法を改良し、切り抜く力を制御できるよう努めた。毎日のように新しいアイデアを試し、少しずつ進歩を重ねていったのだ。
そしてようやく、満足のいく結果が得られた。機械化による蓋底の製造で、缶詰製造の時間を大幅に短縮できたのだ。
「杉君、これで缶詰の生産効率が上がるぞ」
「はい、先生。次は缶の胴体部分の製造方法も改良していきましょう」
■駿河国 清水湊
「ああ、面倒くせえ面倒くせえ」
次郎は昇龍丸の甲板上でブツブツ言っている。
「次郎様、お独り言にございますか?」
「如何されました、御家老様」
大浦慶と小曽根乾堂が、心配そうに声をかけた。はっと我に返った次郎は二人に返す。
「ああ! いやあ何でもない。公儀のやり様があまりにも遅いゆえ、少々苛ついておったのだ」
次郎達は大阪から江戸に向かい、昇龍丸に乗って太平洋を北上していたのだが、ふと途中の清水湊に立ち寄ったのだ。
なぜか?
このまま江戸に入ったら、やれ黒船だ、やれ異人だと騒がれかねないと思ったからだ。そのため先に幕府に連絡をして、江戸湾へ入る事と、江戸湊への入港を許可してもらおうと思ったのだ。
老中首座の阿部正弘に手紙を送り、その許可を待っていたのだが……。
一ヶ月待たされているのだ。
清水湊はお慶が茶の仕入れと開発のために訪れていたので、何とか入港はできた。それも付け届けをして領民に触れを出し、危険ではないと事前にしらせて入港している。
「清水にきて一月。公儀に便りを送れど返事はこない。さすがの次郎様も、御苛立ちになるのも無理はございませんね」
と大浦慶が同情的に言うと、次郎は溜め息をつきながら答える。
「然うだな。然れど、公儀も公儀だ。俺たちが蒸気船を持っているのは知っているだろう。江戸、いや江戸表の民に報せを送るのに、これほど時がかかるのだろうか」
「御家老様、公儀としても前例のない事態に直面しているのでしょう。日本人とは言え、異国の技を用いた船を、そう容易く入れる訳にはいかないのでは?」
と小曽根乾堂。次郎は腕を組み、眉間にしわを寄せた。
「なーにを言ってんだ! どうせ来年には黒船が来て、てんやわんやになるんだから、その予行演習だと思えばいいのに。この遅さでは国を守るどころか、世界の流れに取り残されてしまうぞ」
「「黒船?」」
次郎は、あ! と思ったがすぐにゴホンと咳払いをして言い直す。
「いや、いずれ異国の船が来て開国を迫ってくるだろう。その時は蒸気船だ。乗っているのがメリケンか日本人かの違いだけだ」
「ああ、然様にございましたか」
「其の通りにございますね」
■江戸城
「方々、大村家中の太田和次郎左衛門が、蒸気船にて江戸湊への入り船を願うてきておるが、如何致そう」
阿部正弘が問う。
「大村家中と言えば、公儀の旗本を海軍伝習所に遣わしております。直に関わりはないとは言え、彼の者らの技を知る良い機かと存じます」
松平乗全が真っ先に発言すると、久世広周が反論する。
「確かに興味深い話ではありますが、民心への影響も考えねばなりません。まずは浦賀に留め置き、使者を遣わして用向きを確かめるのは如何でしょうか」
「然様、異国船でないとはいえ、蒸気船とは異国の技を用いた船にございましょう? それがしは無論の事、皆様もご覧になった事はないのではありませんか? いわんや民ならなおさらにございます。これを容易く許せば、公儀の沽券に関わりまする」
内藤信親が慎重に言った。
「然れど、日ノ本の護りを強くするためには、新しき技を学ぶべきではございませぬか。大村家中の行いは注目に値するものかと。そこで折衷案として浦賀での停泊を命じ、太田和次郎左衛門とやらから、つぶさに話を聞くのは如何でしょうか。その上で、江戸湊への入り船を論じましょう」
牧野忠雅だ。
阿部正弘は各老中の意見を聞き終えると、ゆっくりと頷いた。
「方々のお考え、承知しました。では、太田和次郎左衛門には浦賀での停泊を命じ、そこで話を聞くと致しましょう。その後、改めて江戸湊への入り船を論じましょう。また、この件は極秘扱いとし、幕府内でも知る者を限ります。浦賀奉行には厳重な警戒を命じることとしましょう」
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