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第101話 『国産か輸入か? 小規模から拡大するか、最大規模か?』(1848/9/28)
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嘉永元年九月二日(1848/9/28) <次郎左衛門>
「あなた様、もう登城の刻限にございますよ」
お静の声で目が覚めた。太田和からの単身赴任じゃなくてよかったよ。実際に登城する時間に余裕を持って起こしてくれた。顔を洗ったり朝ご飯を食べたりの時間だ。
コーヒー、飲みたい。
侍女がいつものルーティンでコーヒーを持ってきてくれた。出島経由でコーヒーは伝わっていたようなんだけど、お茶の文化の日本には根付かなかったみたいだ。
シーボルトも驚いて普及活動したようだけど、それでも認知度は低かった。俺たちはみんなに教えて、周りはちょっとしたブームなんだよね。
一之進とか信之介はジャンキーになってそうだ。
大丈夫か?
オランダから招聘したライケンは、海軍の伝習に精力的に取り組んで知る。史実通りスパルタのようだ。俺も教えたが、なんせウン十年前の記憶だったから、本当にごくごく基礎的な事しか教える事ができなかった。
出島のオランダ人のおかげだ、といっても過言じゃない。
ライケンは連れてきた教官と一緒に、航海術から操船術、砲術など様々な事を教えている。
座学と実習があって、実習の場合は船が小型すぎて不満げなところはあったが、ある意味実習だと割り切って全力で取り組んでくれている。
問題は、ハルデスだ。
問題と言っても、彼自身や彼のブレーンに問題があった訳じゃない。仕事をして貰う上での問題だ。
ハルデスは海軍機関士官であり技師でもある。彼に頼んだのは蒸気船での使用に耐えうる蒸気機関の製造とメンテナンス、操作方法の伝授であり、造船技術の伝習と造船所の建造(と伝習)だった。
五教館大学でも土木工事の講義をしている。
蒸気機関については田中さんがやってるから、そのサポートというか、力をあわせて作ってほしいんだよね。
こちらの要求としては5年間で実用に耐えうる蒸気機関を完成させ、かつ蒸気船を建造して就役させて処女航海まで行い、前々から言っているけど、ペリー来航に間に合わせる事。
ハルデスは田中さんの蒸気機関をみて相当驚いていた。いかに技術書があるといっても、それまで蒸気機関とはなんぞや? だった人間が、わずか1年で模型とはいえ作り上げたのだ。
相当なリスペクトをしていた。
しかし、実際に作るとなると話が違う、と言ってきたのだ。大型化に伴う様々な問題。部品一つ一つの性能の均一化や歩留まりの引き上げの問題等々である。
時間をかければできあがるだろうが、最低10年はかかると言う。15年や20年は本当なら見てほしいと言い、現物の輸入を提案してきたのだ。
でも田中さんは引き下がらなかった。技術者としての意地だろう。
今、注文して、来るのは2年後。それまで何をどうするのだ? 現物がくるならここで作る必要もないし、研究も要らない。2年後から真似してつくればいいのだ。
そしてもう一つ、もし不良品だったら? ハルデスは否定したが絶対にないとはいいきれないし、部品などがなければ取り寄せになってさらに時間が掛かる。
もう一つの問題は造船所だ。
どのくらいの規模で、どのような工法を使うのか? それが問題となったのだ。以前造船所建造計画の概算見積もりを出した際の金額は、約13万両だった。
今回、現実味を帯びた造船所で、いくらかかるのか?
■玖島城 次郎の居室
ハルデス、田中久重、勘定奉行と作事奉行の四名が、次郎の前に座って論議を重ねている。
「では儀右衛門殿は、あくまでも国産にこだわるという事じゃな?」
次郎はどちらかと言うと国産ではあるが、ペリー来航までに間に合わなければ意味がないし、要するに確実な方にかけたいのだ。
「はは。左様にございまする。でなければ何の為に我らが昼夜を問わず、寸暇を惜しんで作り上げてきたのか。意味がありませぬ」
国産の場合、時間はどれくらいかかるか未知数だが、すべて国産なので部品供給や修理にかかるリスクは少ない。
「ふむ。もっともな意見じゃ。ハルデス殿はいかがじゃ?」
次郎をはじめ一之進や信之介もオランダ語は勉強していたが、お里や長英さん、宗謙先生ほど堪能ではない。意思の疎通で間違いがあればいけないので、念のため通訳を入れている。
「私は輸入をお勧めします。いずれにしても造船所は時間がかかりますし、それまでは試行錯誤するのも良いですが、造るならば間違いのないものが必要です」
ハルデスの言う事ももっともだ。故障がなく不良品でなければ、輸入の方が間違いがない。しかし到着まで2年もかかるのならば、それまでの人件費も無駄になってしまう。
実は久重が完成させた蒸気機関はヘルダム『応用機械学の基礎』を元にしているが、書かれたのは10年前である。1840年代に入って蒸気機関は進歩をとげ、スクリューも実用化されているのだ。
ヘルダム『応用機械学の基礎』に記載されている蒸気機関はflue boiler(炉筒ボイラ)で、安定した成果を上げていた。
しかし、1839年にシーワード・カペル社がダイレクトアクティングエンジンを完成させて以降、ダブルシリンダーエンジンやオシレーチングエンジンが主流となっていく。
新式の技術については、当然ハルデスは知っているだろう。もちろん久重の機関の内容も理解している。輸入ができれば楽だが、幕府の制約がある。軍艦の輸入ができないのが惜しい。
「儀右衛門殿、二年、二年あれば新しく建造する蒸気船に耐えうるものを、つくる事、能うか?」
「は……。ハルデス殿。あなたのお国では、その製造は盛んに行われているのですかな?」
「もちろんです」
ハルデスは通訳を通してではあるが、即答した。
「では御家老様、ハルデス殿のご指導があれば、必ずや二年で作り上げまする」
久重の目には覚悟と自信がみなぎっていた。
「あい分かった。では、儀右衛門殿、ハルデス殿と手を取り合って、頼みますぞ。ハルデス殿、よろしいか?」
「……はい。では、そのように」
ハルデスは久重の気迫に押されたのか、熱意を意気に感じ、通訳を介してではあるが、熱心にやり取りをする。これで、蒸気機関については、ひとまず解決である。
次に、造船所である。
二年前に建造計画があったのだが、13万両という高額な予算が必要で、次郎はやむなく保留としていた。ペリー来航時に横付けするためには、同じ大きさの蒸気船が必要だと考えていたのだ。
しかしよくよく考えれば、同規模の船を造るとなると、間違いなく大船建造の禁に触れる。これは商船を除外したものだが、荷船と言ってごまかしても、サスケハナ号やミシシッピ・ポーハタン号は3,000トン級である。
禁止上限の500石(75トン)の遙か上、2万石(3,000トン)の船なのだ。
そこは次郎の政治的駆け引きというか、政治力や交渉力がものを言う。まずは大は小を兼ねるという方向性で建造し、最初につくるのは小さな船という方がいいだろう。
ただし問題はコストと工期である。
「勘定奉行、作事奉行とあわせて答えてほしいが、長さ六十八間(約122.5m)、幅十四間(25m)、深さ五間(8.4m)で船渠をつくり、周囲に必要な施設をつくるとして、見積もりでいくらだ?」
「は」
勘定奉行は見積書をみながら総額を告げる。
「はい。しめて十六万六千九百八十六両二百五十八文となります」
「なにい! ? 前と四万両近く違うではないか!」
「恐れながら御家老様、人も物も、常に同じではありませぬ。こたびはさらにつぶさに算出いたしました」
「……」
次郎は頭が痛い。
「それは……その銭は、いまの勝手向き(財政)で余裕はあるのか?」
次郎も把握はしていたが、勘定奉行に聞いた方が詳細がわかるのだ。あくまで総括であり、経理や財務の経験もない。
「は。捕鯨船を倍に増やし、石けんの量産と廉価版の売れ行きが好調ゆえ、なんとか捻出は能うかと存じます。また、すべてを一度に支払うのではなく、工期ごとに要るだけ支払えば、一度に要る銭は少なくて済みまする」
「なるほど」
とりあえず出せない訳ではない。残るは工期である。
「作事奉行、いかがだ?」
「は、恐れながら様々な差配はそれがしがいたしますが、何分これまでになかった事ゆえ、その儀はハルデス殿に聞いた方が早いかと存じます」
もっともな意見だ。
「ハルデス殿、いかがだろうか?」
「それほどの規模となると、3年ないし4年はかかるでしょう。急げば3年を切るかもしれないが、それはあまり良くありません」
突貫工事はどこかでミスが出るといいたいのだろう。しかもハルデスにとっても、全く知らない土地と技術基盤なのだ。
「三年、四年、であるか……」
次郎は考えている。間に合わない。
「あ!」
突然の次郎の素っ頓狂な声に、一同が注目する。
「石もセメントも使わない。佐賀の三重津のような造船所をつくる! これなら費用はもちろんだが、なんとかなるだろう。それに、横須賀を基準にしていたけど、地盤を考えたらその方が良い!」
「三重津?」
「横須賀?」
よくわからない文言と地名と話し方に、一同はきょとんとした顔をしているが、次郎は無視して続ける。
「造船所はこのようにしてつくる!」
次郎は石やセメントの代わりに木と粘土を使った工法をざっくりと(本当にざっくりと)説明した。佐賀藩にできたんだから、大村藩にできないはずはない。少なくとも工期は短くできるはずだ。
三重津の規模は横須賀より若干(長さ60m、幅21.5m、喫水4m)小さいが、同じだとしても工期は短縮できる。
こうして新たな計画が始動した。
※嘉永元年度予算(造船所を除く)
歳入 29万8千800両
歳出 21万4千559両
純貯蓄 8万4千241両
期末残高(見込み) 14万3千806両
歳入内訳
※販売利益
石けん販売 17万7千12両
石炭販売 3万3千516両
塩販売 3千996両
捕鯨売上 7万4千136両
真珠販売 780両
椎茸販売 9千360両
歳出内訳
※設備投資
高炉・反射炉維持費 1万8両
五教館・開明塾・五教館大学維持運営費 9千両
コークス窯維持費 612両
海軍艦艇1隻 2千461両
※負債
深澤家 1万8両
※人件費
捕鯨 3万3千492両
炭鉱三カ所 3千996両
適塾(今年で終わり) 72両
溶鉱炉関連 660両
鉄鉱石鉱山他 7千992両
オランダ人技師給料(6月~) 1万45両
鍾乳石石灰石 1,332両
コークス窯 660両
海軍 1万7千160両
※対外費
松代藩義援金 7千8両
朝廷献金 800両
改元費用 1万両(幕府からもでるが、奥へ)
江戸活動費 1万2千389両
京都活動費 8千274両
公家支援費用(102名) 147両
※技術支援費用
精煉方 5万760両
殖産方 6千768両
医学方 1万728両
※文書通信費
通信費・隼人旅費諸経費を含む 29両
次回 第102話 (仮)『宇田川興斎と上野俊之丞の試行錯誤と、質問攻めに辟易する精煉方惣奉行』
「あなた様、もう登城の刻限にございますよ」
お静の声で目が覚めた。太田和からの単身赴任じゃなくてよかったよ。実際に登城する時間に余裕を持って起こしてくれた。顔を洗ったり朝ご飯を食べたりの時間だ。
コーヒー、飲みたい。
侍女がいつものルーティンでコーヒーを持ってきてくれた。出島経由でコーヒーは伝わっていたようなんだけど、お茶の文化の日本には根付かなかったみたいだ。
シーボルトも驚いて普及活動したようだけど、それでも認知度は低かった。俺たちはみんなに教えて、周りはちょっとしたブームなんだよね。
一之進とか信之介はジャンキーになってそうだ。
大丈夫か?
オランダから招聘したライケンは、海軍の伝習に精力的に取り組んで知る。史実通りスパルタのようだ。俺も教えたが、なんせウン十年前の記憶だったから、本当にごくごく基礎的な事しか教える事ができなかった。
出島のオランダ人のおかげだ、といっても過言じゃない。
ライケンは連れてきた教官と一緒に、航海術から操船術、砲術など様々な事を教えている。
座学と実習があって、実習の場合は船が小型すぎて不満げなところはあったが、ある意味実習だと割り切って全力で取り組んでくれている。
問題は、ハルデスだ。
問題と言っても、彼自身や彼のブレーンに問題があった訳じゃない。仕事をして貰う上での問題だ。
ハルデスは海軍機関士官であり技師でもある。彼に頼んだのは蒸気船での使用に耐えうる蒸気機関の製造とメンテナンス、操作方法の伝授であり、造船技術の伝習と造船所の建造(と伝習)だった。
五教館大学でも土木工事の講義をしている。
蒸気機関については田中さんがやってるから、そのサポートというか、力をあわせて作ってほしいんだよね。
こちらの要求としては5年間で実用に耐えうる蒸気機関を完成させ、かつ蒸気船を建造して就役させて処女航海まで行い、前々から言っているけど、ペリー来航に間に合わせる事。
ハルデスは田中さんの蒸気機関をみて相当驚いていた。いかに技術書があるといっても、それまで蒸気機関とはなんぞや? だった人間が、わずか1年で模型とはいえ作り上げたのだ。
相当なリスペクトをしていた。
しかし、実際に作るとなると話が違う、と言ってきたのだ。大型化に伴う様々な問題。部品一つ一つの性能の均一化や歩留まりの引き上げの問題等々である。
時間をかければできあがるだろうが、最低10年はかかると言う。15年や20年は本当なら見てほしいと言い、現物の輸入を提案してきたのだ。
でも田中さんは引き下がらなかった。技術者としての意地だろう。
今、注文して、来るのは2年後。それまで何をどうするのだ? 現物がくるならここで作る必要もないし、研究も要らない。2年後から真似してつくればいいのだ。
そしてもう一つ、もし不良品だったら? ハルデスは否定したが絶対にないとはいいきれないし、部品などがなければ取り寄せになってさらに時間が掛かる。
もう一つの問題は造船所だ。
どのくらいの規模で、どのような工法を使うのか? それが問題となったのだ。以前造船所建造計画の概算見積もりを出した際の金額は、約13万両だった。
今回、現実味を帯びた造船所で、いくらかかるのか?
■玖島城 次郎の居室
ハルデス、田中久重、勘定奉行と作事奉行の四名が、次郎の前に座って論議を重ねている。
「では儀右衛門殿は、あくまでも国産にこだわるという事じゃな?」
次郎はどちらかと言うと国産ではあるが、ペリー来航までに間に合わなければ意味がないし、要するに確実な方にかけたいのだ。
「はは。左様にございまする。でなければ何の為に我らが昼夜を問わず、寸暇を惜しんで作り上げてきたのか。意味がありませぬ」
国産の場合、時間はどれくらいかかるか未知数だが、すべて国産なので部品供給や修理にかかるリスクは少ない。
「ふむ。もっともな意見じゃ。ハルデス殿はいかがじゃ?」
次郎をはじめ一之進や信之介もオランダ語は勉強していたが、お里や長英さん、宗謙先生ほど堪能ではない。意思の疎通で間違いがあればいけないので、念のため通訳を入れている。
「私は輸入をお勧めします。いずれにしても造船所は時間がかかりますし、それまでは試行錯誤するのも良いですが、造るならば間違いのないものが必要です」
ハルデスの言う事ももっともだ。故障がなく不良品でなければ、輸入の方が間違いがない。しかし到着まで2年もかかるのならば、それまでの人件費も無駄になってしまう。
実は久重が完成させた蒸気機関はヘルダム『応用機械学の基礎』を元にしているが、書かれたのは10年前である。1840年代に入って蒸気機関は進歩をとげ、スクリューも実用化されているのだ。
ヘルダム『応用機械学の基礎』に記載されている蒸気機関はflue boiler(炉筒ボイラ)で、安定した成果を上げていた。
しかし、1839年にシーワード・カペル社がダイレクトアクティングエンジンを完成させて以降、ダブルシリンダーエンジンやオシレーチングエンジンが主流となっていく。
新式の技術については、当然ハルデスは知っているだろう。もちろん久重の機関の内容も理解している。輸入ができれば楽だが、幕府の制約がある。軍艦の輸入ができないのが惜しい。
「儀右衛門殿、二年、二年あれば新しく建造する蒸気船に耐えうるものを、つくる事、能うか?」
「は……。ハルデス殿。あなたのお国では、その製造は盛んに行われているのですかな?」
「もちろんです」
ハルデスは通訳を通してではあるが、即答した。
「では御家老様、ハルデス殿のご指導があれば、必ずや二年で作り上げまする」
久重の目には覚悟と自信がみなぎっていた。
「あい分かった。では、儀右衛門殿、ハルデス殿と手を取り合って、頼みますぞ。ハルデス殿、よろしいか?」
「……はい。では、そのように」
ハルデスは久重の気迫に押されたのか、熱意を意気に感じ、通訳を介してではあるが、熱心にやり取りをする。これで、蒸気機関については、ひとまず解決である。
次に、造船所である。
二年前に建造計画があったのだが、13万両という高額な予算が必要で、次郎はやむなく保留としていた。ペリー来航時に横付けするためには、同じ大きさの蒸気船が必要だと考えていたのだ。
しかしよくよく考えれば、同規模の船を造るとなると、間違いなく大船建造の禁に触れる。これは商船を除外したものだが、荷船と言ってごまかしても、サスケハナ号やミシシッピ・ポーハタン号は3,000トン級である。
禁止上限の500石(75トン)の遙か上、2万石(3,000トン)の船なのだ。
そこは次郎の政治的駆け引きというか、政治力や交渉力がものを言う。まずは大は小を兼ねるという方向性で建造し、最初につくるのは小さな船という方がいいだろう。
ただし問題はコストと工期である。
「勘定奉行、作事奉行とあわせて答えてほしいが、長さ六十八間(約122.5m)、幅十四間(25m)、深さ五間(8.4m)で船渠をつくり、周囲に必要な施設をつくるとして、見積もりでいくらだ?」
「は」
勘定奉行は見積書をみながら総額を告げる。
「はい。しめて十六万六千九百八十六両二百五十八文となります」
「なにい! ? 前と四万両近く違うではないか!」
「恐れながら御家老様、人も物も、常に同じではありませぬ。こたびはさらにつぶさに算出いたしました」
「……」
次郎は頭が痛い。
「それは……その銭は、いまの勝手向き(財政)で余裕はあるのか?」
次郎も把握はしていたが、勘定奉行に聞いた方が詳細がわかるのだ。あくまで総括であり、経理や財務の経験もない。
「は。捕鯨船を倍に増やし、石けんの量産と廉価版の売れ行きが好調ゆえ、なんとか捻出は能うかと存じます。また、すべてを一度に支払うのではなく、工期ごとに要るだけ支払えば、一度に要る銭は少なくて済みまする」
「なるほど」
とりあえず出せない訳ではない。残るは工期である。
「作事奉行、いかがだ?」
「は、恐れながら様々な差配はそれがしがいたしますが、何分これまでになかった事ゆえ、その儀はハルデス殿に聞いた方が早いかと存じます」
もっともな意見だ。
「ハルデス殿、いかがだろうか?」
「それほどの規模となると、3年ないし4年はかかるでしょう。急げば3年を切るかもしれないが、それはあまり良くありません」
突貫工事はどこかでミスが出るといいたいのだろう。しかもハルデスにとっても、全く知らない土地と技術基盤なのだ。
「三年、四年、であるか……」
次郎は考えている。間に合わない。
「あ!」
突然の次郎の素っ頓狂な声に、一同が注目する。
「石もセメントも使わない。佐賀の三重津のような造船所をつくる! これなら費用はもちろんだが、なんとかなるだろう。それに、横須賀を基準にしていたけど、地盤を考えたらその方が良い!」
「三重津?」
「横須賀?」
よくわからない文言と地名と話し方に、一同はきょとんとした顔をしているが、次郎は無視して続ける。
「造船所はこのようにしてつくる!」
次郎は石やセメントの代わりに木と粘土を使った工法をざっくりと(本当にざっくりと)説明した。佐賀藩にできたんだから、大村藩にできないはずはない。少なくとも工期は短くできるはずだ。
三重津の規模は横須賀より若干(長さ60m、幅21.5m、喫水4m)小さいが、同じだとしても工期は短縮できる。
こうして新たな計画が始動した。
※嘉永元年度予算(造船所を除く)
歳入 29万8千800両
歳出 21万4千559両
純貯蓄 8万4千241両
期末残高(見込み) 14万3千806両
歳入内訳
※販売利益
石けん販売 17万7千12両
石炭販売 3万3千516両
塩販売 3千996両
捕鯨売上 7万4千136両
真珠販売 780両
椎茸販売 9千360両
歳出内訳
※設備投資
高炉・反射炉維持費 1万8両
五教館・開明塾・五教館大学維持運営費 9千両
コークス窯維持費 612両
海軍艦艇1隻 2千461両
※負債
深澤家 1万8両
※人件費
捕鯨 3万3千492両
炭鉱三カ所 3千996両
適塾(今年で終わり) 72両
溶鉱炉関連 660両
鉄鉱石鉱山他 7千992両
オランダ人技師給料(6月~) 1万45両
鍾乳石石灰石 1,332両
コークス窯 660両
海軍 1万7千160両
※対外費
松代藩義援金 7千8両
朝廷献金 800両
改元費用 1万両(幕府からもでるが、奥へ)
江戸活動費 1万2千389両
京都活動費 8千274両
公家支援費用(102名) 147両
※技術支援費用
精煉方 5万760両
殖産方 6千768両
医学方 1万728両
※文書通信費
通信費・隼人旅費諸経費を含む 29両
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