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第94話 『鷹司政通の歌道と遊学生続々大村へ』(1848/2/9)
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弘化五年(嘉永元年)一月五日(1848/2/9) 京都 関白・鷹司政通邸
『春を待ち 朝廷の縁に 新しき 歳の始めの 冬麗らかな』
岩倉具視は関白・鷹司政通の前で丁寧に一礼をし、声を落ち着かせて歌を詠み上げた。
「ほほほ。よきかなよきかな。そもじ(あなた)は確か……」
「岩倉具視におじゃります」
「おお。そうでおじゃったな。昨年の十月に、麻呂の歌道に入門したいと申し出てきたのでおじゃったの。……して岩倉よ。そもじ(おぬし)はこれより先、いかなる歌を詠んでいきたいのでおじゃるか?」
政通は岩倉の歌の才能に興味を惹かれながら、その公家らしからぬ風貌に珍奇の念を禁じ得なかった。
「はい。麻呂は関白様の下において、さらなる高みを目指したく考えておりましゃる。どうかご教示いただきたいとお願いいたしましゃる」
政通は岩倉の真摯な眼差しを見ながら微笑みを浮かべる。
「うべなるかな(なるほど)。とかくこのごろは回りくどい口つき(言い方)をいたす者が多い中、そもじ(あなた)のような者は珍しい。いかなる歌を愛でるのでおじゃるか?」
「はい。麻呂は特に古今和歌集が好きでおじゃる。その洗練された美しさと、情緒ある表現には心打たれましゃる」
と岩倉具視は答え、さらに自ら考えた一首を披露した。
「山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば」
……。
……。
……。
「もとい。あだこと(冗談)におじゃる」
『初春や 寒さ厳しき 年始め 暖けき日に 幸多からん』
鷹司政通はその歌を聞き、しばし黙考した後に顔を綻ばせて言った。
「……あだこととは。されど良い歌でおじゃるな。心情が繊細に表現されておりましゃる。そもじは歌道の才があるようでおじゃる」
岩倉は謙虚に頭を下げた。
「関白様、お褒めに与り光栄にございましゃる。今後ともご指導のほどをお願い申し上げましゃる」
「然なり(そうだね)。この日ノ本においても世情穏やかならぬこのごろにて、御所内でもさまざまな噂を聞いておりましゃる。幕府の有り様も気になるところでおじゃるが、せめてこの日ノ本が穢れる事のなきよう、御上の宸襟(お心)を悩まし奉る事のなきよう、粛々と政を行ってほしいものでおじゃるな」
普段、このような席では政治の事など口にしない政通であったが、つい口を滑らしたようだ。
「関白様、その儀につきましては、麻呂にひとつ考えがおじゃりまする」
「考えとな?」
「はい。これまで政は幕府が朝廷より仰せつかり、任されてきましゃった。されば命じるという訳ではあらはりませんが、あくまで願うという意味で幕府に物申す事も、大事かと思いましゃる」
「ふむ。物申す朝廷……そもじは面白い事を考えるの。ふふふ……面白い。では岩倉よ、明日よりこれにおじゃ。いろいろと聞きたい事もありましゃるゆえな」
岩倉具視の政界進出の第一歩である。
■大村藩 玖島城
「盛岡藩士、大島高任にございます」
「周防の手塚律蔵にございます」
「長崎の上野俊之丞にございます」
「同じく長崎の杉亨二にございます」
長崎からやってきた遊学希望者の四人である。俊之丞は息子である彦馬も連れてきていたが、まだ9歳で元服前のため、城内ではひときわ小さく見えた。
「太田和次郎左衛門である、面をあげよ」
次郎は最初の挨拶こそ堅かったが、さっそく面をあげさせて緊張をほぐすように話しかけた。
「楽になされよ。いかがかな? 藩の建物にはまだ入れておらぬであろうが、町並みは見てきたであろう。遊学というよりも、それがしが皆さんの力を借りたいというのが、実のところの本音なのじゃ。忙しくて人が足らぬでの」
次郎は威厳を保ちつつ、藩として優秀な人材を召し抱えている事、そのためにはどんどん勉強してもらいたい旨を飾らずに話した。
(なんと……。小藩とはいえ、藩の家老がこうも腰が低いとは。これは話が早いかもしれぬ)
全員がそう思った。
さすがに家老の次郎は忙しく、一行が大村についてすぐに会うことはできなかったが、それでも着いて二日目には面会が叶ったのだ。そしてすでに、大村藩の異常な様子を感じとっていた。
夜だ。
村田蔵六(大村益次郎)が城のガス灯に驚いた様に、二ヶ月経った今では、城下の武家屋敷がある五つの通りと久原の調練場までの道に、ガス灯が点っていたのだ。
・城から南東の外浦小路までの1.4km。
・城の東の本小路と小姓小路の2km。
・城の北東の上小路まで1km。
・上小路の隣の草場小路まで400m
・久原調練場の周りの重要箇所数ヶ所
約4kmにわたってガス灯が敷設され、現在の街灯とは比べるまでもなく暗いが、それでも夜道を安全に照らしていた。
「大島殿。江戸では箕作殿や坪井殿に師事しておったそうですな。こたびは弟、隼人の申し出に応えてくださり感謝いたす。さて、まずは何を学びたいのですかな? もちろんタダでという訳にはいきませぬ。我が藩の精錬方(もしくは医学方・殖産方)で働いていただく事が条件となります」
信之介を助けて技術革新を加速させるためであったが、本人が他を学びたいなら仕方がない。
「ヒュゲーニンの『ロイク王立鉄製大砲鋳造所における鋳造法』の訳本がここにあると聞き及んでおります。まずはそれを読み、学びたく存じます」
(ふーん。やっぱり大島高任、そうきたか。ただなあ……この人今藩命で来てるんだよなあ。ガチガチの藩士だからな……)
「あいわかった。それならば精錬方の書庫にあるであろう。惣奉行の信之介に言えば、何事もなく読ませてくれよう」
「ありがたき幸せに存じます。今ひとつ、お伺いしたい事がございます」
「なんじゃ」
次郎はにこやかに返す。
「和蘭語は難解にて、そう簡単に和訳能うとは思わぬのですが、すでに五年も前に翻訳しているとは、一体誰が翻訳したのでございますか?」
「ああ、それか……まあオランダ語に詳しい知己がいてね。それから今、藩ではオランダ語の翻訳ができる人間が二十人ほどはいるぞ」
なんと! 全員が驚きを隠せない。
その後様々な質疑応答がなされたが、五人はまず、精煉方へ向かうのであった。
■大村藩 藩境(藩内)
「本当に宗謙どのは肥前大村へ向かったのだろうか」
また、一人の男が大村藩に入った。
次回 第95話 (仮)『佐久間象山大村に着き、隼人肥後にて人を探す』
『春を待ち 朝廷の縁に 新しき 歳の始めの 冬麗らかな』
岩倉具視は関白・鷹司政通の前で丁寧に一礼をし、声を落ち着かせて歌を詠み上げた。
「ほほほ。よきかなよきかな。そもじ(あなた)は確か……」
「岩倉具視におじゃります」
「おお。そうでおじゃったな。昨年の十月に、麻呂の歌道に入門したいと申し出てきたのでおじゃったの。……して岩倉よ。そもじ(おぬし)はこれより先、いかなる歌を詠んでいきたいのでおじゃるか?」
政通は岩倉の歌の才能に興味を惹かれながら、その公家らしからぬ風貌に珍奇の念を禁じ得なかった。
「はい。麻呂は関白様の下において、さらなる高みを目指したく考えておりましゃる。どうかご教示いただきたいとお願いいたしましゃる」
政通は岩倉の真摯な眼差しを見ながら微笑みを浮かべる。
「うべなるかな(なるほど)。とかくこのごろは回りくどい口つき(言い方)をいたす者が多い中、そもじ(あなた)のような者は珍しい。いかなる歌を愛でるのでおじゃるか?」
「はい。麻呂は特に古今和歌集が好きでおじゃる。その洗練された美しさと、情緒ある表現には心打たれましゃる」
と岩倉具視は答え、さらに自ら考えた一首を披露した。
「山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば」
……。
……。
……。
「もとい。あだこと(冗談)におじゃる」
『初春や 寒さ厳しき 年始め 暖けき日に 幸多からん』
鷹司政通はその歌を聞き、しばし黙考した後に顔を綻ばせて言った。
「……あだこととは。されど良い歌でおじゃるな。心情が繊細に表現されておりましゃる。そもじは歌道の才があるようでおじゃる」
岩倉は謙虚に頭を下げた。
「関白様、お褒めに与り光栄にございましゃる。今後ともご指導のほどをお願い申し上げましゃる」
「然なり(そうだね)。この日ノ本においても世情穏やかならぬこのごろにて、御所内でもさまざまな噂を聞いておりましゃる。幕府の有り様も気になるところでおじゃるが、せめてこの日ノ本が穢れる事のなきよう、御上の宸襟(お心)を悩まし奉る事のなきよう、粛々と政を行ってほしいものでおじゃるな」
普段、このような席では政治の事など口にしない政通であったが、つい口を滑らしたようだ。
「関白様、その儀につきましては、麻呂にひとつ考えがおじゃりまする」
「考えとな?」
「はい。これまで政は幕府が朝廷より仰せつかり、任されてきましゃった。されば命じるという訳ではあらはりませんが、あくまで願うという意味で幕府に物申す事も、大事かと思いましゃる」
「ふむ。物申す朝廷……そもじは面白い事を考えるの。ふふふ……面白い。では岩倉よ、明日よりこれにおじゃ。いろいろと聞きたい事もありましゃるゆえな」
岩倉具視の政界進出の第一歩である。
■大村藩 玖島城
「盛岡藩士、大島高任にございます」
「周防の手塚律蔵にございます」
「長崎の上野俊之丞にございます」
「同じく長崎の杉亨二にございます」
長崎からやってきた遊学希望者の四人である。俊之丞は息子である彦馬も連れてきていたが、まだ9歳で元服前のため、城内ではひときわ小さく見えた。
「太田和次郎左衛門である、面をあげよ」
次郎は最初の挨拶こそ堅かったが、さっそく面をあげさせて緊張をほぐすように話しかけた。
「楽になされよ。いかがかな? 藩の建物にはまだ入れておらぬであろうが、町並みは見てきたであろう。遊学というよりも、それがしが皆さんの力を借りたいというのが、実のところの本音なのじゃ。忙しくて人が足らぬでの」
次郎は威厳を保ちつつ、藩として優秀な人材を召し抱えている事、そのためにはどんどん勉強してもらいたい旨を飾らずに話した。
(なんと……。小藩とはいえ、藩の家老がこうも腰が低いとは。これは話が早いかもしれぬ)
全員がそう思った。
さすがに家老の次郎は忙しく、一行が大村についてすぐに会うことはできなかったが、それでも着いて二日目には面会が叶ったのだ。そしてすでに、大村藩の異常な様子を感じとっていた。
夜だ。
村田蔵六(大村益次郎)が城のガス灯に驚いた様に、二ヶ月経った今では、城下の武家屋敷がある五つの通りと久原の調練場までの道に、ガス灯が点っていたのだ。
・城から南東の外浦小路までの1.4km。
・城の東の本小路と小姓小路の2km。
・城の北東の上小路まで1km。
・上小路の隣の草場小路まで400m
・久原調練場の周りの重要箇所数ヶ所
約4kmにわたってガス灯が敷設され、現在の街灯とは比べるまでもなく暗いが、それでも夜道を安全に照らしていた。
「大島殿。江戸では箕作殿や坪井殿に師事しておったそうですな。こたびは弟、隼人の申し出に応えてくださり感謝いたす。さて、まずは何を学びたいのですかな? もちろんタダでという訳にはいきませぬ。我が藩の精錬方(もしくは医学方・殖産方)で働いていただく事が条件となります」
信之介を助けて技術革新を加速させるためであったが、本人が他を学びたいなら仕方がない。
「ヒュゲーニンの『ロイク王立鉄製大砲鋳造所における鋳造法』の訳本がここにあると聞き及んでおります。まずはそれを読み、学びたく存じます」
(ふーん。やっぱり大島高任、そうきたか。ただなあ……この人今藩命で来てるんだよなあ。ガチガチの藩士だからな……)
「あいわかった。それならば精錬方の書庫にあるであろう。惣奉行の信之介に言えば、何事もなく読ませてくれよう」
「ありがたき幸せに存じます。今ひとつ、お伺いしたい事がございます」
「なんじゃ」
次郎はにこやかに返す。
「和蘭語は難解にて、そう簡単に和訳能うとは思わぬのですが、すでに五年も前に翻訳しているとは、一体誰が翻訳したのでございますか?」
「ああ、それか……まあオランダ語に詳しい知己がいてね。それから今、藩ではオランダ語の翻訳ができる人間が二十人ほどはいるぞ」
なんと! 全員が驚きを隠せない。
その後様々な質疑応答がなされたが、五人はまず、精煉方へ向かうのであった。
■大村藩 藩境(藩内)
「本当に宗謙どのは肥前大村へ向かったのだろうか」
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