『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁

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第51話 『開明塾の授業と3度目の参勤交代』(1842/9/15) 

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 天保十三年八月十一日(1842/9/15) 大村藩 開明塾

「いや、だいたいって言っても、みんな10代で元服するだろ? 寺子屋はざっくり12~3歳で卒業するから、その後は仕事をしながら勉強って形にならないか?」

 次郎は当然そうだろうと考えていた。

 現代は成人式を迎えたら、または迎える前でも(16歳~)、大学生以外は仕事をして社会人として生活する。
  
 しかしこの時代では成人年齢が早く、いわゆる社会人になるのも早い。

 そのために寺子屋(筆学所)で教える内容は、より生活に密着したものが多かった。そこで、寺子屋の授業風景を見学し、足りないものを補った教科書を作成したのだ。

 ちなみに少数精鋭を考えていたが、藩校に引けを取らない学力や教養を身につけるためには、どうしても四書五経や剣術などの授業が必要になってくる。

 次郎も信之介も武家の生まれであり、神童と呼ばれたような知識と素養を持っていたが、信之介の負担をこれ以上増やすわけにはいかない。

 そこで助三郎に四書五経、角兵衛に剣術を教えてもらう事とした。
  
 二人とも分相応ではないと固辞したが、実力はみんなが知っていたので、主命であれば逆らえない。

 ちなみに学費は無料で昼には食事も出した。栄養価の高い食事メニューを一之進とお里で考えて出したのだ。
  
 遠隔地の生徒用に寄宿舎も用意している。


 

「はい。じゃあみんな注目。この塾の塾長である次郎左衛門だ」

 次郎は流れで校長になってしまった。

「これから俺、いや私、先生は社会を教えます」

 全員が平伏して頭をあげない。

 次郎の学校のイメージは、土足ではないが上履き(室内用シューズ)を履いて、並んだ机に勉強するものだが、当然違う。
  
 畳敷きの部屋に座卓のような机がならんでいるのだ。

 よくよく考えれば、藩の家老が教える私塾などあり得ない。
  
 郷村給人とはいえまたたく間に出世して、藩の財政を立て直し、改革に取り組んでいるという噂は誰もが知っている。

 実際、藩主である純顕すみあきには承諾をえたのだが、他の藩閣はんかく(藩の閣僚という造語)からは反対も多かったようだ。

 身分制度というのは支配体制では必要だったのかもしれないが、窮屈な面もある。

「先生は大村藩の家老ではありますが、ここでは考える必要はありません。誰もが等しく学び、将来の藩のため、日本のために役に立つ人間になってほしいからです。平伏もしなくて結構。面を上げよ」

 まだ、上げない。

「面を上げよ」

 2回目でやっと顔をあげた。

 正直面倒くせえ~と思った次郎であったが、それほど教えを請う態度というか、悪く言えば身分制度の弊害だが、上下関係に厳しい社会なのだろう。

 今の社会(前世)にもある意味必要な事だ。何事もほどよい程度がいい。過ぎたるは及ばざるが如し、だ。

 事前の試験と面接を経て、甲乙丙のクラス分けをした。

「みんなは城下はもとより、藩内の様々な地より集まっている。城下を含めた地方じかん(大村湾東岸部)に向地むかえち(大村湾南岸)、内海うちめ(西彼杵半島東岸)に外海そとめ(西彼杵半島西岸)、これはわかるね?」

 次郎は生徒の正面に大きな地図をかけ、大村藩内の様子を教えた(確認した)後、佐賀藩や島原藩などの肥前の国の話をした。
  
 その後は日本、そして世界と続けたのだ。

 大半の、というか全員の関心が世界に集まったのは言うまでもない。肥前どころか大村藩から出たことがある生徒など、一人もいなかったからだ。

 大村藩の外の事など、本で読み、話で聞いた事があるのみだ。外国の話など前代未聞の授業なのである。

「では先生、その和蘭オランダ、という国はどこにあるのですか?」

「長崎の出島では、その和蘭との交易をやっていると聞きます。日ノ本はその和蘭とのみ交易をしているのですか?」

「父ちゃんから聞きました。父ちゃんがおいらより幼いころ、エゲレスという国の船が嘘をついて出島にやってきたと。そんなことが許されるのですか?」

 好奇心旺盛というか、向上心というか、すさまじい。

「みんな待ちなさい。一つずつ答えよう。まずはオランダの場所だが……」

 次郎は大きな地球儀をくるくる回し、指を差した。

「ここがまず日本。日ノ本だ。そしてオランダは、ここだ」

 全員が地球儀に集まって凝視している。

「こんなにも日ノ本は小さいのですか?」

「そうだ。そしてこのオランダは、日本の九州くらいの大きさだ。それでもはるばる海を越え、遠くこの日本に来る技を持っている。そのオランダから進んだ技は学び、我々も強くならねばならないのだ」

 打払い令にあるように、攘夷じょういという思想はそもそもあった。
  
 神国日本を夷狄いてきから守るという思想なのだが、まったく現実的ではない。打ち払うにしても、相応の軍事力がいるのだから。

「そして交易の事だが、つぶさに言えば、オランダだけではない。清国に琉球や蝦夷地、そして朝鮮と交易を行っている。朝鮮とはここ三十年ほど行われていないが、なくなった訳ではない」

 国としての交易は清・朝鮮・琉球・オランダの四ヶ国のみである。

「そして今から三十四年前の文化五年に起こった事だ。結論から言えば、決して許されるべき事ではない。されどその事件に対してわが国が毅然きぜんとした態度を取れなかったのも事実である。その結果異国船打払い令が発布されたのだが、これも現状にはそぐわない」

 次郎は段階を経て、日本をとりまく社会情勢について教えていく。一方的に教えるというよりも、必然的に質疑応答、ディスカッション形式に近い形になっていった。

 アヘン戦争やオランダの世界的な立場、そしてイギリスをはじめとしたアメリカやフランス、ロシアの動向である。
  
 歴史の知識と現在の知識をあわせたものだ。現代版は出島の商館と唐人屋敷からもたらされる。

 こうして開明塾による藩士教育は行われていったのだが、よくよく考えると国語は読み書きと読解力や文章力になるので、特別な授業はいらなかったのだ。

 もちろん、その都度不足と考えられる項目は科目に関係なく追加、改善された。


 

 翌月、藩主純顕にとっての3回目の参勤交代が始まったのだが、これには次郎も同行する事となった。

 次回 第52話 『根回しと高島秋帆逮捕の失敗』
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