上 下
48 / 333

第46話 『雷汞(らいこう)の生産成功と銃の進化』

しおりを挟む
 天保十二年五月一日(1841/6/19) 精錬方研究所

 ちょうど調練の観閲が終わるタイミングで信之介が報告にきたものだから、次郎はすぐに純あきに退座する旨を伝え、研究所に急いでやってきた。

「さすがだな信之介、信じていたぞ(2年遅れだけど)」

「当然だ! 天才だからな。ていうか何か言いかけたか?」

「いや、何も。(2年遅れだけど)」




「これだ」

 信之介は研究所に入ってすぐに研究室に入り、実物を見せた。

「これは、試射はしたのか?」

「無論だ。全く問題ない」

 信之介は銅で作られた円筒型の雷管を手のひらの上にのせて見せた。
  
 予想通り、というか見たことない。当然だ。一体型のメタルカートリッジなんて、まだ先の話なのだから。

 しかし雷管が発明されて実用化されてからは早かった。
  
 17年後の1857年には、S&W(スミス&ウェッソン)によって金属薬莢やっきょうを使う実包(メタリックカートリッジ)が開発されるのだ。

「苦労はしなかったのか?」

「苦労と言えるかわからんが、材料の調達と精製には問題なかった。あったとすれば安全性の問題だ」

「ふむ」

 雷汞らいこうは雷酸水銀(らいさんすいぎん)の二価と呼ばれる水銀の雷酸塩である。材料のエチルアルコールは焼酎で代用できる。そして蘭引をつかって蒸留できた。

 硝酸は硝石と硫化鉱物から精製可能だ。

「その部分だけ試行錯誤を繰り返して、なんとかわざと衝撃を加えないと発火しない程度まで安定化させた。これならば兵士が携帯したり、輸送する際に誤って発火することはない」

「そうか」

「そうか、とは何だ! もっと驚け! 俺をたたえて崇めろよ!」

「え? あ、うん……。さすが信之介様。ありがたやありがたや……」
(いいやつなんだけどなあ。説明しだすと長いのと、ときどき見せるかまちょ感がすごすぎるんだよ)

 いずれにしても燧発すいはつ式銃による調練が終わったばかりである。雷管の発明は2年前の讃岐の高松藩に後れを取っているが、組織的な調練となれば本邦初である。

 もちろん、銃の開発や硝石・火薬の製造は完全に極秘裏に行われている。幕府と長崎警備を行っている西国諸藩との間の、海外列強に対する温度差があったからだ。

 研究開発に携わる人間の身辺調査はもとより、作業員にいたっても定められた居住区に住まわされ、外出の際は許可制であった。

 佐賀藩も平山じょう左衛門による洋式の軍事調練は行っているが、雷管はまだ日本に入ってきていない。
  
 高松藩は例外(許可された訳ではない)であり、佐賀藩も知らない極秘機密技術なのである。

「まだあるぞ」

 そう言って信之介は次郎を別室に案内した。

「これだ」

 見せられたのは大型の捕鯨砲である。

「おおお、すげえ。できたんだな! さすが信之介、仕事が早い!」

「もっと言えもっと言え」

 天狗てんぐの鼻がさらに高くなる。

 捕鯨砲はざっくり言うと小~中口径の平射砲(直射砲)から弾の代わりにもりを発射する銃砲だ。その銛にはロープがつながっていて、発射とともにロープも飛んで行って鯨に命中する。

 その後は銛を刺したままで船は航行して港へ向かうのだ。

 小型の鯨の場合は50~60mm、中型は75mm、大型は90mmの物を使用する。

 しかし、捕鯨砲も含めた銃火器は未だ前装式のため、船の舳先へさきで操作をするには速やかな装填そうてんができない。そのため作業が面倒な上に危険だという難点があった。

 さらに晴天の場合にのみ鯨が発見されるとは限らず、火縄銃より天候に強いとはいえ、燧発すいはつ式では霧雨で撃てるかどうかである。

 その問題を解決したのが雷管式と回転台座である。雷管式を用いる事で天候に左右されずに発射が可能となったのだ。

 また、後装式には及ばないものの、台座を回転させて砲口を舳先と逆(船尾砲口)に向けて装填することにより、作業の安全性と簡略化を図ることが可能となった事が大きい。

 射程は約50~60mだ。

「これ、撃ってみてもいいか?」

 精錬方は銃火器の開発とともに様々な研究開発を行っていたが、小銃の試射を行うためのスペースが併設されていたのだ。運搬には苦労したが、射撃試験場での捕鯨砲の試射となった。

 どううううううん!

 小銃より大きく、大砲より小さい音が鳴り響いて、50m先に飛んで行った。

 残念ながら命中はしなかったが、命中率は悪くないそうだ。操作性の面では左右に動かせる砲架と、上下に動かせる鉄の棒で固定されているので、力はそこまで必要がない。

 船の上の揺れや様々な環境で使えるかどうかはまだ不明だが、それは捕鯨船ができてからの話になるだろう。

「いつでも量産できるか?」

 次郎は信之介に聞く。

「できると思う。鍛冶屋さんには苦労をかけるけど、捕鯨船1隻につき1門だろ? 問題ないと思うぞ」

 信之介の返事に安心感を覚えた次郎は、話を雷管式の鉄砲に移す。

「雷管は量産できるか?」

「それもできる。銅を加工するだけだから問題ない。それに銃の構造もフリントロックの燧石が当たる部分に雷管をはめ込むように作れるから、今の銃がそのまま雷管式に代わるな」

「よし、じゃあ昭三郎に話して、実際に見せるとしよう。高島流砲術改め、立石流砲術の完成だ、とな」




 次回 第47話 『渡辺崋山は自刃し、江川英龍は韮山で西洋銃を鋳造する』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

戦国時代を冒険する少女 〜憧れの戦国武将と共に〜

紅夜チャンプル
ファンタジー
少女の夢は戦国武将に会うこと。それが叶う時、彼女は何を思う? 小学校低学年の綾菜(あやな)は戦国武将に会いたいという夢がある。 ある晩に目が覚めた綾菜。何と周り一面が焼け野原であった。そこに現れし馬に乗った武将。綾菜がその武将の馬に乗せてもらって、戦国時代の旅に出る。 実際の戦いを見た綾菜が思ったことは‥‥ その他にも‥‥綾菜の様々な冒険を連載していきます。優しめのファンタジー、ゆるく更新予定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます

銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。 死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。 そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。 そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。 ※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

処理中です...