『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁

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第10話 『いきなりの佐賀藩越え。試供品と大プレゼン』(1837/2/7)

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 天保八年 一月三日(1837/2/7) 太田和村 (次郎目線)

 材料としては灰と油。

 そして油の種類によっては固まらず、軟らかい(液体)ものしか出来ないという事で、海藻の灰もしくは消石灰を加えて固形化する。

 海藻は海沿いといえど有限だ。
 
 大量に作るとなればすぐに枯渇するだろう。ただし採取に必要なのは人件費のみ。そして次の消石灰だが、これは七ツ釜鍾乳洞。

 たしか史実では昭和何年だったか……そう! 戦前だ。
 
 1928年に七ツ釜尋常小学校の教師が、数回の調査を行って発見された。七ツ釜と命名されているけど、あるのは中浦村。

 これ、前世でも疑問だったんだよね。なんで中浦にあるのに七ツ釜鍾乳洞なんだ? って。

 まあ、その時の命名理由はなんであれ、石灰岩の塊だ。浜辺の貝殻を採集し、また、貝を食べた後の殻なんかはゴミだ。回収して材料にする。

 海藻にしても、貝殻も鍾乳石も、原価はゼロ。人件費のみだ。
 
 ああ、それからオカヒジキって砂浜に生える植物の灰もいいらしい。これは栽培できるかな? 栽培というか自生しているようだ。

 見たことあるぞ。

 どういう石けんを作るかで、材料配分が変わるって話だけど、その辺はまた信之介に丸投げしよう。

 ……ただ、問題は人件費なんだよな。
 
 たぶん、これが一番の問題。大量に作るとなれば、機械化が進んでいない以上、大量の人員が必要になる。なんせ全てが人力なのだ。

 蒸気機関……いやいや、何年先の話だよって事だ。

 新年の挨拶とプレゼンの前に、人件費を上乗せしていくらか? という課題をクリアしよう。

 ええっと、全国販売が可能だとして、月に製造しなきゃいけない個数が……1,032,000個? 気の遠くなるような数字だが、これ材料どれぐらい要るんだ?

 ・油22,000g
 ・水10,000ml
 ・灰汁3000g

 これで300個だから、割って、この3,440倍の量がいる。
 
 油22,000gって22kgだから、その3,440倍で75,680kg、75トン! これが月に必要だ。

 100人が働くとして、1人あたり756.8kg。どうだ? 一升が1.8ℓで油は2kgだから18ℓで20kgだ。一斗樽40個分? という事は4石樽で1人だ。

 醤油製造の樽が小さいもので20石樽だから、1人で4石樽なら、作業量的にはなんとかなりそうだな。

 複雑な作業ではないから、職人じゃなくてもいい。
 
 下男の年給が3両だから月に0.25両、つまり1,688文。100人で25両だ。25両を1,032,000個で割ると、人件費は@一文以下だ。

 よし、これなら生産量や作業内容で人がもっと必要になっても、仮に2~300人になっても石けん一個あたりの人件費は一文以下だ。

 しかし、製造はこれでいいが、原料となる海藻や貝殻の採取、そして鍾乳石(石灰石)の採掘に必要な人員と採掘量がある。
 
 一ヶ月に必要な個数を製造するための、原料が確保できるか、採掘できるか? という問題がある。

 なので、やっぱり最初は多少油の値は張っても、ツバキ油などの高級な油を使い、売価を上げて高価格帯から攻めよう。

 多利薄売だ。

 

 
 ちなみに、江戸時代は参勤交代があって二年のうち一年を江戸でくらし、移動期間を除いた数ヶ月を国許(領地)で過ごすというシステムが一般的だ。

 しかし例外があり、大村藩を含めた佐賀・福岡・平戸・福江藩は二年一勤で、十一月の参府(江戸着)に翌二月の御暇(江戸出発)で、江戸にいるのは三ヶ月というものだ。

 移動に一ヶ月半かかるとして、実質大村にいるのは一年半だ。

 その代わり長崎警備の負担は重くのしかかっている。
 
 今の藩主大村純顕は父親の隠居とともに、家督を継ぐために大村に帰ってきたのだ。その代わりに正室は江戸にいる。

 来年の十一月に江戸参府となるから、九月には出発するだろう。一年半の猶予があるから、それまでに何らかの成果をださないといけないな。江戸にいってしまえば、自由が利かない。



 
 ■玖島城内 別室

「新年、あけましておめでとうございます。幾久しく……」

「堅い挨拶はよい。本年もよろしく頼むぞ」

「ははっ」

「……して、いかがじゃ?」

 藩主様、いやもう面倒くさいから殿でいいや。殿は少し笑って俺に聞いてきた。横に控えている信之介は、恐れ入って平伏したままだ。

「信之介と申したか。そちも良い。面をあげよ。直答を許す」

「ははっ」

 俺は殿に新しい産物としての『石けん』をプレゼンして、価格の設定を間違えず、販売層を確保できれば、まずは年間五萬両の資金を生み出す事ができると説明した。

 厳密に言うと、石けんは既に存在するので新しい産物ではないが、化粧品、そして衛生用品としての新商品を意味している。

「石けん、とな?」

「ははっ。まずはこれをご覧くださいませ」

 そう言っておれは箱に入れ、綺麗に和紙に包んだ三個入りの石けんを見せた。お里のアイデアを取り入れて、クロモジ・樟脳・ミカン(柑橘系)の三箱だ。

 これは色々試して種類を増やして、販売量によって生産量を変えようと思う。

 殿はその箱、まずはクロモジの箱をあける。

「おお……クロモジ、良い香りじゃ。……なんじゃ、これはシャボンではないか」

「は。ただしそれはわが藩が独自に作った『石けん』として売りだすのです。今までのしゃぼんとは違い、より肌にやさしく、香しく、体を綺麗に保ちます」

「うむ、おおこれも良い香りじゃ、おおこれも……して、いくらで売るのだ?」

 殿は残りの樟脳とミカンも開けて香りを楽しんでいる。

「は。これ一つで、おおよそ一月使えます。例えば、殿は確か酒をたしなまれますな」

「うむ」

「では、月にいかほどお飲みになりますか」

「そうだな、日に一合ほどであるから、月に三升ほどであろうか」

「では、酒一升が百六十文にございますから、月に四百八十文が酒代になりまする。それを、余分に奥方様が飲んだとお考えくださいませ。これを石けん一つの値とするのです。そばですと一杯十六文、毎日そばを食べていると考えれば、皆々様がお買いいただくのに、さほど苦にはならぬかと存じます」

 俺は最初、原価30文と考えて60文で売った計算をしていたが、下級武士や農民はともかく、30石取り以上の武家なら、そこまで高くないのでは? と考えたのだ。

「左様か、確かにそれほどの値であれば、さほど苦にはならぬな。それにしゃぼんは使った事はあるが、祝いの席や謁見、重し行事の時のみであったからの」

 450文で売って、元の原価30文を50文、いや100文にしても350文の利益がある。先々の人件費や輸送費を考えれば、これくらいは見ておいた方がいい。

 それでも、月に1,032,000個。
 
 これは原料や諸々の条件が満たされて、想定の人数が想定の個数を買った場合の利益だけど、月に53,511両。年に642,133両の利益になる。




 まじか。タラレバだけど、これだけで佐賀藩抜くぞ。

 次回 第11話 『まずは太田和村だけでの先行製造と、リスク分散で他の産業も考える』(1837/3/21)




 
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