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行商人の話

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 私は最近ある店によく通っている。その店は料理屋なのだが店の外見もさることながら出される料理も普通ではない。

 まず外見だが透明度の高い大きな硝子が使用されており、店の中がよく見えるようになっている。

 出される料理も、パンに具を挟んだ”サンドイッチ”や米を三角状に固め、中に具を入れた”おにぎり”等今まで見たことが無いものとなっている。これらは量は決して多くは無いのだが一品一品が高品質ですごくおいしい。一般的な料理屋と比べると高めな値段も味の分かるものであれば如何に安いかが分かるだろう。
 このことから、この店は普通の料理屋と違っては朝昼晩の食事時に腹を満たすことを目的として利用することを想定しているわけではなく、それぞれの合間に少し腹が減ったり、休憩がしたい時などに利用することを念頭に置いていることがわかる。私は行商人という職業柄いろいろな街や国に出向いているがそんな店は今まで見たことが無かった。

 飲み物も変わっている。”コーヒー”と言う名前の黒い飲み物は初めこそただの苦い水のように感じていたがよく味わうと癖になるコクとうまみが凝縮されているのがわかった。それに苦味が苦手であれば砂糖や牛乳を入れることにより苦味が薄れ、飲みやすくなる。

 ここまででもかなり珍しいラインナップだが目玉となる料理は別にある。それは”ケーキ”という料理だ。これはとても柔らかい”スポンジ”と呼ばれる生地と甘いクリームをふんだんに使った菓子類で、とても甘くておいしい。人によっては甘すぎると言う人もいるほど甘いのだが、これが苦いコーヒーととてもよく合うのだ。恐らくこの店に通っている者のほとんどが目的にしているであろう食べ物である。もちろん私もそのうちの一人だ。
 元々甘いものに目がなかった私は一度ここに来てからというもの頻繁に通うようになった。店の料理に関する知識も頻繁に通ったおかげで仲良くなった店主に教えてもらったのである。

 さて、今日も大きな商談を終えた私は喫茶”テンダリー”にやってきた。客の多い時間帯を避けてやってきているので店内はゆったりとした時間が流れている。

「いらっしゃいませペディラーさん。今日はどうします?」

 彼が店主のカインズ君だ。彼がこの店の料理のほとんどを作っているらしい。

「そうだな・・・今日はショートケーキにしよう、あとコーヒーも頼む」
「かしこまりました、少々お待ちください」

 カウンター席に座って一息つく。最初は慣れなかったコーヒーの香りも今では私を穏やかな気分にしてくれる。店内にはテーブル席とカウンター席があり、私はいつもカウンター席に座っている。そのおかげでカインズ君と話すようになり仲良くなった。

「お待たせしました、ショートケーキとコーヒーでございます」
「ありがとう」

 今日注文したショートケーキは私がこの店に来た最初に頼んだケーキだ。白くて甘いクリームがふんだんに使われ、一番上にはイチゴが乗っている。さっそく一口食べる。・・・あぁ、これだ、商談を終えた後の休憩としてこの甘いケーキが心を癒してくれるのだ。この至福のひと時が欠かせない。

「そうだ、もしお腹に余裕があるようでしたらこちらを食べてみませんか?」

 そういってカインズ君が出してきたのは茶色で丸い物だった。

「こちらは新しくお店で出す予定の”シュークリーム”というものです。サクサクの”シュー”の中に甘い”カスタードクリーム”が入っています」
「ほう、新作か」

 ケーキ類とはまた違った物だがこれもおいしそうだ。

「ペディラーさんにはよく来ていただいていますからね。サービスです。他の方には秘密ですよ?その代わりあとで感想聞かせてくださいね」
「それくらいお安い御用だよ」

 感想を言うだけで新作が食べられるなら毎回新作を出してもらっても構わない。

「あ~いいな~ペディラーさん。それまだ私も食べてないんですよ」

 そこで話しかけてきた彼女はフィーユちゃん。この店の従業員だ。いつも元気で明るい娘でこの店の看板娘と言ったところだろうか。

「ちょっと声大きいって、まだ店に出してないんだから」
「す、すいません」

 注意されて慌てて口を閉じるフィーユちゃん。ちょっと抜けてるところも愛嬌があっていい。

「ん~・・・後輩も出来た事だし、もう少し落ち着いて欲しいんだがな?」
「うぐっ・・・善処致します・・・」

 ん?後輩?

「新しい従業員を雇ったのかい?」
「ああ、そういえばペディラーさんはまだ会ってないですね。ご紹介しますよ。レイ、ちょっとこっちに来てくれるか」

 カインズ君に呼ばれて男の子がやってきた。

「彼が新しく入ったレイです。レイ、こちらはペディラーさん。開店当初からよく通っていただいてる常連さんだから失礼のないように」
「はい、店長。初めまして、レイです。よろしくお願い致します」
「レイ君か。ペディラーだ、よろしく頼む」

 レイと名乗った彼は中々整った顔をしている。周りの女性客もチラチラとレイ君のことを見ているみたいだ。しかしレイ君の様子を見るに彼は恐らく未成年だろう。現時点でこれほどとなれば成長するのが楽しみだな。

「それにしても新しい従業員とは・・・なかなか儲かっているようだね?」
「ええ、ありがたい事に。その御蔭で二人では手が回らなくなってしまいまして」

 嬉しそうに話すカインズ君。彼が笑顔になる気持ちはよくわかる。最初の頃なんて客がほとんど居なかったからね。いつ来ても客が私一人だったのが懐かしい。

 過去の記憶を思い出していたその時、カインズ君が少しそわそわし始めた。

「あー・・・フィーユ、少し出かけるからよろしく」
「わかりました、店長」
「なんだ、出掛けるのかい?」
「ええ、野暮用を思い出しまして・・・すぐ戻りますよ」

 もう少し話をしたかったんだがそういうことなら仕方ない。サービスで出してもらったシュークリームもあることだし、今日は長めにゆっくりしていくとするか。あ、フィーユちゃんコーヒーのおかわりお願い。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 俺はフィーユとレイに店を任せ店の裏から外に出た。そしてそのまま店の裏にある空き地に入った。

 さて、野暮用とは何なのかと言うと・・・

「何だこれは!」「くそ解けねぇ!」「ムギイィィィィ!」

 ロープでグルグル巻きにされ、転がされているこいつらである。こいつらは悪意を持って店の周囲をうろうろとしていたので俺のスキル”捕縛”で捕まえさせてもらった。ちなみに悪意を感じ取ったのも俺のスキル”感知”である。

 俺が近寄っていくと簀巻き三人組がこちらに気付いた。

「そこのお前、ちょうどいいところに来たな。このロープを解いてくれ」
「解かねぇよ、お前らは衛兵に連れて行ってもらう」

 そういうと彼らの表情が一気に険しいものになった。

「なんだとてめぇふざけてんのか!」「俺らが何したってんだ!」「ぶっ殺すぞ!」

 おい最後の奴、それ恐喝だぞ。

「うるさいなぁ・・・君らが何をしたかっていうと・・・」

 俺はスキル”情報収集”を使って彼らに関する情報を探し出していく。

「あー君ら食い逃げしたのか、指名手配されてるな」

 なんかショボいが犯罪は犯罪だ。未遂も含めるなら俺のスキル”感知”で感じ取った強盗と恐喝。あっ、恐喝は今したっけか。

「な・・・何言ってやがんだ俺たちは善良な一般市民だぜ」「そうだそうだ」「ぶっ殺すぞ!」

 善良な一般市民はぶっ殺すぞなんて言わないと思うんだが。

「隠したって無駄だ、指名手配でもう顔まで出てる。ちなみにお前らがついさっきやろうとしていた強盗も俺にはバレバレだ。誰を狙ってたのかも分かってる」

 ちなみにターゲットはペディラーさん。あの人商談の後に護衛もつけずに大金を持ったままうろつくから危なっかしいんだよなぁ。実際こうやって狙われてるし、もう少し危機感を持ってほしいところだ。俺がスキルで気付かなかったらどうなっていたことやら。

「な、なに言ってやがる!」「まだ何もしてねぇなら問題ねぇだろ!」「ぶっ殺すぞ!」

 ”まだ”ってなんだよ”まだ”って、後でする気満々じゃないか。っていうか最後の奴何回同じこと言うんだよ。

「まぁしてようがしてまいが君らに指名手配がかかってるのは変わりないし、衛兵に引き取ってもらうよ」
「お、おいちょっとまて!いや待ってください!」
「なんだ?もうすぐ衛兵が来るから大人しくしててくれよ、往生際が悪いな」
「あの・・・あれだ!そう賭けをしよう!俺とあんたが1対1で戦って勝ったら見逃してくれ!負けたら大人しく捕まるよ!」

 え~、怪しさ満点なんだけど・・・っていうか絶対逃げる気だろ、それこそバレバレだぞ。

「嫌だよめんどくさい。それに罪は償え」
「そこを何とか!」

 そのやり取りを何度か続ける。あーこれめちゃくちゃ粘りそう。

「はぁ・・・しょうがねぇなぁ、一回だけだからな」
「へへっ、恩に着るぜ」

 作戦変更、やるだけ無駄だということを教えてやることにした。

「じゃあロープを解いてお前が立ってから始めるぞ」
「ああいいぜ」

 俺が指をパチンと鳴らすとロープが解ける。そのことに男は驚いたようだが気にせず立ち上がった。その瞬間、男は逃げ出した。

「はっはー!まぬけn」
「はい残念、君の負けでーす」

 男は全て言い切る前に簀巻き三人組に戻った。

「なやつ・・・え?は?なんで?」
「約束通り衛兵に連れていってもらうからな、諦めろ」

 3人とも何が起きたか理解できていないようだ、無理もない。こんなチンピラ程度に見破られるほど俺はまだ衰えちゃいないからな。

 と、そこへ衛兵が到着した。

「お待たせ致しました。それで指名手配犯というのはどこに?」
「こいつらだ、確認してくれ」

 衛兵が三人組と手配書を見比べている。

「確認が終わりました、昨日食い逃げをした三人で間違いありません。ご協力感謝いたします」
「当然のことをしたまでだ。それより急に呼び出してしまって申し訳なかった、衛兵長のスティーツにもありがとうと伝えておいてくれ」
「承知致しました」

 三人組が衛兵に連れられて行ったのを確認した後、俺は店に戻った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「戻ったよ」
「おかえりなさい、店長」

 カインズ君が帰ってきたようだ。

「野暮用とやらは無事済んだのかね?」
「ええ、問題なく片付きました」
「それは何よりだ」
「そういえば先ほど話を聞いたのですが、近頃不審な輩がこの辺りをうろついているらしいですよ。ペディラーさんは行商人という職業柄、高価なものをお持ちになることが多いでしょうから念のために護衛などを雇った方がいいかもしれません」
「そうなのか・・・」

 この辺り一帯は治安が良かったおかげで一人でうろうろできる数少ない場所だったのだが・・・。

「情報をありがとう。次からは護衛をつけることにするよ」
「いえいえ」

 そうだ、忘れないうちにあれの感想を伝えておこうか。

「そうだ、シュークリームについてだが」
「いかがでしたか?」
「すごくおいしかったよ、間違いなく人気商品になる」
「それはよかった。ペディラーさんにお墨付きを頂けたなら店で出しても問題なさそうですね」

 無事店で出すことになるようだ。次来た時には早速頼もう。

「店長、店で出すならその前に私にも食べさせてくださいね?お客様に聞かれた時に「食べたことがありません」なんて恰好が付かないですから」
「ははは、わかったよ。店が終わった後でみんなで食べるか」
「やったー!レイ君、今日のおやつはシュークリームだよ!」
「こらこら、大声で言わない」
「す、すいません」
「はっはっはっは」

 本当にいい店だ。ご飯はおいしいしケーキもおいしい、それに賑やかで楽しい。それ故にあまり人気になりすぎても少し寂しい気持ちになってしまう。

「さて、そろそろお暇しようかね」
「ありがとうございました。またいらしてください」
「もちろんまた来るよ。次はシュークリームをいただきにね」

 会計を済ませて私は店を出た私は次にこの店を訪れるのはいつにしようか・・・なんて予定を考えながら家路についた。
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