2 / 81
第1章 真実
第1話 黄色い髪の少年
しおりを挟む
★◇◆◇◆◇◆◇
大きな放物線の形をしたモンド大陸。
その東岸に位置しているのが、大国スパイス帝国である。
大陸には大小6つの国があるが、スパイス帝国は大陸の四分の一を占めていた。
城下町の中心には、皇帝の住む宮殿がある。
その昔、大きな争いのあった名残か、宮殿はそびえ立つ城壁にかこまれていた。
城壁の外には城下町が広がり、人々は何不自由ない生活を送っていた。
宵闇の中、城下町の一角にある家からはランプの明かりが漏れていた。
家の中には年若い少年と、その父親らしい男がテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
血の繋がった親子らしく、髪の色はふたりとも濃い黄色をしている。
「……いいか、ターメリック。この世界の平和は、すべて仮初めの平和なのだ」
またその話か。
父のこの言葉を聞く度に、ターメリックは心の中で盛大なため息をついてしまう。
「竜の王イゾリータが封印され、何百年の月日が流れた。しかし、いつまた封印が破られるかわからん。そのときはふたりでクリスタニアへ向かい、クリスタン神様にお救いいただこう」
ターメリック・ジュストの父サフラン・ダリオ。
彼は熱心なクリスタン教信者だった。
しかし、息子のターメリックは、そんな父親を冷めた目で見ることもしばしばであった。
仮初めの平和、竜の王イゾリータ、クリスタニア、クリスタン神様……
そんなこと言われてもなあ……
ターメリックは心の中で呟いた。
唯一の肉親である父には申し訳ないと思いつつ、ターメリックはクリスタン神を心から信じられずにいた。
神話として書かれていることが史実だなんて、実際に起こったことだなんて思えない。
父がどうしてそこまでクリスタン神を信じられるのか、息子の自分にはわからない。
このスパイス帝国では、クリスタン教信者は疎まれているというのに。
スパイス帝国の宮殿に務めるターメリックは、それでも今日あったことを報告しなければならない。
それが、部署は違えど同じく宮殿に務める父との約束なのである。
「父さん。今日はペパー団長に『スパイス帝国の神は皇帝なのだから皇帝を崇めよ』と言われてしまったんだけど……こういうとき、ぼくはどうしたらいいんだろう」
夕食後のひとときに、重苦しい話を持ち出したくはなかった。
けれどもターメリックは、思い切って今朝のことを話してみたのだった。
サフランは、そんな息子の話を聞きつつ、息子の淹れた紅茶を一口飲んで顔をしかめた。
顔をしかめたのは、もちろん紅茶の味にではなく話の内容に……である。
「ペパー団長はカイエン大臣贔屓だが……まさかそこまで言うとは。残念だな」
「カイエン大臣はクリスタン教を嫌っているから、ペパー団長も命令されて言わされたんだと思うなぁ……それで父さん、ぼくはどうしたらいいのかな」
「そんなこと……決まっているだろう」
息子の質問を聞き終えたサフランは、紅茶を飲み干すとターメリックを睨みつけた。
その顔にはすでに「当たり前のことを聞くな」と書いてある。
「お前は、これからもクリスタン教信者として生きていくのだ。これは父親の言葉ではなく、スパイス帝国外交官の命令である。わかったな」
「……」
父親の鋭い眼光を前に、ターメリックは咄嗟に言葉が出てこなかった。
しばらくして、消え入りそうな声で「はい」と返事をした。
そうすることしかできない自分が、もどかしくて悔しかった。
★◇◆◇◆◇◆◇
その日の深夜のこと。
ターメリックは、寝台に寝転がって天井の木目を見つめていた。
目が固いので、寝付くまでに時間がかかる体質なのだ。
……おかげで、毎日寝坊する始末。
しかも、今日は父の言葉……ではなくスパイス帝国外交官の命令が頭から離れず、目が冴えてしまって眠れそうにない。
スパイス帝国外交官、サフラン・ダリオ。
自分の父親が、なぜそこまでクリスタン教にこだわるのか……
息子であるターメリックにも、よくわかってはいなかった。
クリスタン教は、友情の宗教だ。
ぼくには気の合う友人なんてひとりもいない。
父さんだって、知らないわけじゃないだろうに。
まさか、これからぼくに友だちができるなんて思っている……?
いやいや、いくらスパイス帝国が広いからって、この髪の色じゃ珍しがられるだけで終わりだ。
父さん、残念だけど……
ぼくはこのまま、ずっとひとりだと思うよ。
「……」
左手に見える窓からは、爪のように細い三日月がターメリックを見下ろしている。
月明かりに照らされながら、瞼を閉じてはみたけれど……
当分、眠れそうになかった。
★◇◆◇◆◇◆◇
スパイス帝国の城下町は、毎朝市場で賑わっている。
人々が、そこで毎日の食料を調達するためである。
スパイス帝国は農業や漁業に向かないため、食料品はすべて輸入に頼っている。
そのかわり、大陸にひとつしかない鉱山の金属を加工して、他国に輸出していた。
この経済活動によって、第7代皇帝ガラムマサラの治世は安定していた。
しかし……
争いがなくなったことで、職を失った者たちも少なからず存在していたのである。
………
……
…
近頃のスパイス帝国は、この時期特有の長雨にやられていた。
やまない雨に、人々の気分まで湿気ってしまいそうな日々が続いていたのだ。
いったいいつまで振り続けるのかと、城下町中がため息に埋もれ始めた、そんなある日のこと。
その日は朝から見事に晴れわたり、雲ひとつない空が広がっていた。
ああ、なんてありがたい!
若者たちは喜び勇んで鉱山へと向かった。
何かがおかしい……
と、天候を怪しむ老人たちを鼻で笑いながら。
……5日ぶりの青い空の下、ひとりの少年が市場を駆け抜けていた。
服装は宮殿を守る剣士のもの。
しかし、その腰に剣は差されていない。
風になびく首元までの少し長い髪は、輝く金色というよりも、のっぺりとした黄色。
その姿は、まるで「お人好し」が服を着て走っているかのようだった。
「あら、ターメリックじゃないの。朝から大変そうだねぇ。今日も寝坊かい?」
通りに面したパン屋から、ふくよかな女性が顔を出した。
ターメリックは急いでいただろうに律儀に足を止めて、にっこりと微笑んだ。
「おはよう、ローズマリーさん。今日も二度寝しちゃって、朝ごはん食べてないんだ」
「まったく、あんたって子は。そんなんだから、2年も宮殿で働いているのに、下っ端の雑用係なんだよ」
パン屋のおかみローズマリーが呆れてため息をつくと、ターメリックは唇を尖らせた。
「雑用係じゃなくて、宮殿を守る剣士だよ。ほら、制服だって着ているんだから」
「腰に剣も差さないで、何が剣士だい。サフランさんも呆れているんじゃないのかい?」
「父さんは関係ないよ。ぼくには必要ないから、持っていないだけさ」
「はあ……」
「世界は平和なんだ。人を傷つけて争いを起こす剣なんていらないよ。父さんだって、きっとそう思っているはず……って、大変だ! 朝礼に遅れる!」
「あ! ちょっと待ちな!」
慌てて駆け出そうとしたターメリックを、ローズマリーが呼び止めた。
「朝ごはん、食べてないんだろう? あんたの好きなたまごサンド、持って行きな。おまけも入ってるよ」
「うわぁ! ありがとう、ローズマリーさん! ぼく、このたまごサンドが大好きで」
「それは毎日聞いてるから! もう行きなさい!」
ローズマリーに急かされたターメリックは、たまごサンドの入った紙袋を抱えて大通りを駆け抜けて行った。
「まったく……スパイス帝国外交官の息子だっていうのにねぇ」
その呟きは、市場の喧騒にまぎれて消えた。
つづく
大きな放物線の形をしたモンド大陸。
その東岸に位置しているのが、大国スパイス帝国である。
大陸には大小6つの国があるが、スパイス帝国は大陸の四分の一を占めていた。
城下町の中心には、皇帝の住む宮殿がある。
その昔、大きな争いのあった名残か、宮殿はそびえ立つ城壁にかこまれていた。
城壁の外には城下町が広がり、人々は何不自由ない生活を送っていた。
宵闇の中、城下町の一角にある家からはランプの明かりが漏れていた。
家の中には年若い少年と、その父親らしい男がテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
血の繋がった親子らしく、髪の色はふたりとも濃い黄色をしている。
「……いいか、ターメリック。この世界の平和は、すべて仮初めの平和なのだ」
またその話か。
父のこの言葉を聞く度に、ターメリックは心の中で盛大なため息をついてしまう。
「竜の王イゾリータが封印され、何百年の月日が流れた。しかし、いつまた封印が破られるかわからん。そのときはふたりでクリスタニアへ向かい、クリスタン神様にお救いいただこう」
ターメリック・ジュストの父サフラン・ダリオ。
彼は熱心なクリスタン教信者だった。
しかし、息子のターメリックは、そんな父親を冷めた目で見ることもしばしばであった。
仮初めの平和、竜の王イゾリータ、クリスタニア、クリスタン神様……
そんなこと言われてもなあ……
ターメリックは心の中で呟いた。
唯一の肉親である父には申し訳ないと思いつつ、ターメリックはクリスタン神を心から信じられずにいた。
神話として書かれていることが史実だなんて、実際に起こったことだなんて思えない。
父がどうしてそこまでクリスタン神を信じられるのか、息子の自分にはわからない。
このスパイス帝国では、クリスタン教信者は疎まれているというのに。
スパイス帝国の宮殿に務めるターメリックは、それでも今日あったことを報告しなければならない。
それが、部署は違えど同じく宮殿に務める父との約束なのである。
「父さん。今日はペパー団長に『スパイス帝国の神は皇帝なのだから皇帝を崇めよ』と言われてしまったんだけど……こういうとき、ぼくはどうしたらいいんだろう」
夕食後のひとときに、重苦しい話を持ち出したくはなかった。
けれどもターメリックは、思い切って今朝のことを話してみたのだった。
サフランは、そんな息子の話を聞きつつ、息子の淹れた紅茶を一口飲んで顔をしかめた。
顔をしかめたのは、もちろん紅茶の味にではなく話の内容に……である。
「ペパー団長はカイエン大臣贔屓だが……まさかそこまで言うとは。残念だな」
「カイエン大臣はクリスタン教を嫌っているから、ペパー団長も命令されて言わされたんだと思うなぁ……それで父さん、ぼくはどうしたらいいのかな」
「そんなこと……決まっているだろう」
息子の質問を聞き終えたサフランは、紅茶を飲み干すとターメリックを睨みつけた。
その顔にはすでに「当たり前のことを聞くな」と書いてある。
「お前は、これからもクリスタン教信者として生きていくのだ。これは父親の言葉ではなく、スパイス帝国外交官の命令である。わかったな」
「……」
父親の鋭い眼光を前に、ターメリックは咄嗟に言葉が出てこなかった。
しばらくして、消え入りそうな声で「はい」と返事をした。
そうすることしかできない自分が、もどかしくて悔しかった。
★◇◆◇◆◇◆◇
その日の深夜のこと。
ターメリックは、寝台に寝転がって天井の木目を見つめていた。
目が固いので、寝付くまでに時間がかかる体質なのだ。
……おかげで、毎日寝坊する始末。
しかも、今日は父の言葉……ではなくスパイス帝国外交官の命令が頭から離れず、目が冴えてしまって眠れそうにない。
スパイス帝国外交官、サフラン・ダリオ。
自分の父親が、なぜそこまでクリスタン教にこだわるのか……
息子であるターメリックにも、よくわかってはいなかった。
クリスタン教は、友情の宗教だ。
ぼくには気の合う友人なんてひとりもいない。
父さんだって、知らないわけじゃないだろうに。
まさか、これからぼくに友だちができるなんて思っている……?
いやいや、いくらスパイス帝国が広いからって、この髪の色じゃ珍しがられるだけで終わりだ。
父さん、残念だけど……
ぼくはこのまま、ずっとひとりだと思うよ。
「……」
左手に見える窓からは、爪のように細い三日月がターメリックを見下ろしている。
月明かりに照らされながら、瞼を閉じてはみたけれど……
当分、眠れそうになかった。
★◇◆◇◆◇◆◇
スパイス帝国の城下町は、毎朝市場で賑わっている。
人々が、そこで毎日の食料を調達するためである。
スパイス帝国は農業や漁業に向かないため、食料品はすべて輸入に頼っている。
そのかわり、大陸にひとつしかない鉱山の金属を加工して、他国に輸出していた。
この経済活動によって、第7代皇帝ガラムマサラの治世は安定していた。
しかし……
争いがなくなったことで、職を失った者たちも少なからず存在していたのである。
………
……
…
近頃のスパイス帝国は、この時期特有の長雨にやられていた。
やまない雨に、人々の気分まで湿気ってしまいそうな日々が続いていたのだ。
いったいいつまで振り続けるのかと、城下町中がため息に埋もれ始めた、そんなある日のこと。
その日は朝から見事に晴れわたり、雲ひとつない空が広がっていた。
ああ、なんてありがたい!
若者たちは喜び勇んで鉱山へと向かった。
何かがおかしい……
と、天候を怪しむ老人たちを鼻で笑いながら。
……5日ぶりの青い空の下、ひとりの少年が市場を駆け抜けていた。
服装は宮殿を守る剣士のもの。
しかし、その腰に剣は差されていない。
風になびく首元までの少し長い髪は、輝く金色というよりも、のっぺりとした黄色。
その姿は、まるで「お人好し」が服を着て走っているかのようだった。
「あら、ターメリックじゃないの。朝から大変そうだねぇ。今日も寝坊かい?」
通りに面したパン屋から、ふくよかな女性が顔を出した。
ターメリックは急いでいただろうに律儀に足を止めて、にっこりと微笑んだ。
「おはよう、ローズマリーさん。今日も二度寝しちゃって、朝ごはん食べてないんだ」
「まったく、あんたって子は。そんなんだから、2年も宮殿で働いているのに、下っ端の雑用係なんだよ」
パン屋のおかみローズマリーが呆れてため息をつくと、ターメリックは唇を尖らせた。
「雑用係じゃなくて、宮殿を守る剣士だよ。ほら、制服だって着ているんだから」
「腰に剣も差さないで、何が剣士だい。サフランさんも呆れているんじゃないのかい?」
「父さんは関係ないよ。ぼくには必要ないから、持っていないだけさ」
「はあ……」
「世界は平和なんだ。人を傷つけて争いを起こす剣なんていらないよ。父さんだって、きっとそう思っているはず……って、大変だ! 朝礼に遅れる!」
「あ! ちょっと待ちな!」
慌てて駆け出そうとしたターメリックを、ローズマリーが呼び止めた。
「朝ごはん、食べてないんだろう? あんたの好きなたまごサンド、持って行きな。おまけも入ってるよ」
「うわぁ! ありがとう、ローズマリーさん! ぼく、このたまごサンドが大好きで」
「それは毎日聞いてるから! もう行きなさい!」
ローズマリーに急かされたターメリックは、たまごサンドの入った紙袋を抱えて大通りを駆け抜けて行った。
「まったく……スパイス帝国外交官の息子だっていうのにねぇ」
その呟きは、市場の喧騒にまぎれて消えた。
つづく
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ಂ××ౠ-異世界転移物語~英傑の朝
ちゃわん
ファンタジー
どこにでもいる普通の高校生、端溜翔太は唐突に、何の準備もなく、剣と魔法の異世界ヴィドフニルに転移した。彼が転移した先は、空に浮かんでいる…島!?帰れない、どこにも行けない。そんな中出会ったのは、一匹の妖精と…羽の生えた死にかけの少女…?。生きる目的もない、生きてててもつまらないそんな人生を送っていた少年は、少女の世話をすることで変わっていく。日本初異世界介護物語スタート!
※なろう、カクヨムにも投稿しています。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる