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風花の園で 上

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カラカラと馬車の車輪が回り、星屑の天の河をガラスで出来た馬の馬車が征く。
 先の金烏きんうとの遭遇。夢だとしてもいやにリアルかつ現実ではまず味わえない幻想的な旅に、僕はすっかり魅了されていた。
「蒼依、どう? 旅は楽しめている?」
「うん! 大興奮だよ! この夢……いや旅? はすごいよ! 物語の中でしかありえない、星々を巡る旅! 夢とはいえそれが叶うなんて!」

 瞬く星々の中を馬車で巡る星間旅行。不思議の世界の、不思議な旅路。

「それは良かった」

 クスッと笑う白兎。窓を見て「あ」と何かに気付いた様子。んん? 何かあるの?

「ああ、蒼依。次は外に出れるよ」
「外?」
「うん。ちょっと外に出て散歩して、お花を愛でようか?」

 ? お花を……愛でる?
 笑う白兎は人差し指を立てて一言。

「次は〝風花かざはなその〟の観光だよ」



   ◇   ◇   ◇
 


「っ……此処が……風花の園……?」

  輝く星屑の天の河が、架かった浮島。まるでアニメや漫画に出て来る浮かぶ孤島に黒兎の御者が駆る馬車が次々停車していく。先に停車して扉を開けて外に出た僕と白兎は、眼前の光景に思わず感嘆の息を零す。

「そう。風に乗って種を飛ばす散り行く花の園。それが此処さ」

 ふわりと笑う白兎。他の白い衣装を来た他の馬車の乗客達も、馬車から降りて三々五々にこの不思議な花園の散策をしていた。

「なんなんだろ、此処……」

 興味本位から浮島の端に移動してひょこっと顔を出して下を見てみる。

「だ、断崖絶壁……!」

 切り立った崖。虚空の宙はやはり薄闇色でもし落ちたらと思うと知らず生唾を飲みこんだ。

「蒼依ー! 危ないよー! それより花を見ようよー!」

 ぶんぶんと手を振りながら白兎が声をかけて来る。

「う、うん…そうする」

 素直に従う僕。夢とは言えこの断崖絶壁から落ちるのは嫌過ぎる。

「それよりこっちこっち! せっかくの花なんだから、愛でようよぉ!」
「はいはい、ちょっと待って……」

 白兎へ駆け寄ると、嬉しそうに座り込んで「これこれ」と指さして〝花〟を見せて来る。と、

「っ! これ、が……〝風花〟?」

 僕は途端に白兎が見せて来た花に目を奪われる。
キラキラと光を浴びて輝きを放つ。茎に葉そして綿毛に至るまで全てが透き通っているそれは、自分のよく知る植物の姿を模していた。それは、

「たん、ぽぽ……?」

 よく見かける雑草の一つ、たんぽぽ。花弁が付いたもの、開花を過ぎて綿毛を膨らませたものとが混じり合う。
 そして、その全てが透き通っていた。
 透き通った〝花〟。馬車を引く馬と同じガラス細工で出来たものかと一瞬思った。が、これは……、

「これは……氷?」

 風に吹かれて揺れる〝風花〟。揺れる度に氷は削れ、さらさらとした粒子……細雪ささめゆきとなって少しずつ散り行く。
 はらはら……はらはら……。
 そよ風に吹かれ、氷の粒――氷晶は宙へと舞い踊る。ゆらゆらり……風に乗って彼方へと運ばれていく。
 その光景を見て、そういえば……とふと思い出す。

「雪のことを〝風花〟と呼ぶこともあるんだっけ」

 他にも六花りっかと呼んだりするとか。成程、それで見た目はたんぽぽなのに〝風花〟なのか。

「すごいねー……」
「むっふっふ、そうでしょうそうでしょう!」

 何故か自慢げな白兎。何故君が偉そうなんだ?

「氷なのに寒くない……流石夢」

 髪をかき上げ、何となくその辺をウロウロ散策する。一応整備されているようで、人が歩ける道はある。その両脇にゆらゆらと揺れる氷で出来た〝風花〟が咲き誇っている。
 ううむ……。瞬く星々の宙の下、映画や童話に出て来るような浮島で氷の花を愛でる……まさに幻想的なシチュエーション。
 
「はぁ~……すごい、綺麗……」

 何度目かの感嘆の息を吐く僕。と、

「ん?」

 道の途中、浮島の端でしゃがみ込みながら花を愛でる自分よりも幼い少女が目に留まった。年は……小学校低学年くらいだろうか? しゃがみこんで〝風花〟をじっと見つめる少女。その瞳は潤み、今にも泣いてしまいそうな雰囲気を漂わす。

「どうか……したの?」

 流石に小さ過ぎて無視するのもなあ、と声をかける。……冷静に考えると幼い少女に声をかけるとか不審者かもしれん。
 振り返る少女。瞳が涙で濡れている。

「お兄ちゃん……誰?」
「あ……えっとね……お兄ちゃんは……」

 はた、と気付く。じ、自分は一体何なんだ⁉ いや哲学染みたことを言うつもりはないが⁉ な、何と答えるのが正解⁉

「えー……気付いたらこの変な世界に迷い込んだ一般人……かな?」

 これ以外にナイスな説明が咄嗟には思いつかん!
 内心慌てる自分をよそに、少女は目を合わせて、

「お兄ちゃんも……? 私も……なの」

 ぽつぽつと語り始めた。

「私……病院にいたの。長いこと病院にいたんだけど、気付いたら此処に居て……お母さんとお父さん、ずっと探しているけど……見当たらなくて」

 ぐずりながらも話す少女。

「お城? ……の中を歩いていたら、お兄さんと同じ白い衣装の皆がいる大きい場所に出て……皆に付いていったら、この馬車に乗せてもらったんだけど……」
「そっかー……大変だったねー」

 ううむ。迷子かー。まあでも夢だしなー。

「まあそのうちお母さん達に会えるよ! 今は旅を楽しもう!」
 
 取り敢えずにっこりと微笑みかける。

「お母さんとお父さんにこの旅の思い出を話してあげよう!」
「ん……うん……そうする……」

 勢いに飲まれたのか、戸惑いながらも頷く少女。うっしゃあ! 取り敢えず乗り切ったぞ!
 心中でガッツポーズしていると、

「っん!」

 ざぁあああああああああああ………………
 一陣の風が花園を通り抜けていく。同時に、
 ふわり

「ぁ……」

 少女が小さく声を上げる。僕等が見ている前で、〝風花〟の綿毛が風によって巻き上げられる。風の勢いは強くはなかったが、薄い氷で出来た綿毛が散るには十分な風量だったのか、さらさらと崩れていく。崩れた氷の綿毛は氷晶となってキラキラ……キラキラ…と光を受けて反射し、瞬きながら彼方の宙へと消えていく。

「これは……まさに〝風花〟という訳か」

 風に撒かれて消えていく花……。言い得て妙かも、と感心する。
 というか、この〝風花〟って、

「あの綿毛状態のたんぽぽみたいなのも、種になるんだろうか?」

 たんぽぽの綿毛の形をした氷晶。宙の彼方へと消えゆくそれらは、何処へ行くのだろうか?
 ふわりふわりと浮かんで移ろう〝風花〟の子供達を見送っていると、

「お母さん……たんぽぽが好きだったな……」

 ポツリと少女が言葉を漏らした。

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