白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

43王都に潜入します

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 屋敷の外ではしとしとと、雨が降り続いています。
 まるでわたくしの心の中を表したかのような天気です。

 騎士学校入学試験の当日、わたくしは自室に一人、軟禁されていました。部屋の扉の前には見張りの使用人がつけられていました。しかもお父様付きの使用人で、わたくしの命は絶対に聞いてはくれない、立場の使用人でした。最近屋敷の使用人はわたくしに好意的な方が多いですから、なんとか説得して、外に出してもらおうかと企んでいましたが、それもできそうにありません。

 窓から飛び降りようかとも思いましたが、窓の外にもご親切に見張りがついています。
 部屋の中にはラマもいて飛びたす隙もありません。

 どうしてわたくしは、試験すら受けにいけないの?
 布団を頭まですっぽりかぶり、枕に顔を押し付けて泣きました。
 悲壮感に心が潰れそうになります。

 視界の先で布団の中が小さく光ったのです。
 わたくしはぎょっとしてそちらを見ると、紙の蝶が腕にとまっているではありませんか。

 この蝶は先生の手紙の魔法陣です。

 布団の隙間から外をチラリと見ましたが、ラマに変わった様子はないのでこのお手紙はわたくし以外には気づかれていないようです。手紙ごと転移陣でわたくしの腕に転移させたのでしょうか?

 わたくしは急いで開こうとしますが、赤く目立つ文字が外側に書いてあるのが目につきました。

 ”開くと同時に身代わりの魔法陣を起動させるように!”

 危ない! ただ開いてはいけなかったのですね! でも身代わりの魔法陣? ここで出しても転移ができなければ意味がないと思うのですが……。それにいつもは内側にしか言葉を書き込まないのになぜ外側に?と思いながらとりあえず書かれた通りに身代わり人形の魔法陣を書き込みます。
 ネックレスの中に筆記用具を仕込んであったのはやっぱり正解でしたね。
 
 わたくしは身代わりの魔法陣を作動させました。
 それと同時に、手紙を開きます。音が出ないように静かにそれを開くと体がシュンと吸い込まれるように蝶の中に引き込まれました。

「⁉︎」

 あまりの早さの出来事に声も出ません。
 どうやら、手紙の中に転移の魔法陣が組み込まれていたようです。

 転移した先は、先生の住居でした。

「大丈夫かい?」
「先生……! もうお体の調子はよろしいのですか?」
「あれから何日経ったと思っているの? もう全快したよ。……心配かけたね」

 先生の顔色はおっしゃる通り、以前あったよりも赤みがありますから、本当に体調はよろしいのでしょう。

 それにしても、なぜ先生がわたくしをこちらに引き込むことができたのでしょう。わたくしは魔力量が少なすぎて他人の魔法陣を使用することができないはずです。

「どうやってわたくしをこちらに引き込んだのですか?」
「以前髪の色を変える魔法陣を作っただろう? その研究の延長で、誰かに何かをさせる魔法陣の研究を続けていたんだ。
 今回は相手の意思は関係なく、使用者の求めるポイントに相手を飛ばしてしまう転移陣を作ったってわけ」

 簡単そうに言い放ちましたが、どうやって要素の組込みを行ったのでしょう!? 見当もつかないことをさらっとやられてしまいました。というか、今回の実証実験は行ったのでしょうか?
 まさか……。わたくしが実験台だったのでしょうか……。どちらにせよ答えは知らない方が平和かもしれません。助けていただいたことは事実ですし。

「と、とんでもないものを!」
「でも、便利だったでしょう? 今回はヨーナスから連絡をもらってね。急ぎだったから」

 先生は以前、ヨーナスお兄様に連絡手段を渡していたそうです。でも、騎士学校は基本的に連絡を取ることは禁止されているはずですが、どうやって連絡を取ったのでしょう。

 そういえば、勝手に出てきてしまいましたが、家の方で騒ぎは起こっていないでしょうか?
 
「でも家には……」
「そっちには身代わり人形があるはずでしょう。
きっと君のベッドの中には君にそっくりな女の子がいるはずだよ。あれはきちんと瞬きをするし大丈夫でしょう」

 そうでした! いきなり吸い込まれたので、混乱していました! わたくしは今、騎士学校の試験を受けさせてもらえず、ショックを受けている状態にあるわけですし、食べ物を食べなくても、返事をしなくても、きっと落ち込んでいると解釈してもらえるでしょう。
 見た目はいつものわたくしよりなんだかお嬢様っぽく見えますし、ここに来るまでワンワン泣いてましたから、疲れて大人しくなってしまったと思われるくらいですかね。

「ヨーナスが言ってたよ。君が嫌なことがあると布団をかぶってワンワン泣く癖があるって。それを知らなければこうやってこっちに引っ張り込めなかった」
「え? でもタイミングとかどうやってはかったんでしょうか……。あ、もしかして先生わたくしに盗聴の魔法陣仕掛けてます?」

 先生は目を逸らしました。
 ……やっぱり。じゃあ、あんなことも、こんなことも、先生に聞かれていたのでしょうか。

「一体どこに仕掛けてあったのですか?」
「君の剣の中。小さくする魔法陣をかけた時に一緒に貼っといたんだよ。
 何かあったときじゃないと使わないようにしているから、プライバシーは守られてるよ!」

 あのときか……。と半ば呆れながらもこうして家を抜け出すことができているのですから、怒るにも怒れません。
 素直に感謝もできませんが……。
 先生はそんなわたくしの様子を見て、話を変えました。

「ヨーナスはやっぱりマメな性格をしてるよね。こういうことがあるといけないからって、ほら、これを置いてったんだ」

 そこには試験に必要な筆記用具や鎧、魔法陣用の用紙など、一揃い用意がされていました。

「ヨーナスお兄様が……」

 試験に足りないものは一つもなくきちんと揃えられた道具や服がヨーナスお兄様の細やかさを物語っています。そんな兄を持ったことがどれだけ幸運なことか……。わたくしは心の底から感謝しました。

「私も君のためにこれを作ったよ」

 先生はチェック柄の布に包まれたランチボックスと水筒を手渡してくれました。

「お弁当!」
「美味しいものがあれば頑張れそうでしょ?」

 ここに来るまでは綱渡りな計画で、慌ただしく動いていましたので、落ち着いてはいられませんでしたが先生が作るおいしいものを食べれば、少しは調子を取り戻せそうです。

「はいっ! ありがとうございます!」

 大きな声でお礼を言うと、先生は少しほっとした様な表情を見せました。




 
「これから王都への転移陣をかいた方がいいのでしょうか? わたくし王都の地理にあまり詳しくないのでどこに着地点をおけばいいのか不安なのですが……」

 これ以上先生に迷惑はかけられないので、自分で魔法陣を描こうと先生に提案すると、先生からは思わぬ回答が返ってきます。

「転移陣を描く必要はないよ。この家を出たらもう王都だから」
「え?」

 言ってることの意味がわからず混乱しますが、先生は背中を押して急かしてきます。

「さあとりあえず早く会場に行こうね。時間がないから」

 そう言われ、先生の家を出ます。いつもの様に黒い空間が広がり、そこから続く扉をギイと開けると、そこには見たことのない場所が広がっていました。
 そこは賑やかな街でした。わたくしの目には色鮮やかな洋服に身を包む人や、かけていく大きな馬車が飛び込んできます。

 ここはどこ……? ミームではありません。

 ミームよりも騒がしく忙しい雰囲気を肌で感じ、辺りを見回します。馴染みのない空気感を感じたわたくしは、答えを求めて先生の方に視線を向けます。

 微笑んだ先生は無言で、街の奥に見える何かを指を差しました。

 刺された方向に視線を向けると遠くの方に見たことのある建物が見えた気がして、慌てて目を細めます。見覚えがある白いお城……。あれは見間違えでなかったら王城ではないでしょうか。

「え? わたくしたちはもう王都にいるってことですか!? 先生は王都にも家があるんですね?」
「いや、そうではないよ。元々僕の家自体が空間のあわいの中に建てられていて、この国のどこにも存在しないことになってるからね」

 空間のあわい…‥。かつてヨーナスお兄様に初めて魔法陣に乗せてもらった時に、手を話したら落ちて戻れなくなると言われたところです。
 そんな怖い空間を利用して、誰が居住地にしようなんて考えるでしょうか。

 わたくしはやっぱり先生は天才で変人だ……と言う認識を強め、先生の顔を凝視しました。綺麗な顔をしてとんでもないことを考えているようですね。

 先生の淡々とした説明は続きます。

「あの家はミームだったり、王都にあるのは玄関のような役割をする空間だからね。それがあればあの家はどこにでも存在させることができる」
「え! じゃあ今ここに出したいって思えばいつでも出せるんですか?」
「入口の魔法陣さえ設置できればね」

 わあ……、異次元……。先生凄すぎます。家そのものを動かしたり、家の扉を他の場所につなげる魔法陣を作るのは大変な労力がかかります。魔力使用量も、ものすごく多くて非効率です。

 ただその家がこの時空に存在していなければ? 先生はそう考え、あわいに家を作ったそうです。やっぱり天才の考えていることはわたくしにはちっともわかりません。
 たどり着いたここは王都に設置してあった入口の魔法陣の設置場所だったようです。

「え、待ってください。そもそもあわいに家ってどうやって建てるんですか?」
「え? シュッてやってバッてやるんだよ?」
「感覚的すぎて、全く伝わってこないんですけど!」

 これだから天才は! もう!
 わたくしはわからないものを理解するのを早々に諦めました。

「そんなことより会場は向こうのはずだよ。時間がない。急ごう」

 時刻を確認すると、もうあと一回鐘がなると試験が始まってしまう時刻でした。
 わたくしは急いで試験会場に向かって、受付を終えなければなりません。ここから試験会場はそれほど遠くないそうなので、このまま歩いて会場に向かいます。

「先生はこれからどうするんですか?」
「君を一人で戻すのは無理だからこっちで時間を潰すよ」
「えっ! 待たせてしまうのはあまりにも申し訳ないのですが……」

 ただでさえ、ここに来るまでに迷惑をかけっぱなしなので、申し訳なさがインフレを起こしてしまいます。

「買い出しだとか、会っておきたい人だとかはいるからこっちのことは何も心配しなくていい」
「でも……」
「こっちのことは心配しなないで! 君は目の前の試験のことだけを考えていなさい」

 先生を置いて行かない程度の早歩きで歩いていくと、会場となる騎士団の本拠地が見えてきました。

「君はこの国を守る騎士になりたいんだろう? 頑張れリジェット!」

 先生の応援を背にわたくしは会場の騎士団の敷地に足を踏み入れました。

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