まあ、よくない!

菜っぱ

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「ううん……。え、うそ。もう二時半⁉︎ 早く寝なくちゃなのに。明日、中間テストだよ~!」

 月のあかりと、スマホの画面だけが明るい真夜中。私は自分の部屋のベッドに寝転びながら、何度も寝返りを打つ。「寝られない、寝られない」とうんうんと唸っていた。きっと寝汗をかいているせいで、水色のシーツはより濃い青に滲んでいるに違いない。

 ……今日はなんだか、本当に寝付けないな。

 今日学校であったこと──恋をして瞳をキラキラと輝かせる友人の姿、難しい授業。なんとなく晴れない私の心模様……。色々なことを考えていたら、モヤモヤが止まらなくなって眠れなくなってしまった。
 うーん。今日はそういう日なのかもしれない。そう、自分を納得させるように、ぼんやりと天井を眺めていると、チカリと何かが光った気がした。

 え? 何?

 私は目を瞬かせる。今、光った。間違いなく光った。
 天井を見つめた私は、ピントを合わせるように目を凝らす。すると最初は点のように見えていた光はだんだん広がっていった。天井をカッターナイフで一直線に切ったかのように、線状に広がっていった。
 何、何、何? 一体どうなってんの⁉︎

 あ! わかったこれは夢だ。眠れないと思い込んでいただけで、本当の私は眠っているんだ。これは明晰夢なんだ。
 そう思ったのに、やけに感覚がリアルなのが気になり始める。掌にはじっとりとした汗が握られていた。線状の光は、ある程度まで伸びると動きをとめ、カパっと瞳型に開かれた。それはまるで、チャックが開いたかのような状態だ。
 驚きの光景に思わず、目を瞠った。

 穴からなんと女性の足が出てきたのだった。

 長くすらりとした生足。それを彩るように艶かしいワインレッドのエナメルハイヒールが履かれている。

「あら、ここ、天井? 壁だと思ったのに。気をつけて降りないと。……はあい、葉月ちゃん」

 手をひらりと振って、イタリア人のような陽気なテンションで現れたのは、少しねっとりとした声、大人の女──そんな言葉がよく似合う人だった。
 瞳の印象が強い。美しい流線のアイラインが彼女の瞳を際立たせる。ピタリと体に張り付くようにあつらえられた、ミニ丈のワンピースは彼女に似合っていた。
 道ですれ違ったら見惚れてしまいそうな女性だが、今は悠長に見惚れることなんてできない。なんてったって、この女性は私の部屋の天井から出てきた、不審者なのだから。

「あ、あ、あ……あなた誰⁉︎」

 私は腰を抜かした状態でベッドの真ん中からフレームの方へ後ずさる。怪奇現象を目の当たりにした私を見て、謎の美女は顎に人差し指を添えてクスリと悪戯に笑った。

「あらら? 本当に私のことがだれだか、本当にわからない? 顔を見れば嫌でも気がつくものかと思ってた」
「気がつく? なんのこと……」


 バクバクと音を立てる心臓をなんとか諌めながら、女性の姿を観察する。長い手足、右目の下にあるほくろ……。

 ──そういえばこの人。私に似ている。

 夢だ、夢だ、夢だ。これは夢だ。だからこそ現実ではあり得ない展開があり得てしまう。

「あなたはもしかして私?」

 所々、震える声で、私は言葉を紡ぐ。
 その言葉に女性はハートが飛ぶようなウインクを見せた。

「そうよ、私はあなた。葉月ですっ」

 ひえっ! かわいい!
 私、こんなにかわいい微笑みを作れる人になるんだ! ハイヒールの彼女は私がコンプレックスだと感じていた大きな身長を完全に自分の魅力として使いこなしていた。服のセンスもいいが、多分より素敵に見えるためにトレーニングを積んでいるに違いない。服の間から見える筋肉は引き締まっていた。大きいというより、手足がスラリと長くてモデルさんのように見えるのだ。

 ──なんて『素敵な私』なんだろう。

 これは、夢だ。都合のいい妄想の一部。……でも、夢だとわかっていても嬉しかった。

「あの……参考までに聞いておきたいのだけど、あなたは今、どんなご職業に?」
「ん? 私? 今は大きな身長を生かしてモデルになったの!」
「モデル……⁉︎」

 モデルさんみたいだと思っていたけれど、本当にモデルだった! 私は驚きで声も出なかった。コンプレックスだった大きな身長は今の彼女にとって大きな武器になっているらしい。背筋もピンと伸びていて、キリリとしている彼女は今の私から見ても美しかった。

「でも、今日きたのは私だけじゃないの。ねえ、みんなこっち!」
 その言葉にびっくりしていると、全く同じ声質の声がまるで合唱するように、重なり合って聞こえてくる。
「はいはい! 待ってましたよ!」
「呼ぶの遅いよ!」
「えー! 中学生だって~! 懐かしいんだけどー!」

 驚く私の目の前に、瞳型の穴からわらわらと人が出てきた。後から出てきたのは三人。みんな、それぞれ違う服装をしているし、メイクも異なっているが、ベースの顔は変わらない。間違いなく私だ。

「紹介するね! 私が『早めに結婚して主婦になった私』」

 その女性はピンクベースにチェック模様が入った、キティーちゃんのエプロンをつけていて、いかにも『主婦』って感じ。

「私はバリバリ働いて『キャリアウーマンになった私』」

 次の女性はストライプの入った紺色のパンツスーツをビシッと着こなしていて、いかにも仕事ができそうな感じ。銀色のオーバル型メガネも彼女のキリッとした感じを引き出している。……こういうのもいいかも。

「私は海外旅行をしながら『放浪系カメラマンになる私』」

 おお! この人は国際的な感じだ。動きやすそうなカーゴパンツに、チェックのネルシャツ。それに背中を覆うほどに大きなバックパックを背負っていた。
 私英語苦手なんだけど、きっとたくさん努力したんだろうな。

 みんな、私だけど全然違う未来を辿っているらしい。

 どの私になっても楽しそうだ。ほわあ……。と惚けていると、どこかから視線を感じた。まるで私を恨んでいるのかのごとく突き刺すような冷たい視線だ。
 
 ……な、なに? この感じ……。今までの『私』とは全然雰囲気が違う……。 

 恐る恐る、天井の穴を見上げるとそこにはもう一人分の人影が見えた。

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