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トラック4 令嬢誘拐、復讐のツバサ
プロローグ
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スラム街の近辺、荒くれ者たちでにぎわう夜の酒場。また一人、扉を開いたものがいた。
長い手足に切れ長の目をした、端正な顔立ち。
一見すれば、このような決して品がいいとは言えない場所は似つかわしくない風貌の若い男。
その眉間には、解かれることのない皺が寄せられている。
つかつかと歩き、カウンター前の椅子に一人腰かけた彼は、短く言った。
「ミルク」と。
それを聞いた店主は頷き、用意を始める。しかし――
「聞いたか?ミルクだってよ!」
それをよく思わぬ者がいた。小ばかにした様子の男は、青年へと近づいてゆく。
その足取りは左右に揺れていた――早い話、酔っ払いだ。
「よぅ坊ちゃん、迷子かよ?」
男は酒気に満ちた吐息を浴びせつつ、青年へと詰め寄る。
「……」
対する彼は、黙ったまま。素子らぬ様子で頬杖をつき、目を閉じる。
「オイオイ、無視かよ?」
それに腹を立てたのか、男の口調が少し怒気を帯びる。
「……言っておく」
出されたミルクを少し口にした青年は、何とも鬱陶しそうに口を開く。
「俺の邪魔をするな」
「何だとこの野郎!」
短く放たれた一言が、男の導火線に火をつけた。叫び、殴り掛かるも――
「ぶげっ!?」
座ったまま繰り出された裏拳を浴び、鼻血を拭きつつ床へと勢いよく沈められてしまった。
その様子を見ていた周囲の荒くれが、がやがやと騒ぎだす。
ケンカだ、と――
「舐めやがって!」
「礼儀ってやつを教えてやるぜ!」
男が二人、飛び出す。殴られた男とは何ら関係のない二人だったが――ケンカが始まったとなれば、混ざらない選択肢は彼らにはなかった。
青年はため息を吐いて立ち上がると、二人を見据える。
「オラァ!」
まず向かってきたのは、右にいた男。そのたくましい腕を振るい、襲い来る。
青年は身をかがめ、素早く懐に潜り込むと――
「うぼぁっ……」
その腹へ、強烈な一撃をお見舞いした。
深々と叩き込まれた拳に、男は息を吐き出すばかり。
しかし、それだけでは止まらない。男の頭を掴み、今度は2度、3度と膝を入れる。
完全にグロッキーとなり、ふらつく男。そんな彼を抱え、青年は――
「ぬわっ!?」
左から近づきつつあったもう一人に対し、投げつけた。
突如として飛来した成人男性の重量に負け、為す術もなく押しつぶされる男。
意識を失ったもう一人の体重を持ち上げることなどできず、ただもがくばかりとなってしまった。
「おい」
そんな彼に、青年が歩み寄る。彼は男の眼前でしゃがむと、懐からある者を取り出し、突き付ける。
それは、一枚の写真だった。
その中には、寄り添いあう男女の姿が映っている。
「この写真の女を見たことはあるか」
簡潔に質問する青年。
男は首を横へ振る。それに対し――
「そうか」
「ぎゃん!」
短く返すと青年は男の顔を蹴りつけて後ろを向き、再び席へと戻る。
そしてミルクを一気に飲み干し、
「騒がせてしまった。これは詫びだ」
本来の額以上の硬貨を袋から取り出すと、カウンターへ置き、立ち去った――
※
月が雲で陰りつつある夜。青年は一人、丘の上で腰掛けていた。
その表情は、この空と同じよう。
彼はじっと写真を見つめ、硬く目を閉じる。
そして拳を固く握りしめ、思い返す――
「お兄ちゃん!」
最愛の人の声を。
長い手足に切れ長の目をした、端正な顔立ち。
一見すれば、このような決して品がいいとは言えない場所は似つかわしくない風貌の若い男。
その眉間には、解かれることのない皺が寄せられている。
つかつかと歩き、カウンター前の椅子に一人腰かけた彼は、短く言った。
「ミルク」と。
それを聞いた店主は頷き、用意を始める。しかし――
「聞いたか?ミルクだってよ!」
それをよく思わぬ者がいた。小ばかにした様子の男は、青年へと近づいてゆく。
その足取りは左右に揺れていた――早い話、酔っ払いだ。
「よぅ坊ちゃん、迷子かよ?」
男は酒気に満ちた吐息を浴びせつつ、青年へと詰め寄る。
「……」
対する彼は、黙ったまま。素子らぬ様子で頬杖をつき、目を閉じる。
「オイオイ、無視かよ?」
それに腹を立てたのか、男の口調が少し怒気を帯びる。
「……言っておく」
出されたミルクを少し口にした青年は、何とも鬱陶しそうに口を開く。
「俺の邪魔をするな」
「何だとこの野郎!」
短く放たれた一言が、男の導火線に火をつけた。叫び、殴り掛かるも――
「ぶげっ!?」
座ったまま繰り出された裏拳を浴び、鼻血を拭きつつ床へと勢いよく沈められてしまった。
その様子を見ていた周囲の荒くれが、がやがやと騒ぎだす。
ケンカだ、と――
「舐めやがって!」
「礼儀ってやつを教えてやるぜ!」
男が二人、飛び出す。殴られた男とは何ら関係のない二人だったが――ケンカが始まったとなれば、混ざらない選択肢は彼らにはなかった。
青年はため息を吐いて立ち上がると、二人を見据える。
「オラァ!」
まず向かってきたのは、右にいた男。そのたくましい腕を振るい、襲い来る。
青年は身をかがめ、素早く懐に潜り込むと――
「うぼぁっ……」
その腹へ、強烈な一撃をお見舞いした。
深々と叩き込まれた拳に、男は息を吐き出すばかり。
しかし、それだけでは止まらない。男の頭を掴み、今度は2度、3度と膝を入れる。
完全にグロッキーとなり、ふらつく男。そんな彼を抱え、青年は――
「ぬわっ!?」
左から近づきつつあったもう一人に対し、投げつけた。
突如として飛来した成人男性の重量に負け、為す術もなく押しつぶされる男。
意識を失ったもう一人の体重を持ち上げることなどできず、ただもがくばかりとなってしまった。
「おい」
そんな彼に、青年が歩み寄る。彼は男の眼前でしゃがむと、懐からある者を取り出し、突き付ける。
それは、一枚の写真だった。
その中には、寄り添いあう男女の姿が映っている。
「この写真の女を見たことはあるか」
簡潔に質問する青年。
男は首を横へ振る。それに対し――
「そうか」
「ぎゃん!」
短く返すと青年は男の顔を蹴りつけて後ろを向き、再び席へと戻る。
そしてミルクを一気に飲み干し、
「騒がせてしまった。これは詫びだ」
本来の額以上の硬貨を袋から取り出すと、カウンターへ置き、立ち去った――
※
月が雲で陰りつつある夜。青年は一人、丘の上で腰掛けていた。
その表情は、この空と同じよう。
彼はじっと写真を見つめ、硬く目を閉じる。
そして拳を固く握りしめ、思い返す――
「お兄ちゃん!」
最愛の人の声を。
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