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23 敗北

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「貴様……タダシ!」
「久しぶりだな、古き友。《転生者》のサクヤ」
「何故ここが……」
「私を誰だと思っている?隊員の居場所ぐらい把握できるようにしていなくてどうするというのかね」

膝をついたまま蹲るスクトさんを無視して、そのままサクヤさんと問答を続けるタダシ。

「組織を立ち上げる直前になって私の前から消えたと思えば、こんなところにいたとはね。いやぁ、随分水臭い真似をする男だ。私は君に、感謝してもし足りないぐらいだというのに」
「何が感謝だ……自分の妻まで犠牲にしておいて!」

怒りをあらわにするサクヤさんの言葉を鼻で笑ってあしらうと、今度はスクトさんを一瞥するタダシ。

「それにしても、お前にはがっかりだ、スクト」
「何だと……?」
「お前には私の後継者となる素質があった……が、少々優しすぎた。そのために母を殺させ、その復讐心を起爆剤としたのだが――結果はこの中途半端な有様だ。私の信ずる《正義》とは程遠い」

そのおおよそ息子に対して向ける言動ではない言葉を聞き、俺の堪忍袋も緒が切れた。
タダシに詰め寄り、その胸ぐらをつかんで叫ぶ。

「さっきから身勝手なことばかり!……そんなに《正義》にこだわるのなら、何故テロリストなんかに手を貸したんだ!」
「離したまえ!」
「うわっ!」
「まったく、乱暴な子だ」
俺の手を振り払うと、タダシは襟を直しつつ続ける。

「それを知りたいのなら、少し君に問おう」
「人々は個々に《正義》を持って生きている。しかし、故にぶつかり合いが起こり争いが生まれる。しかしそれを一つにまとめ上げれば、争いは無くなるだろう。そのために必要なものが、何だか分かるかね?」
「……?」

全く訳が分からない俺は、ただただ首をひねるばかり。するとしびれを切らしたのか、奴が口を開いた。

「答えは《悪》だよ。共通の敵を作れば、たちどころに都合よく手を取り合い、一つの《正義》を作るのが人間の醜さと愛おしさの象徴だ。だからこそ、《ガットネロ》という悪の存在が必要だったのだよ」
「けど、その作り出した必要悪で犠牲になる人たちだっている!」
「それに関しては大変申し訳ないことだが、平和という大義を成すための尊い犠牲だと思っている。痛みを伴わない幸福などありはしないからね」
「アンタの言ってることは間違ってる!そんな方法で作られた平和のどこに正義があるんだ!」

「クク……ハハハハ!ハーッハッハッハッ!」

俺の言葉を聞き、タダシは突如天を仰いで笑い始める。そしてひとしきりわらった後、胸元に付いたエンブレムを指差しつつ言った。

「我々がその証明さ」

「人々は悪を滅する我々を支持し、そして自らが滅される悪とならないよう規範を守って生きている。では規範を管理するのは誰だ?そう他でもない我々だ。その我々が力をつけることは、それすなわち《正義》なのだよ」

あまりに狂った理論に唖然とし、言葉を無くす俺。しかしながら、怒りは静かに煮えたぎっていた。
俺はスマホを取り出し、《融合》しようと考えるも――

「いかん!それは奴の挑発だ!」
サクヤさんが慌てて飛び出し、俺を抑えた。

「離してください……!俺は奴を、どうしても許せない!」
「悔しいことに、レイヴンズが民にとって正義の存在であることは確かだ!そのトップを手にかけたとあれば、君の立ち位置はどうなる!?」
「っ!」

その言葉に、はっと気づく。今ここで手を出したところで、ほとんど証拠は残らないだろう。残るのは判断材料としては不確かな、加害者側による発言のみ。
その結果、俺たちは人々から《悪》とみなされることになるだろう――そのことに気づかず、俺は感情任せに過ちを犯すところだった。

「フン、余計な真似を」
目論見が外れ、軽く舌打ちをするタダシ。

「まぁいい。ほかに手はある……こちらを見たまえ」
「!」
そう言いながら奴が腕輪を操作すると、空中に映像が投影された。
その中に映っていた部屋は、見覚えがあるもので――

「キュリオさんの……ラボ!?」
「その通り。なかなかの洞察力じゃないか」

その言葉に膝をついていたスクトさんが立ち上がり、叫んだ。

「お前……アイツに何をした!」
「スクト。《まだ》、何もしていないさ。それを決めるのは、君たちの行動次第だ」
「何だと!」

スクトさんが奴に詰め寄る中、映像内に変化が訪れる。
タダシの秘書であった女性が、縛られたキュリオさんの側に立っていたのだ。その手には、何かのスイッチが握られている。

「彼女のラボ全体に、爆弾を仕掛けさせてもらった。君たちが今から私の言う条件を飲まなければ、私の秘書が起動させる」
「バカな……そんなことをすれば、あの人まで巻き添えになるぞ!?」
「言っただろう?大義のための尊い犠牲だと」
「そんな……」
「おっと、君の持つそれでシステムをハッキングしようとしても無駄だ。今までの戦闘データから推察する限り、君自身があの姿になって直接触れなければハッキングは不可能。そうされるより、彼女がスイッチを起動するほうがはるかに速い」

「ぐ……!」

数少ない弱点を突かれ、ただ押し黙るしかできない俺。
その様子をあざ笑いながら、タダシは言った。

「君の持つそれを、こちらへ渡せ。本来なら使い手である君ごと組織へ取り込みたかったが、乗り気でなかったようだからね」
「そしてスクト。君は今後組織の犬として働いてもらう。失敗作とは言え、その戦闘能力だけは買っているからね」

あまりにも理不尽で、悪辣極まる言葉。しかしキュリオさんの命がかかっているとなると、あまり迷っている暇はない。

『マスター』
悩む俺の頭の中で、彼女が心配そうな声をかけてきた。
俺は応える。
(……マリス)
『残念ながら、今は手の打ちようがありません。大人しく従うほかないでしょう』
(そんな、俺は君を……)
『大丈夫です』
(え?)
『私はマスターを信じます。必ず――連れ戻しに来てくれると。だから』
(……ありがとう、マリス。絶対に助けに行く。……約束だ)
『ええ』

そんな会話を交わして、俺は覚悟を決めた。一歩踏み出し、スクトさんへ頷いてから、スマートフォンをタダシへ手渡す。
スクトさんは、奴の前へ片膝をつき、頭を下げた。

「フフフ、それでいいんだ。……では、私達はこれで」
それで満足したのか、タダシはスクトさんを引き連れて地下室から去っていった。

そして沈黙と重々しい空気だけが、この場に残った。
俺は拳を握りしめ、誓う。
必ず、奴を止めてみせると――
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