【完結】絵師の嫁取り

かずえ

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三十三 告白

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 二人で帰路につく道にはまだ、客が入ってきていない。間もなく客が入るから、見世を開ける準備に忙しいのだろう。朝よりなお、吉原の門へ向かう道に人は少なかった。

「おふくちゃん、ありがとう。心配かけて、ごめん」

 歩きながら、万感の思いを込めて遊斎が言う。

「ご飯をちゃんと食べてて、良かった」
「食べてた。漬け物とご飯と味噌汁しか無かったけど」
「そうなの?」
「うん。遊郭では、おかずは自分で買わなきゃならないらしい」
「そう」
「金のある客がついたら、買ってもらえることもあるけど、自分で買えるのは、よほどの売れっこだけみたいだ」
「そう……」

 きらびやかな着物。頭に飾られた何本ものかんざし。口に差す紅。自分の外側を飾り立てるために使われる稼ぎは、なかなか食べ物までは回らない。
 ふくは、かなしい気持ちになりかけて、でもそれは違う、とも思った。
 自分が、美味しいものを食べるのが好きなように、その身を飾るのが好きな人もいるだろう。それなら、あの境遇は、辛いばかりでもない。人のことを、何も知らずに同情したり食べ物を恵んだりするのは、相手を下に見ている行為なのだ。よく知り合ってから、助けを求められたり、助けが必要だと自分が本当に思えたなら、手を差し伸べればいい。
 歩きながら遊斎を見ると、ぱちりと目が合った。遊斎は、ふくのことばかりを見ていたらしい。
 
「おふくちゃん。俺、おふくちゃんが好きだ」

 思わず足を止めて、まじまじと遊斎を見てしまう。遊斎も、足を止めた。

「ちっともちゃんとできなくて、心配ばかりかけて、迎えにまで来てもらって、本当に情けないから、もっとちゃんと売れて、しっかりした人間になってから言おうと思ってたんだけど、どうしても、我慢できなくて」

 こういうのを、気持ちが溢れる、と言うのだろうか、なんてふくは心のどこかで思う。それを言うなら、こんなところまで迎えに来てしまったふくの気持ちも、すっかり溢れかえっているのかもしれない。

「本当は、すごく心配してた」
「ああ、ごめん」
「ご飯を食べてるかどうかも心配だけど、吉原から帰らないなんて、そういうことかと」
「そんなわけない!」
「でも、どこかの部屋には泊まったんでしょ」
「師匠の。あの、さっき一緒にいた宇多麿うたまろさんの部屋に居たんだ」
「あの人、本当に男の人?綺麗だったけど」
「当たり前だ。あの人には、ちゃんと恋人がいて、その……」

 思わず口から飛び出した言葉の数々に、自分がこんなに不安だったことをふくは初めて自覚した。口に出すだけで、昨日からのもやもやした気持ちがほどけていくようだ。遊斎が必死で否定してくれるのが嬉しかった。
 ああ、そうか、私も。

「私も、遊斎さんが好き」

 遊斎の、ぽかんとした顔を見ていると、笑いが込み上げてくる。
 ふくが、ここまで迎えに来ているというのに、その可能性は全く考えていなかったのだろうか?気持ちが返ってくるとは、思ってもいなかった?
 その時、正午の鐘が鳴った。吉原の大門が開いて、客がちらほらと入り始める。

「ふく。遊斎」

 ずっと門のところで足止めをされていたらしい平政ひらまさの部下二人が走ってきた。

「松木様」
 
 見覚えのある一人に声をかけ、遊斎が頭を下げる。ふくも頭を下げた。

「ご隠居は?」
「後始末をしてからお帰りになるそうです」
「分かった。三好屋だな?」
「はい」

 松木は、もう一人を三好屋へ行かせて、自分は残った。

「ふく、帰るのだろう?送ろう」
「いえ、そんな。あの、遊斎さんもいますし」
「遊斎では心許ない」

 真顔で言われて、大いに吹き出す。
 三人は早足で、吉原の大門を出た。
 気持ちのよい昼だった。
 
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