【完結】おお勇者よ、死んでしまうとは情けない、と神様は言いました

かずえ

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そして勇者は選んだ

60 怯える子ども

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 城の中は、異臭がした。
 中に入ってしまえば、追いかけてくる魔物もなく、中を彷徨いている魔物もいない。
 まるで、魔物は入ってはいけない場所であると線引きしてあるかのように、魔物たちは、城に駆け込んだ俺たちを追うのをぴたりとやめた。
 人気ひとけの無い大きな建物は薄暗く、肌寒いような気がした。

「臭い……ね」

 しん、とした建物の中を歩きながら、思わず、といった様子でセナが言う。王都の中は、こんな腐臭はしなかった。いっそ衛生的なほど、綺麗になま物の痕跡は無かったのだ。……魔物たちが食べたのだろう。死んだ生き物は全て、綺麗に食べ尽くした。だから、王都は、どこか乾いた風の吹く廃墟となっている。

「死んだ生き物が、腐ったんだろうな」

 慎重に先頭を行くムスカが、振り返って答えた。ムスカの進む斜め前に、強い臭いを放つ塊が見える。

「小さい……」
「子どもか」

 その塊は小さくて、腐りはじめてからまだそんなに日にちが経っていないのか、人の形を残していた。

「最近まで生きていたのか……」
「もっとしっかり探せば良かった……」

 王都の生き残りを探しに来ていた面々が、後悔を口にする。こんなところに隠れられていたら、見つけるのは無理だと思うが、それでも、見つけてあげたかったというのが、人の情というものなのだろう。
 腐臭はどんどんキツくなる。俺たちは、布で鼻と口元を覆って、より臭いの酷い方へと進んだ。何故、と言われても、分からない。俺の勘だ。
 奥の部屋。王の、それとも王子の居室だろうか。王女の治療で通された場所より手前の大きな部屋を開いてみれば、四つの小さな死体に囲まれて、大きなベッドの上で呆然と座っている男の子がいた。

「生きてる!」
「待って!」

 ムスカが駆け寄ろうとするのを止める。

「俺が行く。一人で行く」
「ユーゴー」

 心配する皆に、笑って見せる。抜身の剣を後ろ手に隠して、ゆっくりとベッドに近付く。
 がりがりに痩せた体、土気色の顔。ただ伸びただけのパサついた黒髪。怯えて震える体。
 俺が知ってる魔王は、怯えて震えたりしていなかった。もっとちゃんとした体つきをしていた。髪は、邪魔そうにくくっていたけれど、もう少し艶があった。ぼさぼさなのは、変わらない。
 住みやすい世界を欲していた、のだと思う。自分の。そして魔物の。言葉を交わしていないので分からないが、魔王の配下の魔物に、人を滅ぼしたい、とかそんな意思は感じなかった。人が、魔物の棲みかを荒らしているから、住める方へ、住める方へと出てくるのじゃないかと思ったこともある。上手く線引きができないから、お互いにぶつかり合うのじゃないか、と。もちろん、そんな考えはすぐに、神の意思に塗り替えられて魔王討伐のための行動を止めることはなかったが。
 この怯える子どもは、魔王だ。
 森に捨てられ、魔物に守られて育った魔王の、まだ魔王になる前の姿。

「よく、頑張ったな……」

 俺が伸ばした手を、子どもはじっと見つめた。
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