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小さな幸せを願った勇者の話

50 傷を塞ぐ

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 入ってきた騎士は、俺の言葉に動きを止めた。その隙に、聖女を宰相の側から離して引き寄せる。

「あ、ああ、あ……。」

 両腕から血をぼたぼたと垂らしている護衛騎士の呻き声が部屋に響く。

「ユーゴー、あの傷だけ塞ぎたい。ユーゴーを人殺しにしたくない。」
「セナ、あの血を止めることならできる。大丈夫。」
「でも……。」

『ぼん。』

 俺の出した火の玉が、護衛騎士の両腕の傷を掠めてゆらいだ。じゅ、と肉の焼ける音と臭いが漂う。

「うぎゃあああ。」

 今度は火傷の痛みに悲鳴が響いた。

「手当ての仕方は分かりますか?まずは水で冷やしてから、傷が腐らないように清潔に保つのです。急いで。」

 騎士が幾人か部屋から走り出た。侍女たちは、王妃殿下のように気を失ってはいないが、がたがたと震えてへたり込んでいた。
 王宮なら、聖女を多く抱えていて、治癒魔法でどんな怪我も病気も治してしまうのかもしれない。だから、こんな大怪我やマリエッタ殿下のような状態の人間を見たことがほとんど無いのだろう。騎士たちの狼狽えぶりも酷かった。
 城には、町での薬師のような役割りの者がいないのだろうか。
 とりあえず水を運んできた騎士が、火傷をした護衛騎士の腕を水に浸けたり、王妃殿下を部屋から運び出したりと動き始めた。

「薬師を連れてきて診てもらうことをお勧めします。」
「そ、そこの聖女、ち、治癒魔法をかけよ。」

 宰相が震えながらも言葉を発する。ここで、そのような指示が出せるのは、流石と言うべきだろう。
 聖女は首を横に振った。

「め、め、命令である。」

 聖女は首を横に振りながら、口を開けたり閉じたりする。

「め、命令をきけぬと言うのか?」
「ショックで声が出ないようですよ。」

 俺の言葉に、宰相の顔が歪んだ。俺への恐怖か嫌悪か、その両方か。

「だ、誰か、他の聖女をつ、連れて来なさい。」

 程なくして連れてこられた聖女はまた、まだ俺たちと同じくらいの年齢に見えた。

「あ、あの者の怪我を治せ。」

 そう言われて、怪我をしている騎士の側へ歩いていく聖女の側へセナの手を掴んで移動する。

「お、お前たちは動くな!」

 宰相の言葉を無視して、驚いてこちらを向く聖女へ声をかけた。

「治癒魔法を使ったことはある?」

 聖女は、こくりと頷く。

「なんて教えられた?目の前の人の怪我や病気が治るようにと口に出して光の魔力を出せって?」

 こくり。

「そのやり方は駄目だ。本当は、治癒魔法は使わないのが一番なんだけど、どうしても使わなくてはいけないときは、治してほしいと言われたものだけ治るようにと想像して。相手の不調を全部治してたら、自分が死んじゃうから。」

 目を見開く聖女に、具体的な言葉を伝える。

「あの怪我なら、両腕の傷を塞ぎ、痛みを取り除く、とだけ。」

 こくり、とまた頷いた聖女が、手を護衛騎士にかざした。

『両腕はその傷を癒せ。』

 光が護衛騎士の腕だけを包み、火傷の跡が消えて、つるんと綺麗になった。もちろん、切り落とした両手が戻ることはない。
 かなりの怪我であったから、聖女の魔力を半分ほどは持っていかれただろうが、休めば回復できるだろう。
 
「上手い。ありがとう。」

 聖女は、ほっとしたように少しだけ笑った。
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