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小さな幸せを願った勇者の話

39 無能な聖女

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「あら。」

 女性薬師は小さく声を洩らした。俺とセナに視線を向けるので謝るように頭を下げる。

「すみません。俺です。」

 と言うと、女性薬師は繋いでいたハロンの手を俺に渡してきた。ハロンが呆けている間に、体内にくすぶっている火の魔力をぐるりと回して反対側の手から出現させる。小さな火が、ぽっと手の平の上に出て消えた。
 途端にハロンから発熱の症状は失くなる。ただ疲れた様子で椅子に深く腰かけてほっと息を吐いていた。

「ご迷惑をおかけしました。」
「すごいことができるのね、驚いたわ。」
「いえ、先ほどの聖女さまの技と同じです。火でやって体内から出さなければ発熱し、氷や水でやれば体内は冷えて死に至ることでしょう。」
「そんな使い方は初めて聞いた。恐ろしいことね。あなたには、力がある。制御できることを祈っているわ。」
「ありがとうございます、聖女さま。」
「聖女と呼ばれるのは嫌い。私は鑑定を受けていない世代。もちろん神託も受けてはいない。」
「あなたは……。」

 問いかけようとした俺を制するように、にこりと笑いながら女性薬師は言う。

「体調が良くなって良かった。薬もいらないと思うわ。お大事に。」
「ありがとうございました。」

 俺たちは頭を下げて診察代を支払い、その部屋を出た。

「すごい方だったね。」

 セナがにこにこと言う。
 ああ、本当に。
 俺は黙ってこくこくと頷いた。

「あの女が?」
 
 ハロンには分かるまい。
 あの方こそが、この町で無能な聖女と呼ばれている聖女に違いないのだ。

「何もしていない。薬すら渡さなかった。」

 そう思わせながら、不調の原因をしっかりと探り当てた。俺は、こんな症状の時には薬師はどんな薬を渡すのだろう、と試したというのに。
 
「男性の方も、病の症状が何も出ていないことを的確に見抜いていた。」
「うん、すごかった。ああいう技術が広まれば、誰でも適切な治療ができる。本当にすごいよ。」

 俺もセナもセイマ父さんをとても尊敬していたが、特殊な治癒魔法の使い手であるから立派な治療士であるのだ、と思っているところがあったのだろう。治癒魔法など使えなくても、人々の怪我や病気を治す手段を考えているこの町の薬師を、心の底から尊敬した。
 そして、治癒魔法を持ちながら上手に使えないふりをして、けれど次の聖女が選ばれてしまえばその子の命が危ないから、聖女の座に居続けるこの町の無能な聖女さま。

「俺は、無能な聖者を目指すよ!」

 セナの宣言に、俺は笑顔で賛成した。
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