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拾五 勧誘
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評判になりすぎると、良くないことも起こってくる。
小説の登場人物を絵姿にすることが大流行りして、あちこちの大店でも真似をし始めた。
とはいえ、実物とも言える作次のいる清兵衛商店には敵わない。そうなると、作次に直接声をかける輩が出てくる。
「お前が作次か」
仕事の帰り道、いきなり見知らぬ男に声を掛けられて、はい、そうです、と言うほど世間知らずな訳じゃない。
「へえ。こりゃ、いい面だ。稼いでるらしいじゃねえか」
作次は黙って男を睨み付けながら、間合いをとる。
「俺は、源七商店の者だ。まあそう警戒すんな。お前にも悪い話じゃねえ。今より多く給金をやるから、うちで絵姿の手売りをしろって話だ」
「お断りします」
「おいおい、給金も聞かずに即答かよ。出世しねえぜ」
男が一歩近寄る度に一歩下がる。以前は剣術も修行していた作次は、久しぶりの感覚を思い出しながら、間合いを詰められないようにしていた。
「うちの絵はな、お前んとこと違って版画にしてるから、色もついてるのに八文と格安なんだ。たくさん出せるから、たくさん売れるって寸法さ。そこに、お前を剣士の格好にして置けば、売れて売れて仕方ねえだろうよ。お前の給金もうなぎ登りって寸法よ。どうだ。うちに来る以外の道はあるめえ」
阿呆だな、と作次は思った。いくら安くても、同じ絵を何枚も買ったりするもんか。墨一色でも、一枚一枚描いてるから、微妙に違う絵が描けるのだ。遊斎は最近は、わざと同じ構図の絵の枚数を抑えて、様々な表情や構図のものを描いている。……不本意ながら、作次が色んな表情の見本を間近で見せているので、更に上手になったと大評判だ。憂い顔など、奪い合いが起きたほどの人気となった。
毎日、幸せいっぱいに暮らしている作次が憂い顔を作るのは難しかったが、これも商売と割り切って、おみつと離ればなれになることを思い浮かべたら、うっかり泣きそうになった。恐ろしいことだ。
その後、そんなことはあり得ねえ、と自分に言い聞かせた時の顔もしっかり描かれてしまい、そちらも強い決意の顔と評判である。
それはさておき、返事は一つであった。
「おいらは清兵衛商店以外で働く気がねえんで、何を言っても無駄です。失礼します」
「こちらが下手に出てりゃ、餓鬼が調子に乗りやがって」
男が掴みかかろうとしてきた。話しながらも少しずつ長屋の方へと進んでいた作次は、周りを見渡してから大声を上げる。
「やめてくれー。おいら、源七商店さんで働く気はねえって言ってるじゃねえか!」
周囲の目が一斉にこちらを向く。
男が怯んだ隙に、目一杯駆け出して長屋へと向かった。
作次の大声を聞いた町の人が、源七商店のことをあることないこと噂して、その後、付きまとわれることが無かったのは、全く運が良かったとしか言いようがない。
小説の登場人物を絵姿にすることが大流行りして、あちこちの大店でも真似をし始めた。
とはいえ、実物とも言える作次のいる清兵衛商店には敵わない。そうなると、作次に直接声をかける輩が出てくる。
「お前が作次か」
仕事の帰り道、いきなり見知らぬ男に声を掛けられて、はい、そうです、と言うほど世間知らずな訳じゃない。
「へえ。こりゃ、いい面だ。稼いでるらしいじゃねえか」
作次は黙って男を睨み付けながら、間合いをとる。
「俺は、源七商店の者だ。まあそう警戒すんな。お前にも悪い話じゃねえ。今より多く給金をやるから、うちで絵姿の手売りをしろって話だ」
「お断りします」
「おいおい、給金も聞かずに即答かよ。出世しねえぜ」
男が一歩近寄る度に一歩下がる。以前は剣術も修行していた作次は、久しぶりの感覚を思い出しながら、間合いを詰められないようにしていた。
「うちの絵はな、お前んとこと違って版画にしてるから、色もついてるのに八文と格安なんだ。たくさん出せるから、たくさん売れるって寸法さ。そこに、お前を剣士の格好にして置けば、売れて売れて仕方ねえだろうよ。お前の給金もうなぎ登りって寸法よ。どうだ。うちに来る以外の道はあるめえ」
阿呆だな、と作次は思った。いくら安くても、同じ絵を何枚も買ったりするもんか。墨一色でも、一枚一枚描いてるから、微妙に違う絵が描けるのだ。遊斎は最近は、わざと同じ構図の絵の枚数を抑えて、様々な表情や構図のものを描いている。……不本意ながら、作次が色んな表情の見本を間近で見せているので、更に上手になったと大評判だ。憂い顔など、奪い合いが起きたほどの人気となった。
毎日、幸せいっぱいに暮らしている作次が憂い顔を作るのは難しかったが、これも商売と割り切って、おみつと離ればなれになることを思い浮かべたら、うっかり泣きそうになった。恐ろしいことだ。
その後、そんなことはあり得ねえ、と自分に言い聞かせた時の顔もしっかり描かれてしまい、そちらも強い決意の顔と評判である。
それはさておき、返事は一つであった。
「おいらは清兵衛商店以外で働く気がねえんで、何を言っても無駄です。失礼します」
「こちらが下手に出てりゃ、餓鬼が調子に乗りやがって」
男が掴みかかろうとしてきた。話しながらも少しずつ長屋の方へと進んでいた作次は、周りを見渡してから大声を上げる。
「やめてくれー。おいら、源七商店さんで働く気はねえって言ってるじゃねえか!」
周囲の目が一斉にこちらを向く。
男が怯んだ隙に、目一杯駆け出して長屋へと向かった。
作次の大声を聞いた町の人が、源七商店のことをあることないこと噂して、その後、付きまとわれることが無かったのは、全く運が良かったとしか言いようがない。
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