【完結】ふたり暮らし

かずえ

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拾四 遊斎

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 おとみに聞いてみると、注文に来る人を見たことは無いけれど、絵師と看板を下げている家があるという。
 早速行ってみると、確かに看板は下がっていた。

「こんにちは。ごめんください」

 声をかけても返事がないので、勝手に戸を開ける。留守ではなく、二十代前半と見えるひょろりと細い男が一人、真剣に紙に何かを描いていた。
 集中し過ぎて、気付いていないらしい。筆が止まるのを待ってから、もう一度声を張り上げる。

「こんにちは」

 びくっと、盛大に体を跳ねさせた男が入り口を振り返った。

「ひえ。え、あ、作次?」
「あれ。おいらのこと、ご存知ですか?おいら、あなたに会ったこと無いような気がするんだけど」
「あ、いや。挨拶するのは初めて……。あ、もしかして、姿絵……」

 男はしどろもどろに言った。

「あれ、よくお分かりで。姿絵の話です」
「あ、いや。その、勝手にひな型にして悪かったよ。ひな型料なんて、おれ、払えねえ……。すまん」

 突然、謝り出した男に、作次は首を傾げる。

「姿絵が売れた代金をお持ちしました。おいら、清兵衛さんの店で働いてて。姿絵が人気で、売り尽くしてしまったので、もし良ければ定期的に描いて欲しいと清兵衛さんが」
「へ?」
「え?」
「勝手に姿絵のひな型にしたから、怒ってきたんじゃ……?」
「え?本当においらがひな型なんですか?」
「あ、いや、その……」

 やっと落ち着いた絵師の男と話してみれば、やっぱり作次をひな型に少年剣士の絵を描き上げたという。貸本で読んだ話の印象にぴったりだったから、つい、と男は言った。

「遊斎さん、とお呼びすればよろしいですか?」

 絵にあった署名を言えば、遊斎は、恥ずかしそうに頭をかいて下を向いた。

「いやぁ、てめえで名乗っといて、呼ばれると照れるもんだな。その、本当は熊吉ってんだ」
「熊吉」

 こんなに名前が似合わない人も、そうそういないだろう、と作次は思った。ひょろりと細い優男である。およそ熊とは程遠かった。

「やっぱり遊斎さんと呼びます。それで、姿絵なんですけど」
「あれ、売れたの?」
「はい。大人気で、うちの店も繁盛してます。もし時間があるなら、定期的に描いて欲しいって」
「へえ。嬉しいね。おれ、小説を読むのが好きでさ。読んでると、登場人物を思い浮かべて、絵にしたくなるんだよなあ」
「絵になればいいなあ、と思ってた人が多かったようですね。是非、これからもお願いします。あの、あんまりおいらに似せないで頂けると嬉しいんですが」
「……本人に売ってもらうと、嬉しいってんで流行ってるんじゃねえのか?」
「まあ、それは、その……」
「また、違う絵にするよ。参考にはさせてくれ。世の中は男前が好きだからねえ」
「遊斎さんも、ご自分の顔を参考にしたら……」
「実はもう、何枚かやってんだが、剣士というには覇気が足りねえんだなあ」
「あはは。でも、全部売れましたから。時間があれば、うちの店に足を運んでください。実物がいたら、客は盛り上がるんでしょ」
「ちげえねえ。ありがとな。少なくても、絵で銭を稼げて嬉しいよ」

 そんなわけで、絵を店に持って来るようになった遊斎にも、女性客が大喜びして、清兵衛の店はますます大繁盛した。
 
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