【完結】ふたり暮らし

かずえ

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六 作次郎

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 夜中に雨の音で作次郎は目を覚ます。いつ寝たのか、覚えが無かった。ぺらぺらの粗末な布団。
 目の前に、おみつの無防備な寝顔が見えて吃驚びっくりする。
 そうか。
 拾われたのだった。
 久しぶりにまともに食事をして、風呂で体の力が抜けたら、あっという間に眠たくなった。
 あんな気持ちの良い場所があったんだなぁ、と湯屋を思い出す。おみつと一緒に入って、一緒に洗って。
 泣いてしまった……。
 母が死んでから、初めて泣いたかもしれない。
 母は、食事中に血を吐いて倒れた。そのまま亡くなってしまった。呆然としているうちに葬式は終わっていた。恐ろしさから、食事をまともに取れずにいる作次郎を、家人は放ったらかしていた。
 そのうちに、食べても食べなくても死ぬさ、と屋敷の留守居役が言っているのを聞く。父は、参勤交代で領地に戻ったばかり。母はいない。正室と義兄は、絵にかいたような箱入り娘とお坊ちゃんで、悪意もないが頼りにもならなかった。側室である母が死んで、とても悲しんでくれていたが、それだけだった。食あたりには気をつけなさい、と指示を出した、らしい。
 食あたりな訳ないだろう、と作次郎は思ったが、それを言うこともできない。毒だと言えば、犯人を探さねばならなくなる。
 もしも犯人が分かったところで、味方のいない子どもの自分にはどうしようも無かった。
 作次郎は、側室の生んだ次男坊で、母子ともに野心は欠片もないが、出来が良すぎた。家臣達が長男の未来を案じるほどに。
 側室は、正室を立てながら屋敷の切り盛りをしていた。長男には、評判の手習いの師範を屋敷へ呼び、自分の息子は市井しせいの寺子屋へと通わせた。剣術も同様である。長男には、評判の剣術の師範を屋敷へ呼び、次男は町の剣術道場へ。同じ扱いはしない、何の二心ふたごころもないと示してみせた。
 ところが、大勢の中で学び、競合相手がいたことで、次男坊はますます才気走って成長してしまった。それぞれの場所で、将来有望との太鼓判を押され、図らずも跡取りの長男の脅威となってしまったのである。 
 正室と側室にも、長男と次男にも何のわだかまりもない。仲良くやっている。だというのに、家臣達はそうではなかった。自分達の家の都合などもあるのだろう。
 側室に毒を盛り、たまたまその日、まだ食事に箸をつけていなかった作次郎は生き残った。
 そして、食べても食べなくても死ぬ、という状況を作次郎が知った頃に、近所でぼや騒ぎが起きた。作次郎は、これ幸いとその煙の激しい方へと走り、屋敷を抜け出してきたのである。
 武家屋敷の辺りを抜け出した後は、よく分からずに二日ほどさ迷った。着の身着のままだったので、おみつに拾ってもらわねば、どちらにせよ飢え死にしていたかもしれない。
 美味うまかったなあ、とおみつの寝顔を眺めながら思う。
 蕎麦屋の蕎麦は、人生で一番美味かった。
 また、眠気に身を委ねながら、作次郎はうっすらと微笑んだ。
 


◇◇◇

留守居役→領主が参勤交代で領地に帰っている間の藩邸の責任者。
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