【完結】ふたり暮らし

かずえ

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参 ただいま

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「さ、帰ろ」

 二人で仲良く蕎麦を食べ終えると、おみつはそう言って作次郎に手を差し出した。雨の降りそうな雲が、ますます低くたれ込め始めている。

「え?」

 驚く作次郎の手を構わず握ると、ご馳走さま、と蕎麦屋に声をかけた。

「おう。降りそうだな。気をつけて帰んな」
「ありがとう」

 そうして、おみつが急ぎ足で歩き出すものだから、作次郎は何も言えずに、手を引かれるままに歩いていた。
 まだまだ暑い季節に、温かい蕎麦を食べて早足で歩いてきたものだから汗だくだ。
 作次郎が、ぽかんとしている間に長屋に着いてしまったらしい。裏木戸をあっさりくぐった所で、一人の老婆が話しかけてきた。

「おみっちゃん、おかえり。遅かったねえ」
「おかめさん、ただいま。お蕎麦を食べてきたの」
「そうかい。雨が降る前で良かった。それで、その子は?」
「作次郎だよ」
「ふーん」

 おかめは、いつも裏木戸であれやこれやと詮索してきて五月蝿い、と子ども達には思われているが、暇にあかせてそんなことをしている訳ではない。
 見知らぬ者が入り込まないか、長屋の住人に異常はないかと見張りの役目をしているのである。
 おかめのお陰で、この長屋は平和を保っているのだ。そんなおかめが、作次郎を見逃す訳がなかった。

「それで、作次郎をどうするんだい?」
「ああ。一緒に暮らそうかと思って」

 おみつがすらすらと答えたので、作次郎は吃驚びっくりしておみつを見た。
 それらの様子をおかめはしっかりと観察する。

「作次郎は、どうなんだい?これまでの家はどこだい?」
「……ない」
「火事か。えらい煤けておるが」
 
 作次郎は、おかめと目は合わせずに、こっくりと頷いた。
 嘘とまことが半分半分てとこかね。
 おかめは考えてから、しばらく様子を見ることにした。

「なら、まずは湯屋にでも行っておいで。二人とも、酷い有り様だよ」
「うん」

 おみつは、すたすたと自分の家へと歩き出す。ずっと作次郎の手は離さなかった。作次郎も、振り払う気にはなれなかったらしく、手を引かれるままに付いていく。

「お武家さんの子は厄介だ」

 おかめは、嫌そうに呟いたけれど、二人を離そうとはしなかった。



◇◇◇

裏木戸→長屋の入り口。そこから先は、基本的に住人しか入らない。
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