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刃の章
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血なまぐさい部屋で、話をするしかなかった。縛り上げたとはいえ、ここに入ってきた方法がおかしい奴らである。どんな手段で何をするか予測がつかない。掃除をするために目を離すのが恐ろしい。
「真鶴。話せ。」
快璃さまの言葉に、怪我をした側仕えが苦しそうに目を閉じた。傷の痛みもあるだろうが、そういうことではない様子だった。
「私が、傷を付けたのです。玻璃皇子に傷を。」
「俺は、記憶が薄い。分かるように教えてくれ。」
「玻璃皇子は、貴方を殺しました。弟を、殺しました。深剣さまを殺しました。快璃さまと透子さまのお子と鞠をこの世界から消しました。そうして、透子さまと二人で生きていきたいと望まれました。けれど、大切な人をすべて失った透子さまの願いはただ一つ。早く私も消してください、と。願いは叶えられ、玻璃皇子は、嘆きながら時戻しの術式を展開されました。私は、もうやめて欲しかった。これ以上、苦しい思いをしてほしくなかった。だから、痣に傷を付けたのです。そして、私も罪を償って死ぬつもりだった。」
「だが、術式は発動したのだな。また、俺たちは戻った。」
「ええ。そして、玻璃皇子は戻ったことを覚えていらっしゃらなかった。安堵しました。私は、すべては悪夢だと思い込もうとした。けれど、玻璃皇子の痣には私が付けた傷が残っていた。私に、忘れるなと戒めるように。」
「覚えていなかった……。」
透子が呟く。
「術式を使用する本人は、すべて覚えているものなのだ。そうでないと、世界は何度も同じことを繰り返すばかりだからな。」
術士が、つまらなさそうに言った。
「それ以外の者が覚えているかどうかは、よく分からない。何せ、発動できるのはそこのお方のみだ。術士に近しい者や、関わりの深い者、強い思いを持っていた者が覚えているのではないかとの推測はできるがね。」
「覚えていらっしゃらなかったことで、とても穏やかな日々でした。私は、これで全てが在るべきところに戻ったのだと思った。快璃さまと透子さまはご結婚され、玻璃皇子も帝となるに必要な伴侶を得られた。誰も死んではいない、玻璃皇子は殺していない。あとは、消えた二人さえ見つかれば、と。」
しん、と静まった室内に、玻璃皇子の無邪気な声が響いた。
「私はただ、透子と共に生きたかっただけだ。」
「真鶴。話せ。」
快璃さまの言葉に、怪我をした側仕えが苦しそうに目を閉じた。傷の痛みもあるだろうが、そういうことではない様子だった。
「私が、傷を付けたのです。玻璃皇子に傷を。」
「俺は、記憶が薄い。分かるように教えてくれ。」
「玻璃皇子は、貴方を殺しました。弟を、殺しました。深剣さまを殺しました。快璃さまと透子さまのお子と鞠をこの世界から消しました。そうして、透子さまと二人で生きていきたいと望まれました。けれど、大切な人をすべて失った透子さまの願いはただ一つ。早く私も消してください、と。願いは叶えられ、玻璃皇子は、嘆きながら時戻しの術式を展開されました。私は、もうやめて欲しかった。これ以上、苦しい思いをしてほしくなかった。だから、痣に傷を付けたのです。そして、私も罪を償って死ぬつもりだった。」
「だが、術式は発動したのだな。また、俺たちは戻った。」
「ええ。そして、玻璃皇子は戻ったことを覚えていらっしゃらなかった。安堵しました。私は、すべては悪夢だと思い込もうとした。けれど、玻璃皇子の痣には私が付けた傷が残っていた。私に、忘れるなと戒めるように。」
「覚えていなかった……。」
透子が呟く。
「術式を使用する本人は、すべて覚えているものなのだ。そうでないと、世界は何度も同じことを繰り返すばかりだからな。」
術士が、つまらなさそうに言った。
「それ以外の者が覚えているかどうかは、よく分からない。何せ、発動できるのはそこのお方のみだ。術士に近しい者や、関わりの深い者、強い思いを持っていた者が覚えているのではないかとの推測はできるがね。」
「覚えていらっしゃらなかったことで、とても穏やかな日々でした。私は、これで全てが在るべきところに戻ったのだと思った。快璃さまと透子さまはご結婚され、玻璃皇子も帝となるに必要な伴侶を得られた。誰も死んではいない、玻璃皇子は殺していない。あとは、消えた二人さえ見つかれば、と。」
しん、と静まった室内に、玻璃皇子の無邪気な声が響いた。
「私はただ、透子と共に生きたかっただけだ。」
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