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刃の章

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「で、まりさんとみこは、ここではない所で生活していた、と。」
「はい。落ちた穴の先にも、人が暮らしていました。私やみこと顔立ちの違いはなく、とても優しい方々に見守られて、暮らしていくことができました。言葉の違いには、その、本当に困りましたが。皆、優しくて。」

 みこから、たどたどしい説明は聞いていた。みこは、ゆっくりと話せば聞き取りは問題ないのだ。話す方は、単語を繋げたような話し方をする。言葉を教えたまりさんが丁寧な言葉遣いだったからだろう。無駄に丁寧な話し方で、なかなか要領を得ない。けれど、ざっくりとした彼の今までの生活は分かった、と思う。母と暮らしていた。みこが、繰り返し言ったことだ。なんで、こんなことになっているのか分からない。俺は生きてきた。自分もお金を稼げる年齢になり、母と二人で暮らす場所を手に入れて、幸せだったのに、と。

「そう。良かったわ。あのままでは、今頃は……。」 
「はい。みこは乳をもらって、満腹でぐっすりと寝ました。本当は、とても大人しい子だったんですよ。」
「ずっと泣いていたのは、お腹が空いていたのね。良かった、本当に良かった。まり、名前をね付けたの。透璃とうりと。みこではなく、透璃とうり。伝えてもらえる?」

 透子とうこさんは、おずおずとみこを見た。みこは、頑なに目を合わさない。話の流れが、何となく分かっているのだろう。
 まりさんが、俺たちには分からない言葉でみこに話しかけた。みこが答える。顔だけでなく、声も快璃かいりさまに似ていた。言葉が分からない、というのは、こういうことか。音が流れていく感じ。不安だけが募る。少しずつ、みこの声が苛立っていく。まりさんは、なだめるように諭すように話しかけている。二人は、どこからどう見ても親子だった。
 まりさんが、みこの背を押す。透子とうこさんと快璃かいりさまの方へ。透子とうこさんが、期待に満ちた眼差しでそちらを見ている。
 ああ、それは駄目だ。
 大人たちは、気付かないのだろうか。
 みこは、まったく納得していない。
 ただでさえ、こちらへ来てから碌な目に合っていないのだ。無理強いはいけない。
 例え、その二人が本当の親だとしても、みこには、初対面の見知らぬ人だ。
 止めようと立ち上がりかけたとき、

「オカアサン。」

 とみこがまりさんをふりかえって言った。まりさんは首を横に振った。
 ああ。
 みこは、泣きそうな顔でまりさんから離れ、立ち尽くした。俺は、慌てて駆け寄って抱き締める。みこが、肩に顔を埋めた。
 もう少し俺の背が高ければ、顔を胸に隠してやれたのに、ごめんな。
 濡れていく肩口に気付いてそんなことを思う。

「どうして、誰もみこの気持ちを考えてやれないんだ。」

 俺は、心底腹が立って叫んだ。
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