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玻璃の章

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 赤子は、いつまでも泣き声を響かせながら生きていた。
 何故だ。
 様子を見に行って気付く。
 透子とうこの側仕えのまりが、赤子を抱いて何やら口に当てている。
 何かを柔らかい布でくるんだそれに、赤子は必死で吸い付いていた。

「何をしている?」

 冷たい声が出た。
 まりは、びくりと体を震わせて赤子を強く抱き締め、私から距離を取った。

「仕方あるまい。」

 ここに留め置かれている産婆の声がする。起き上がることができるようになった透子とうこに、食事を渡して世話を焼いているようだった。

「乳母は寄越さぬ、乳はあまり出ぬ、代わりのものをやらねば、ややが死んでしまう。」

 代わりのもの。ここに閉じ込めて、大人の食べ物しか渡していないのに、どうやって手に入れたのだ?
 ため息が出た。仕方なく居なくなってくれれば、それが一番良かった。皆が、幸せだろう?
 衰弱した透子とうこに近寄る。透子の護衛の啄木鳥きつつきが立ちはだかろうとするのを鬱陶しく思った。

かく、これを退けてくれ。」

 すぐにかく啄木鳥きつつきを押さえ込み、引きずって避けた。

透子とうこ。」

 膝をついて、手を伸ばす。産婆は物分かりよく、脇へよける。
 頬に手が触れた。潤いを無くして、かさかさとしていた。透子とうこの目が、じっと私を見ている。
 どのくらい、そうしていただろうか。不意に透子とうこの目から涙がこぼれた。

快璃かいりではない……。あなたは、皇子みこの父ではない。」

 どんなときも、透子とうこは間違えない。そう。そんなところが好きなのだ。私はそのまま、透子とうこの痩せ細った体を抱き締めた。
 抵抗しないその体を堪能して、思う。
 皇子みこ快璃かいりの子どもだから、皇家の直系である。まだ名前が無いから皇子みこと敬称で呼ぶのか。
 そっと体を離し、赤子を見た。やはり、あれはいらない。
 赤子に近寄りながら、手の平に傷を入れる。滴る血が術式を描く。落とし穴のように黒く丸く。赤子を抱いたまりが吸い込まれるように落ちた。

皇子みこは、二度と見たくない。」
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