【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
1,321 / 1,321
第十章 されど幸せな日々

112 ずっと幸せ  成人

しおりを挟む
「ままならないものだな」

 緋色ひいろは今日も、俺を膝の上に乗せて言った。ほんの少しの休憩時間。俺たちは、ぺたりとくっついて一緒にいる。昨日も一昨日もそうだった。きっと明日もそうだろう。

「ままならない?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、ああ、と緋色ひいろは俺の首元に顔を寄せる。ふふ。くすぐったい。

「思い通りにならない、ってことだ」
「ああ、うん」

 思い通りにならない。本当にそうだ。
 俺たちは、年始の集まりに顔を出したらすぐに、西中さいちゅう国に戻るつもりだった。
 でも、戻れなくなった。
 父さまが、皇帝の位を朱実あけみ殿下に譲ると、年始の集まりで宣言したからだ。
 そうなると、皇帝を交代するための儀式をいつするのか、とか、父さまと母さまのこれから住む場所をどうするのかとか、色々、本当に色々決めなくてはいけない事があるらしい。次の皇帝になる人、皇太子も立てなくてはならない。もうすでに決まっている順番があって、それは朱音あかね殿下なのだけれど、小さすぎるからしばらく緋色ひいろが皇太子をしてはどうか、という人もいたのだと緋色ひいろは言った。その場合は、皇帝の弟だから皇太弟になるらしい。まあ、呼び方はどうでもいいんだけど。緋色ひいろは、冗談じゃない! と部屋で吠えた。

「俺は、皇子もやめたいってずっと言ってんのに、ちっともやめさせてくれない。これ以上、偉くなってたまるか!」
「そうだね」

 偉くなれば、何でも思い通りになるかと言えばそうでもない。そうでもないどころか、なかなか思い通りにならないことが多いような気がする。たとえば今、西中さいちゅう国に戻れないみたいに。
 まあ、緋色ひいろが皇太弟になる案は、緋色ひいろが猛反対をして、他にも反対する人がたくさんいて無しになったらしい。その代わり、これからも皇弟として私の手伝いを頼むよ、と朱実あけみ殿下に言われて、緋色ひいろは、はい、と言うしかなかったそうだ。
 うん。ままならないね。
 俺もたまに思う。
 伴侶の証を左手の薬指に付けるのだと聞いたときに、どうして今、俺の左手はないのだろうと悲しかった。どちらかの腕を失わなければいけなかったのなら、右手であれば良かったのに。でも、左手が残った半助は、壱臣いちおみを抱きしめてあげられる関係になった時に片手しかなかったことが悔しい、って言っていた。どちらかを選ぶってものでもないんだよね。両手があれば、拍手も包拳礼もできる。緋色ひいろを両手で抱きしめられる。そうだな。両手があれば良かったな。
 鶴丸つるまるたちは西中さいちゅう国の当主家になんてなりたくなかった。梅光うめみつも、西賀さいか国の当主になりたいなんて思っていなかった。西中さいちゅう国の当主でいたかった真中まなかたちは、色々と上手くできなくて当主でいられなくなった。
 母さまは、皇妃のお仕事に疲れて病気になったんだそうだ。
 みんな、それぞれままならないことがある。
 それでも。
 それでも、緋色ひいろが皇子として戦場に来てくれたから俺たちは出会えたのだとしたら、緋色ひいろが皇子で良かった、と俺は思う。俺は戦闘人形ドールで良かった、って。
 だって、ままならないことがあっても、やっぱり、こうして二人でくっついていられる今が幸せだから。

緋色ひいろ、大好きだよ」

 ずっと。
 これまでも大好きだった。これからも大好きだ。

「当たり前だ」

 俺は緋色ひいろにキスをする。大好きの気持ちがこもったキスを。

「幸せ」
「まあ、うん。俺も」

 ままならないこともあるけれど、緋色ひいろと一緒に居られる俺は、やっぱり今日も幸せだ。きっと明日も。その次も。


終わり
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2392件)

あり
2024.10.26 あり

すごい長編なのに
何度も読み返すぐらい大好きです❤️

かずえ
2024.10.26 かずえ

あり様
感想を送ってくださり、ありがとうございます。
何度も読み返してくださって、大好きと仰ってくださって、とても嬉しいです!

解除
とうかなな
2024.10.16 とうかなな
ネタバレ含む
かずえ
2024.10.17 かずえ

とうかなな様
いつも感想を送ってくださり、ありがとうございます。
状況はちっともほんわかしていない(まだ戦中)のですが、すでに二人は仲良しだった頃ですね😊
常陸丸のことも、優しい目線で見守ってくださり嬉しいです!
繰り返し楽しんで頂けて幸いです。

解除
とうかなな
2024.10.06 とうかなな
ネタバレ含む
かずえ
2024.10.06 かずえ

とうかなな様
いつも感想を送って下さり、ありがとうございます。
先まで読んだ上で、始めの頃の成人の不遇に憤ってくださってありがたいです。足の小指を椅子にぶつける呪い、地味に効きそう(笑)
常陸丸にとっては、最悪の敵の兵器でしたものね。主を必死で守ってくれて感謝です😊

解除

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

追放されたボク、もう怒りました…

猫いちご
BL
頑張って働いた。 5歳の時、聖女とか言われて神殿に無理矢理入れられて…早8年。虐められても、たくさんの暴力・暴言に耐えて大人しく従っていた。 でもある日…突然追放された。 いつも通り祈っていたボクに、 「新しい聖女を我々は手に入れた!」 「無能なお前はもう要らん! 今すぐ出ていけ!!」 と言ってきた。もう嫌だ。 そんなボク、リオが追放されてタラシスキルで周り(主にレオナード)を翻弄しながら冒険して行く話です。 世界観は魔法あり、魔物あり、精霊ありな感じです! 主人公は最初不遇です。 更新は不定期です。(*- -)(*_ _)ペコリ 誤字・脱字報告お願いします!

【完】ちょっと前まで可愛い後輩だったじゃん!!

福の島
BL
家族で異世界転生して早5年、なんか巡り人とか言う大層な役目を貰った俺たち家族だったけど、2人の姉兄はそれぞれ旦那とお幸せらしい。 まぁ、俺と言えば王様の進めに従って貴族学校に通っていた。 優しい先輩に慕ってくれる可愛い後輩…まぁ順風満帆…ってやつ… だったなぁ…この前までは。 結婚を前提に…なんて…急すぎるだろ!!なんでアイツ…よりによって俺に…!?? 前作短編『ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活』に登場する優馬の続編です。 今作だけでも楽しめるように書きますが、こちらもよろしくお願いします。

【完結】狼獣人が俺を離してくれません。

福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。 俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。 今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。 …どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった… 訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者 NLカプ含む脇カプもあります。 人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。 このお話の獣人は人に近い方の獣人です。 全体的にフワッとしています。

【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ
BL
国の都の外れの塔には悪魔が封じられていて、王族の血筋の生贄を望んだ。王族の娘を1人、塔に住まわすこと。それは、四百年も続くイズモ王国の決まり事。期限は無い。すぐに出ても良いし、ずっと住んでも良い。必ず一人、悪魔の話し相手がいれば。 時の王妃は娘を差し出すことを拒み、王の側妃が生んだ子を女装させて塔へ放り込んだ。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

公爵様のプロポーズが何で俺?!

雪那 由多
BL
近衛隊隊長のバスクアル・フォン・ベルトランにバラを差し出されて結婚前提のプロポーズされた俺フラン・フライレですが、何で初対面でプロポーズされなくてはいけないのか誰か是非教えてください! 話しを聞かないベルトラン公爵閣下と天涯孤独のフランによる回避不可のプロポーズを生暖かく距離を取って見守る職場の人達を巻き込みながら 「公爵なら公爵らしく妻を娶って子作りに励みなさい!」 「そんな物他所で産ませて連れてくる!  子作りが義務なら俺は愛しい妻を手に入れるんだ!」 「あんたどれだけ自分勝手なんだ!!!」 恋愛初心者で何とも低次元な主張をする公爵様に振りまわされるフランだが付き合えばそれなりに楽しいしそのうち意識もする……のだろうか?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。