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第十章 されど幸せな日々
60 ちみもうりょうって何? 成人
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「お主。昨日、風呂屋の付近におらなんだか?」
「は。風呂屋? ですか?」
バスが出発してすぐ、じいじが一人の人に話しかけた。たくさんの使用人たちの先頭にいた人だ。俺たちの近くの席に座ってくれたから、話しやすかった。
「うむ、安次郎の風呂屋の付近じゃ。我らが、こちらの国に預けるために連れてきた者のうちの一人を連れていた。歩き去る姿がお主によく似ておったような気がしたのじゃが、いや、すまぬ。お主は、こうして、本日、国を出る者たちの責任者であり忙しい。こちらに着いた後に放免された男を連れて、ふらふらと歩いておる時間などある訳もなかったわい」
「ははあ、なるほど。放免された男を連れて……。それは、弟であるかと思われます。私と弟は、背格好は似ていると、よう人に言われますから」
「なるほど、弟か。なるほどな。いや、これはまことに失礼した。突然すまぬ。弟御が連れておった男が、なかなかに厄介な男でな。まあ、隣国の前々領主なのだが、まるで赤子のように聞き分けがない。あれを誰かへ預けるのは、預けた先の負担があまりに大きいと判断した。故に、放免として捨て置いたのじゃが、拾う神がいたのかと驚いてな」
「なるほど。確か、助けを求めてきたら助けてやるようにと、千代さまがお触れを出しておられた件ですね」
「うむ。あれが人に助けを求めることができるとは思えなんだが、流石に、命の際には頭の一つも下げることができたものか。弟御は、それに応えて風呂屋に連れて行ってやったのかもしれぬ。まこと、見事な心掛け。しかし、その後が気の毒じゃ。あれは本当に、縦のものを横にもしない人間じゃからな」
「はは。ずいぶんと迷惑そうな御仁ですね。まあ、弟が引き受けたんなら、その後の心配は不要でございます」
その人は、にっこりと笑う。細い目を更に細くして、にっこり。
「風呂屋で長湯の後、上機嫌で一杯ひっかけてぽっくり、いうのんは冬場にようある事故やと聞きます故」
ん?
「ぽっくり? 事故? 何?」
「例え話だ」
「ふーん……?」
「引き受ける役目の者が引き受けたってことだろ」
「さようでございます」
そっか。
「西賀の家老の跡取りだったな」
緋色が、話している人に向かって聞く。
「は。さようでございます。私は各務家の家老として、西中国へ赴きます」
「なら、その弟が西賀の方を?」
「いえ。あれはもう、違う仕事の責任者になっとりまして。弟の仕事は、そうそう簡単に人に引き継げるもんやないんで、西賀の方の家老は、もう一つ下の弟が引き受けることになります。父が、今から尻を叩いて何とかしますやろ。もう、しゃあないんでね。まあ、西賀は小さい国ですんで、何とかなりますやろ。私の方が問題です。今からの大国での仕事を思って、すでに胃が痛いです」
「そうか」
緋色がふっと笑う。うん。この人、話しやすい人だ。
竹光や鶴丸のすぐ近くで働くことになる人。近くに、安心できる人が来てくれるんだな。良かったね、鶴丸。
「あちらは、なかなかに魑魅魍魎の蠢く場所じゃ。その弟御、なるべく早う、部隊ごと呼び寄せておくのがよかろう」
「ご助言、ありがとうございます。なるべくそのように取り計らいます」
じいじの言葉に、その人は深々と頭を下げた。今のじいじの言ったこと、全部分かったの? すごいな?
俺、さっきから、詳しく聞きたい言葉がいっぱいあるんだけど、あり過ぎてどれから聞いたらいいのか悩んでる。
よし、とりあえずこれだ。
「じいじ。ちみもうりょうって何?」
「は。風呂屋? ですか?」
バスが出発してすぐ、じいじが一人の人に話しかけた。たくさんの使用人たちの先頭にいた人だ。俺たちの近くの席に座ってくれたから、話しやすかった。
「うむ、安次郎の風呂屋の付近じゃ。我らが、こちらの国に預けるために連れてきた者のうちの一人を連れていた。歩き去る姿がお主によく似ておったような気がしたのじゃが、いや、すまぬ。お主は、こうして、本日、国を出る者たちの責任者であり忙しい。こちらに着いた後に放免された男を連れて、ふらふらと歩いておる時間などある訳もなかったわい」
「ははあ、なるほど。放免された男を連れて……。それは、弟であるかと思われます。私と弟は、背格好は似ていると、よう人に言われますから」
「なるほど、弟か。なるほどな。いや、これはまことに失礼した。突然すまぬ。弟御が連れておった男が、なかなかに厄介な男でな。まあ、隣国の前々領主なのだが、まるで赤子のように聞き分けがない。あれを誰かへ預けるのは、預けた先の負担があまりに大きいと判断した。故に、放免として捨て置いたのじゃが、拾う神がいたのかと驚いてな」
「なるほど。確か、助けを求めてきたら助けてやるようにと、千代さまがお触れを出しておられた件ですね」
「うむ。あれが人に助けを求めることができるとは思えなんだが、流石に、命の際には頭の一つも下げることができたものか。弟御は、それに応えて風呂屋に連れて行ってやったのかもしれぬ。まこと、見事な心掛け。しかし、その後が気の毒じゃ。あれは本当に、縦のものを横にもしない人間じゃからな」
「はは。ずいぶんと迷惑そうな御仁ですね。まあ、弟が引き受けたんなら、その後の心配は不要でございます」
その人は、にっこりと笑う。細い目を更に細くして、にっこり。
「風呂屋で長湯の後、上機嫌で一杯ひっかけてぽっくり、いうのんは冬場にようある事故やと聞きます故」
ん?
「ぽっくり? 事故? 何?」
「例え話だ」
「ふーん……?」
「引き受ける役目の者が引き受けたってことだろ」
「さようでございます」
そっか。
「西賀の家老の跡取りだったな」
緋色が、話している人に向かって聞く。
「は。さようでございます。私は各務家の家老として、西中国へ赴きます」
「なら、その弟が西賀の方を?」
「いえ。あれはもう、違う仕事の責任者になっとりまして。弟の仕事は、そうそう簡単に人に引き継げるもんやないんで、西賀の方の家老は、もう一つ下の弟が引き受けることになります。父が、今から尻を叩いて何とかしますやろ。もう、しゃあないんでね。まあ、西賀は小さい国ですんで、何とかなりますやろ。私の方が問題です。今からの大国での仕事を思って、すでに胃が痛いです」
「そうか」
緋色がふっと笑う。うん。この人、話しやすい人だ。
竹光や鶴丸のすぐ近くで働くことになる人。近くに、安心できる人が来てくれるんだな。良かったね、鶴丸。
「あちらは、なかなかに魑魅魍魎の蠢く場所じゃ。その弟御、なるべく早う、部隊ごと呼び寄せておくのがよかろう」
「ご助言、ありがとうございます。なるべくそのように取り計らいます」
じいじの言葉に、その人は深々と頭を下げた。今のじいじの言ったこと、全部分かったの? すごいな?
俺、さっきから、詳しく聞きたい言葉がいっぱいあるんだけど、あり過ぎてどれから聞いたらいいのか悩んでる。
よし、とりあえずこれだ。
「じいじ。ちみもうりょうって何?」
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