【完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

29 どんな人にも褒める所が……?  成人

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「おやまあ……」

 千代ちよは少し目を見開いて、まじまじと元真中を見た。

「何をしておる、早う、」
「奥さま。私が」

 俺たちから少し離れて立っていた、千代ちよと同じくらいの年齢に見える人が、すっと元真中に近寄った。ああ。千代ちよの護衛か。
 ずっと千代ちよに話しかけていたのに違う人が目の前に来て、元真中は少しだけびくっとした。でも、手を差し出されて、迷いなくその手を取った。
 いや、なんで?
 ちょっとは警戒……。
 だんっ。

「ぎゃっ!」

 ほら、ひっくり返されたじゃん。あれだ。玉鶴たまつるのやつ。手を持った、と思ったらひっくり返されてるやつだよ。
 そうなると思ったんだ。
 なんで分かんないのかなあ、元真中。
 音もなく目の前に立った時に分かるでしょ。もし、気配が分からないんだとしてもさ。ここ、西賀さいかだよ。強そうに見えなくても強い人がいる国だよ。そんな所で強そうに見えたら、それはもう強いじゃん。

「無礼者。このお方をどなたと心得る。国主の奥方様にあられるぞ。控えい」

 おお、格好良い。

「ぐ、くく……。お、お前たちこそ、わしを、誰と……」
「名字なしの平民だよ。平民として、ちゃんとして?」

 何度言えば分かるのかな? 俺がそれを元真中に告げたのは、弐角にかくの結婚式の時だから二ヶ月前。その時から知らん顔して、ついこの間に再会してからずっと言っているのも知らん顔して、以前のように扱ってもらえないことを怒っている。もう決まったことで、この先ずっと変わることのない事実なのに、分かってくれないんだ。
 一歳の亀吉かめきちでも二歳の末良すえよしでも、礼の仕方を教えたらちゃんとやるのに。説明したら、分かる範囲でちゃんと聞くのに。
 あれか。勉強の苦手な人ってやつか。青葉あおばが言っていた。世の中には色んな人がいて、どうしても勉強の苦手な人、もの覚えの良くない人がいるんですよ、って。そういう人には、何度でも繰り返し教えてあげないといけないんです。あまりもの覚えの良くない人はお城で働いたりできませんから、なるちゃんが出会う機会は少ないかもしれないけれども、そういう人が居るんだってことを覚えておいてね、って。
 学校に通っていれば、たくさんの子どもが集まるから色んな特性を持つ色んな子に出会うことができる。でも、学校に通ったことのない俺は知らない。だから、青葉あおばは教えてくれた。そういう子も、運動が得意だったり手先が器用だったりして褒める所はたくさんあるんですよ。とても人に親切だったり、ご飯を美味しそうに食べたりするのでもいい、とにかく何かしら褒める所はあるものです、って。
 …………。
 あるかな、元真中の褒めるとこ。
 ……ないな。どうしよ。

成人なるひと殿下のお言葉を聞いてなお下げれん頭など、ちょいと落としてしまいましょか?」

 千代ちよが、すっと目を細めて元真中を睨んだ。

「それとも、身分が下の者に無礼な真似をされたと其方そなたが感じた時に其方そなたがしとった振る舞いを教えてもろて、その通りに振る舞いましょか?」

 ああ。いいな、それ。
 
 
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