1,238 / 1,321
第十章 されど幸せな日々
29 どんな人にも褒める所が……? 成人
しおりを挟む
「おやまあ……」
千代は少し目を見開いて、まじまじと元真中を見た。
「何をしておる、早う、」
「奥さま。私が」
俺たちから少し離れて立っていた、千代と同じくらいの年齢に見える人が、すっと元真中に近寄った。ああ。千代の護衛か。
ずっと千代に話しかけていたのに違う人が目の前に来て、元真中は少しだけびくっとした。でも、手を差し出されて、迷いなくその手を取った。
いや、なんで?
ちょっとは警戒……。
だんっ。
「ぎゃっ!」
ほら、ひっくり返されたじゃん。あれだ。玉鶴のやつ。手を持った、と思ったらひっくり返されてるやつだよ。
そうなると思ったんだ。
なんで分かんないのかなあ、元真中。
音もなく目の前に立った時に分かるでしょ。もし、気配が分からないんだとしてもさ。ここ、西賀だよ。強そうに見えなくても強い人がいる国だよ。そんな所で強そうに見えたら、それはもう強いじゃん。
「無礼者。このお方をどなたと心得る。国主の奥方様にあられるぞ。控えい」
おお、格好良い。
「ぐ、くく……。お、お前たちこそ、わしを、誰と……」
「名字なしの平民だよ。平民として、ちゃんとして?」
何度言えば分かるのかな? 俺がそれを元真中に告げたのは、弐角の結婚式の時だから二ヶ月前。その時から知らん顔して、ついこの間に再会してからずっと言っているのも知らん顔して、以前のように扱ってもらえないことを怒っている。もう決まったことで、この先ずっと変わることのない事実なのに、分かってくれないんだ。
一歳の亀吉でも二歳の末良でも、礼の仕方を教えたらちゃんとやるのに。説明したら、分かる範囲でちゃんと聞くのに。
あれか。勉強の苦手な人ってやつか。青葉が言っていた。世の中には色んな人がいて、どうしても勉強の苦手な人、もの覚えの良くない人がいるんですよ、って。そういう人には、何度でも繰り返し教えてあげないといけないんです。あまりもの覚えの良くない人はお城で働いたりできませんから、なるちゃんが出会う機会は少ないかもしれないけれども、そういう人が居るんだってことを覚えておいてね、って。
学校に通っていれば、たくさんの子どもが集まるから色んな特性を持つ色んな子に出会うことができる。でも、学校に通ったことのない俺は知らない。だから、青葉は教えてくれた。そういう子も、運動が得意だったり手先が器用だったりして褒める所はたくさんあるんですよ。とても人に親切だったり、ご飯を美味しそうに食べたりするのでもいい、とにかく何かしら褒める所はあるものです、って。
…………。
あるかな、元真中の褒めるとこ。
……ないな。どうしよ。
「成人殿下のお言葉を聞いてなお下げれん頭など、ちょいと落としてしまいましょか?」
千代が、すっと目を細めて元真中を睨んだ。
「それとも、身分が下の者に無礼な真似をされたと其方が感じた時に其方がしとった振る舞いを教えてもろて、その通りに振る舞いましょか?」
ああ。いいな、それ。
千代は少し目を見開いて、まじまじと元真中を見た。
「何をしておる、早う、」
「奥さま。私が」
俺たちから少し離れて立っていた、千代と同じくらいの年齢に見える人が、すっと元真中に近寄った。ああ。千代の護衛か。
ずっと千代に話しかけていたのに違う人が目の前に来て、元真中は少しだけびくっとした。でも、手を差し出されて、迷いなくその手を取った。
いや、なんで?
ちょっとは警戒……。
だんっ。
「ぎゃっ!」
ほら、ひっくり返されたじゃん。あれだ。玉鶴のやつ。手を持った、と思ったらひっくり返されてるやつだよ。
そうなると思ったんだ。
なんで分かんないのかなあ、元真中。
音もなく目の前に立った時に分かるでしょ。もし、気配が分からないんだとしてもさ。ここ、西賀だよ。強そうに見えなくても強い人がいる国だよ。そんな所で強そうに見えたら、それはもう強いじゃん。
「無礼者。このお方をどなたと心得る。国主の奥方様にあられるぞ。控えい」
おお、格好良い。
「ぐ、くく……。お、お前たちこそ、わしを、誰と……」
「名字なしの平民だよ。平民として、ちゃんとして?」
何度言えば分かるのかな? 俺がそれを元真中に告げたのは、弐角の結婚式の時だから二ヶ月前。その時から知らん顔して、ついこの間に再会してからずっと言っているのも知らん顔して、以前のように扱ってもらえないことを怒っている。もう決まったことで、この先ずっと変わることのない事実なのに、分かってくれないんだ。
一歳の亀吉でも二歳の末良でも、礼の仕方を教えたらちゃんとやるのに。説明したら、分かる範囲でちゃんと聞くのに。
あれか。勉強の苦手な人ってやつか。青葉が言っていた。世の中には色んな人がいて、どうしても勉強の苦手な人、もの覚えの良くない人がいるんですよ、って。そういう人には、何度でも繰り返し教えてあげないといけないんです。あまりもの覚えの良くない人はお城で働いたりできませんから、なるちゃんが出会う機会は少ないかもしれないけれども、そういう人が居るんだってことを覚えておいてね、って。
学校に通っていれば、たくさんの子どもが集まるから色んな特性を持つ色んな子に出会うことができる。でも、学校に通ったことのない俺は知らない。だから、青葉は教えてくれた。そういう子も、運動が得意だったり手先が器用だったりして褒める所はたくさんあるんですよ。とても人に親切だったり、ご飯を美味しそうに食べたりするのでもいい、とにかく何かしら褒める所はあるものです、って。
…………。
あるかな、元真中の褒めるとこ。
……ないな。どうしよ。
「成人殿下のお言葉を聞いてなお下げれん頭など、ちょいと落としてしまいましょか?」
千代が、すっと目を細めて元真中を睨んだ。
「それとも、身分が下の者に無礼な真似をされたと其方が感じた時に其方がしとった振る舞いを教えてもろて、その通りに振る舞いましょか?」
ああ。いいな、それ。
1,406
お気に入りに追加
5,000
あなたにおすすめの小説
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
追放されたボク、もう怒りました…
猫いちご
BL
頑張って働いた。
5歳の時、聖女とか言われて神殿に無理矢理入れられて…早8年。虐められても、たくさんの暴力・暴言に耐えて大人しく従っていた。
でもある日…突然追放された。
いつも通り祈っていたボクに、
「新しい聖女を我々は手に入れた!」
「無能なお前はもう要らん! 今すぐ出ていけ!!」
と言ってきた。もう嫌だ。
そんなボク、リオが追放されてタラシスキルで周り(主にレオナード)を翻弄しながら冒険して行く話です。
世界観は魔法あり、魔物あり、精霊ありな感じです!
主人公は最初不遇です。
更新は不定期です。(*- -)(*_ _)ペコリ
誤字・脱字報告お願いします!
【完】ちょっと前まで可愛い後輩だったじゃん!!
福の島
BL
家族で異世界転生して早5年、なんか巡り人とか言う大層な役目を貰った俺たち家族だったけど、2人の姉兄はそれぞれ旦那とお幸せらしい。
まぁ、俺と言えば王様の進めに従って貴族学校に通っていた。
優しい先輩に慕ってくれる可愛い後輩…まぁ順風満帆…ってやつ…
だったなぁ…この前までは。
結婚を前提に…なんて…急すぎるだろ!!なんでアイツ…よりによって俺に…!??
前作短編『ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活』に登場する優馬の続編です。
今作だけでも楽しめるように書きますが、こちらもよろしくお願いします。
【完結】狼獣人が俺を離してくれません。
福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。
俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。
今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。
…どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった…
訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者
NLカプ含む脇カプもあります。
人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。
このお話の獣人は人に近い方の獣人です。
全体的にフワッとしています。
【完結】塔の悪魔の花嫁
かずえ
BL
国の都の外れの塔には悪魔が封じられていて、王族の血筋の生贄を望んだ。王族の娘を1人、塔に住まわすこと。それは、四百年も続くイズモ王国の決まり事。期限は無い。すぐに出ても良いし、ずっと住んでも良い。必ず一人、悪魔の話し相手がいれば。
時の王妃は娘を差し出すことを拒み、王の側妃が生んだ子を女装させて塔へ放り込んだ。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
公爵様のプロポーズが何で俺?!
雪那 由多
BL
近衛隊隊長のバスクアル・フォン・ベルトランにバラを差し出されて結婚前提のプロポーズされた俺フラン・フライレですが、何で初対面でプロポーズされなくてはいけないのか誰か是非教えてください!
話しを聞かないベルトラン公爵閣下と天涯孤独のフランによる回避不可のプロポーズを生暖かく距離を取って見守る職場の人達を巻き込みながら
「公爵なら公爵らしく妻を娶って子作りに励みなさい!」
「そんな物他所で産ませて連れてくる!
子作りが義務なら俺は愛しい妻を手に入れるんだ!」
「あんたどれだけ自分勝手なんだ!!!」
恋愛初心者で何とも低次元な主張をする公爵様に振りまわされるフランだが付き合えばそれなりに楽しいしそのうち意識もする……のだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる