【完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

18 西賀国の森の中  成人

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 揺れが止まって目が覚めた。
 寝ちゃってたらしい。緋色ひいろにもたれて、幸せな時間。

「着いた?」
「いや、まだだ」

 俺は、寝起きに長くぼんやりしたりしない。すぐに身を起こして窓の外を見ると、森の中だった。西賀さいか国と西中さいちゅう国の境の森の中。大きな車が通れる道は一本だけ。車同士のすれ違いもできないその一本だけの道が、トラックに塞がれて通れなくなっている。

「ちょっと見てきます」

 バスを停めた常陸丸ひたちまるが運転席から立ち上がって、扉を開けて出て行こうとした。扉を開けると、葉ずれの音と人の声がはっきりと聞こえた。

「若、進路に立ったらあかん!」
「分かっとる!」
「そっちや! 姫! いったで!」
「まかせえ!」

 ひゅんっと、何かが空を切る音がした。

「当たった!」
「姫、お見事!」
「あかん! 止まらん!」
「若!」
「いける!」

 戦闘中だ。
 子どもの声も聞こえる。

「ああ待て、常陸丸ひたちまる。わしが行こう。わしは、こんな大きな車は運転できん。いざという時の為に、お前が車から離れん方がいい」
「あ、はい」

 あ、じいじはバスは運転できないのか。車よりだいぶ大きいもんな、バス。バスも運転できる常陸丸ひたちまるは、本当にすごい。

「俺も外で見たい」
「却下」
「むー」

 駄目かあ。
 獣は動きの予測が難しいから仕方ないか。相手の動きが見えても、俺の体は思い通りに動いてくれないし。
 窓から見える位置に来てくれないかな。獣狩り、見たい。
 じいじは、すごい速さで音のする方へ走っていった。筋肉で重そうに見えるのに、ちゃんと速さもあるんだよな。やっぱりすごいな、じいじ。
 どおんっ、と扉を閉めていても聞こえる大きな音がした。

「ひぃっ」

 元真中や、その前に座っている人たちの何人かから悲鳴が漏れた。皆、青い顔で震えている。なかなか聞き慣れないような音だったな。危機感を煽るような声と音。
 獣が、木に衝突した音だよな。すごい勢いでぶつかった気がする。
 少しして、わあっと歓声が聞こえた。
 お。倒した。
 すごい! 
 見たかった……。
 少し待っていたら、じいじが子どもを二人と大人を一人連れてバスに戻ってきた。

「おお、なんやこれ。乗り物?」
「これは、バスと言うものじゃ」
「へええ。ばす」
「へええ、ばす」

 子ども二人は、きょろきょろとしながら、じいじの後からバスに乗り込んできた。ついてきた大人は、バスの外で待つみたいだ。乗り込んできた二人は、灯可とうかより少し大きかった。でも、まだ大人じゃない。

「殿下。猪が暴れとったらしいです」
「そうか」

 猪! 仕留めたのか。すごい。

「こんにちは」

 俺が座席から立ち上がって挨拶をしたら、二人はばっと包拳礼をした。

「「緋色ひいろ殿下と成人なるひと殿下にご挨拶申し上げます」」

 少し高い声が揃って言う。

各務かがみ千寿せんじゅです」
各務かがみ寿々丸すずまるです」

 竹光たけみつの弟の、梅光うめみつの子どもたちだ。少し前、西賀さいか国を出る前に挨拶をしたから覚えてるよ。
 
「猪倒したの、すごい」

 俺が言うと、寿々丸すずまるがぱって顔を上げた。にこにこだった。

「こら、寿々丸すずまる。頭!」

 千寿せんじゅが頭を下げたまま、寿々丸すずまるに言った。

「あ、もういいよ。ご挨拶受けたよ」

 頭を下げてちゃ話しにくい。最初にちゃんとできたら、もういいんだよ。

「ありがとうございます。間に合うて良かったです」

 千寿も、にこって笑って顔を上げた。

「ん?」
 
 間に合った?

「今朝、殿下方の通り道の方に下りてきとるんがおるって報告があって、車に突進しよったら大変やからと駆けつけたんです」
「へえ」
「猪は、車に突進してくるのか」

 じいじも知らなかったみたいで、俺が思ってたことと同じことを二人に聞いた。

「「してくるんです」」

 二人の声が揃った。
 可愛い。

 
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