【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

110  そういうお仕事  成人

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 きらきらの着物の人の言葉に、真中だった人が顔を上げた。

「そんな殺生な、あざみ……」
「うるさい、はげ」

 きらきらの着物の人は、ぼそっと呟いた。それから、はっとして口に手を当てて、んんと言ってから背筋を伸ばした。

「え……?」

 真中だった人が、ぽかんと口を開けた。

「そこの方、名字無しになったいうことですけど、うちの退職金は、ちゃあんと頂けるんですやろな?」
「た、退職金……?」
「ええ。退職金です。永久就職や思とったら、こんな途中で放り出されて、えらい迷惑やないですか。退職金くらい弾んでもらわんと、割に合いません」
「え? は? お前、つい今朝方まで枕元で、好きや、ずっと一緒におろ、言うて」
「この城で、今までみたいに好きなもん買うて、好きなもん食べさせてくれるんなら、そうさせてくれるお人は好きですよ。髪の毛が無かろうが、阿呆みたいに肥えてようが少々我慢します。けど、城におられん、お金も無い、そんな人に媚び売ったかて一円にもなりゃしません。この仕事も終いや。中途半端に歳食ってからとか、ほんま、腹の立つ。まあ、けど……」
「……」

 真中だった人は、口を開いたけど何も言わずに閉じた。

「離縁してもろたら、新しい領主さまの元に嫁げます。……新しい領主さまはどちらのお方やろか」

 きらきらの着物の人は、口の端を上げて玉鶴たまつるを見た。

「若い方が、新しい領主さまのお役に立てるんちゃいますか」

 それから、俺たちの後ろへ視線をずらして、ぱっと明るい顔になった。

「うわあ、最高や。どの方が領主でも、今より何倍もええ思いができそうやないの」

 小さい声で呟いても、俺と玉鶴たまつるには聞こえてるよ。
 伴侶、なんだよね? 真中だった人の。伴侶って、結婚した相手で、結婚って、一番好きな人と、この先の人生を共に過ごす誓いで……。何か、うん。この人、真中だった人の伴侶じゃなくない?

「名は、あざみ、でよいか?」
「……」

 玉鶴たまつるに、あざみって呼ばれたきらきらの着物の人は、それまで勝手にたくさんしゃべってたのに、今お返事をしなかった。名前を呼ばれたら、返事をするものなんだけどな。末良すえよし亀吉かめきちみたいに小さくても、名前を呼んだら、はいって言うよ? 手も上げて、とても上手に返事をしてくれる。もし、名前を間違ってるなら、間違ってるって言ってくれないと困る。間違えてるから返事しないって言われても、教えてくれないといつまでも正しい名前で呼べないからね。
 黙ってるのが一番駄目だよ。

「ふむ」

 玉鶴たまつるが一歩前に出る。

「この行儀では、孫の教育にもよろしうない。あんたは問答無用で解雇やなあ」
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