【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

98 分かってしまった  成人

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 ちょうどよく、お茶とお菓子が乗った小さな盆を持った使用人が何人も廊下にやってきた。

「あの人たちにあげて」

 緋色ひいろと俺の前にお茶とお菓子が乗った盆を置こうとする使用人に、前を指差して指示を出す。

「は?」

 このお城の人は、使用人も動きが遅いのか。反応が遅い主人を持つと、使用人もそうなってしまうのかな。そんな主人を持つ屋敷やお城で過ごした事ないから知らなかった。覚えておこう。……あんまり、そんな主人のいるおうちに遊びに行きたくはないんだけど。
 自分で運んだ方が早そうだから立ち上がった。目の前に膝をついていた使用人の女の人が震え始める。ええ? 何も、怖い圧を出してる訳じゃないのにな。立ち上がっただけだよ? 俺、戦う時は、気配とか全部消そうとするし、いつもの時も圧とか全然出さないから怖くないはず。出そうと思っても殺気とか、あんまり出ないんじゃないかなあ。やった事ないけど。俺は怖くないよ。俺はね。まあ、放っといていいか。
 小さな盆を手にして、声が掠れてた賊の前に立った。あ、いや、賊じゃなかったな。でも、西中さいちゅう国の兵でもないっても言っていた。じゃあこの人たちは何だろ。罪人かな。罪を犯したのだから、罪人って呼べばいいのかな。

「な、にを」

 正一郎が言う。その顔を見て思い出した。

「毒見……」

 した方がいいよね。どうしよっか。
 罪人の近くに立ったままだった力丸りきまるが、ひょいと盆を俺から取って、正一郎に差し出した。

「ひと口飲んでください」
「は?」
「茶を、ひと口飲んで戻してください。菓子もひと口どうぞ」
「な、な、なんで……」
「信用してないからです」

 たぶん、村次むらつぐが厨房に入り込んでるから大丈夫だろうけど、一応ね。これだけたくさんだと、流石に全部は調べられないかもしれない。運ぶ人もたくさんだから、一ノ瀬や九鬼の影たちが見逃していることもあるかもしれない。
 最終確認、大事。
 俺たちはもともと、このお城で出される食べ物や飲み物を口にする気は無かったんだけどさ。後で街で美味しいもの食べよう、って緋色ひいろも、竹光たけみつ玉鶴たまつるも言っていた。この国は、美味しい食べ物がたくさんあるらしいから、すごく楽しみだ。

「口にできないなら、そういう事だと判断しますが?」
「あ、阿呆な……。ほな、誰か、」

 正一郎は、並ぶ家臣を振り返る。違う違う。

「正一郎がして」
「は?」
「正一郎が毒見して」
「わ、私?」

 本当にもうっ。動きが遅いんだってば。

「わ、私は! この国に無くてはならぬ……」
「え? 何か入ってるの?」
「あ、いえ」
「じゃ、早く」
「入っておらんのやから、必要は……」

 それを決めるのは、正一郎じゃない。

「命令」
「この城で、私に命令……」
「あの。頂きます」

 罪人が掠れた声を上げた。喉乾いてるよね。目の前でごめん。喉が乾くのは本当に辛い。知ってる。

「そう?」
「事あらば、それまで」
「ん」

 その人は、少し湯気の立っている湯呑みを掴んで一気に飲んだ。ふうっと息を吐いている。もう一人の罪人が、ごくりと喉を鳴らした。

「この人にも。おかわりも」

 二人は何杯もお茶を飲んで菓子も食べた。何も無くて良かったけど、これで分かってしまった。
 緋色ひいろとの約束、守ってないじゃん。

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