【完結】人形と皇子

第九章 礼儀を知る人知らない人

95 言うことを聞かない 成人

「面おもてを上げよ。西賀さいか国よりの訴え、しかと聞き届けた。西国同士で侵略行為があったとなれば捨ておけん。駆け付けるんは当然のことや」
「はっ。誠にありがたく存じ……」
「侵略行為などと、根も葉もないことを！　西中さいちゅう国が西賀さいか国なんぞに攻め込む理由があるかいな！」
「控えよ、真中まなか正一郎しょういちろう」

　壱鷹いちたかの声は、大きくないのにお腹に響いた。

「其方そなたに、話す許可は与えておらん」
「なっ……、あ、いえ」

　正一郎は、後ろの人に止められて、むっと口を閉じた。
　西賀さいか国の人たちは、真ん中を空けて広間の端に移動し、竹光たけみつを先頭に並んで座り直した。正一郎たちはその様子を見て、むっとしたまま反対側に向かいあわせで座った。正一郎、頭を下げなかったな。壱鷹いちたかへの挨拶は、もう終わっていたのかな。
  
「ほれ、お主らも早う中へ入れ」
「ぶ、無礼な」
「護衛ごときが偉そうに……」
「確かに、本日は護衛として同行しておる。が、隠居したりとはいえ皇国九条の元当主。西国の家臣ごときに下げる頭は持っとらん。中へ入らぬのなら、この場から早う去るがいい。目につかぬ場所で息を潜めておれ」
「ひっ」

　廊下からじいじの声が聞こえて、まだ広間に入っていなかった正装の人たちが慌てて中へ入ってきた。正一郎を先頭にした列の後ろにどんどん座っていく。結構たくさんいる。まあ、西中さいちゅう国の城なんだから当たり前か。でも、多すぎじゃない？　西賀さいか国と数を合わせればいいのに。
　そして、誰も壱鷹いちたかに挨拶をしないんだな。壱鷹いちたかが城に着いた時に挨拶が終わってるんだとしても、ちょっと頭を下げるとかしたらいいのに。俺ならするけどなあ。ぺこって頭下げるだけで、どっちもいい感じになったりしない？　分かんないけど。
　
「さて。前置きはもうええな？　事件のあらましは聞いとる。西中さいちゅう国領主、真中まなか正一郎しょういちろう。西賀さいか国を荒らした兵と、指示を出しておったいう者もんを皆、この場へ引き出せ」
「連れて来い」
「はっ」

　列の端にいた人が立ち上がって、隣の部屋に繋がる襖を開けた。正一郎は、壱鷹いちたかにお返事もしないんだな。
　空いてる真ん中の場所に連れて来られた兵は、二人だった。ぐるぐると縄で縛られて痛そう。ぎゅうぎゅうとひたすら力一杯縄で縛ってる。下手くそだ。拘束は、力を入れて締め付けるばかりでは、ちょっとしたことで解けやすかったりする。縛られてる人は痛いし最悪。上手くやれば、痛くないように解けにくいように縛れるのになあ。

「皆、と言うたはずやが？」
「こんな得体の知れん荒くれ者らを、緋色ひいろ殿下もいらっしゃるようなとこにぎょうさん連れてくるなんて、危のうてしゃあない。話を聞くなら二人もおったら充分です」

　正一郎は、壱鷹いちたかの方を向きもせずに答えた。

「はっ。俺？」

　緋色ひいろが、低い声で言った。正一郎の肩がびくりと震える。

「随分と舐められたもんだな。得体の知れない荒くれ者に、この俺が後おくれを取ると、西中さいちゅう国領主はそう言いたい訳か」
「と、と、と、とんでもございません。ただ、私は、殿下に危険の及ばぬように、と」

　正一郎は、慌てて正面を向いて平伏した。正一郎、緋色ひいろにはすぐ頭を下げるんだねえ。

「俺を危険に晒したいなら、この城の全戦力でかかって来い」

　緋色ひいろは、正一郎を睨んで宣言する。

「それでも、負けはせんがな」