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第九章 礼儀を知る人知らない人
66 いらないもの 成人
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時計屋から出た水瀬が、隣の店の前で足を止めた。ここも入る? 何屋さん?
「あ。ええっと、成人さまはこの後はどうされますか?」
「ん?」
「時計屋での用は済んだのですが、その……」
あ。俺の用は何もないよ。時計屋に来てみたかっただけ。水瀬がデパートをうろうろするなら、全部ついていきたい。楽しい。
「このお店も一緒に行く」
「あ、いや。この店に入ると決めた訳ではなく」
「俺が入りたいから入ろ」
「え?」
「見たい」
「あ、ええっと。では、入りますか」
「うん」
ここにも、時計屋と同じようなガラスケースがあった。時計屋より、たくさんのガラスケースがあった。店の中はガラスケースだらけだ。時計屋のガラスケースの中には、小さくて値段の高い品が入ってた。つまり、小さくて値段の高い品がたくさんある店ってことか。
普通に棚も置いてあって、手に取れる場所にも鎖や小さな飾りが並んでいる。広末や壱臣が指輪を首からぶら下げてる鎖に似たもの。指輪もある。小さいのはピアス。俺の左耳にずっとついていたから知っている。緋色に会うまでずっと、当たり前のように左耳にあった。帝国ではもともとは、親が子どもの幸せを願って贈るものだったらしい。斎に聞くまで知らなかった。俺は、帝国のことをあんまり知らない。今住んでいる皇国のことの方が、きっとよく知っている。勉強もしてるし。
左腕と一緒に吹っ飛んで無くなった俺のピアスは、国からの命令を受けるための受信機だった。いつからか、子どもの幸せを願う物じゃなくなっていたのですね、と斎は、ピアスの穴の跡がある左耳を触りながら言ったことがある。ピアスを外したままでいる斎のピアスの穴は、いつの間にか塞がっていった。俺は、耳たぶが欠けているから跡も何もない。俺たちは、ピアスはもういらない。
「どのような品をお探しですか?」
ガラスケースを覗いていた水瀬に店員が聞く。制服の人が二人いるから、どちらが店主か分からない。
「……決まったら声を掛けます」
「畏まりました」
「指輪?」
水瀬が覗いているガラスケースの中には、値段の高い指輪が並んでいる。
「もらったんです。先月」
「そう」
「ずっと共にいて欲しい、と言われました」
「うん」
政巳は水瀬が一番好き。ずっとお揃いの時計をつけているんだから、水瀬も政巳が好き。
知ってる。
「私は……先のことなど考えてもいなかったから驚いてしまって」
「そう?」
「私たちは離宮暮らしです。ひとつ屋根の下で暮らして、共に仕事をして、共に食事をして、たまに二人で出かけて」
「うん」
「満足していました」
「うん」
とっくに家族だ。
「改めて言われて、この先のことを思うと、考えてしまって」
「何を?」
今まで通りがいいなら、一緒の部屋でなくてもいいよ? 伴侶は同じ部屋で暮らすって決まってる訳じゃないでしょ? 雫石母さまは、母さまだけの部屋を持っている。俺も、緋色の部屋の中に俺だけの部屋がある。
「子ども……ができたら仕事ができないなと、思ったんです」
それは、そうかも。
「あ。ええっと、成人さまはこの後はどうされますか?」
「ん?」
「時計屋での用は済んだのですが、その……」
あ。俺の用は何もないよ。時計屋に来てみたかっただけ。水瀬がデパートをうろうろするなら、全部ついていきたい。楽しい。
「このお店も一緒に行く」
「あ、いや。この店に入ると決めた訳ではなく」
「俺が入りたいから入ろ」
「え?」
「見たい」
「あ、ええっと。では、入りますか」
「うん」
ここにも、時計屋と同じようなガラスケースがあった。時計屋より、たくさんのガラスケースがあった。店の中はガラスケースだらけだ。時計屋のガラスケースの中には、小さくて値段の高い品が入ってた。つまり、小さくて値段の高い品がたくさんある店ってことか。
普通に棚も置いてあって、手に取れる場所にも鎖や小さな飾りが並んでいる。広末や壱臣が指輪を首からぶら下げてる鎖に似たもの。指輪もある。小さいのはピアス。俺の左耳にずっとついていたから知っている。緋色に会うまでずっと、当たり前のように左耳にあった。帝国ではもともとは、親が子どもの幸せを願って贈るものだったらしい。斎に聞くまで知らなかった。俺は、帝国のことをあんまり知らない。今住んでいる皇国のことの方が、きっとよく知っている。勉強もしてるし。
左腕と一緒に吹っ飛んで無くなった俺のピアスは、国からの命令を受けるための受信機だった。いつからか、子どもの幸せを願う物じゃなくなっていたのですね、と斎は、ピアスの穴の跡がある左耳を触りながら言ったことがある。ピアスを外したままでいる斎のピアスの穴は、いつの間にか塞がっていった。俺は、耳たぶが欠けているから跡も何もない。俺たちは、ピアスはもういらない。
「どのような品をお探しですか?」
ガラスケースを覗いていた水瀬に店員が聞く。制服の人が二人いるから、どちらが店主か分からない。
「……決まったら声を掛けます」
「畏まりました」
「指輪?」
水瀬が覗いているガラスケースの中には、値段の高い指輪が並んでいる。
「もらったんです。先月」
「そう」
「ずっと共にいて欲しい、と言われました」
「うん」
政巳は水瀬が一番好き。ずっとお揃いの時計をつけているんだから、水瀬も政巳が好き。
知ってる。
「私は……先のことなど考えてもいなかったから驚いてしまって」
「そう?」
「私たちは離宮暮らしです。ひとつ屋根の下で暮らして、共に仕事をして、共に食事をして、たまに二人で出かけて」
「うん」
「満足していました」
「うん」
とっくに家族だ。
「改めて言われて、この先のことを思うと、考えてしまって」
「何を?」
今まで通りがいいなら、一緒の部屋でなくてもいいよ? 伴侶は同じ部屋で暮らすって決まってる訳じゃないでしょ? 雫石母さまは、母さまだけの部屋を持っている。俺も、緋色の部屋の中に俺だけの部屋がある。
「子ども……ができたら仕事ができないなと、思ったんです」
それは、そうかも。
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