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第八章 郷に入っては郷に従え
163 気付き 源之進
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「あー。お味噌汁にお花の人参入ってる」
成人殿下が歓声を上げて、味噌汁から具の人参をひとつ摘み上げた。
具のひとつひとつをよう見て喜んでくれはるのは嬉しいんやけど気が散っとるな、成人殿下。この様子やと、あまりあちこちの料理に飾り切りを入れるんは良うないかもしれん。お腹が空いたと言うてはったわりに、食事の手が進んどらん。
子どもん時の臣もそうやったな。えらい喜んでしもて、食べるんに時間がかかっとった。俺の飾り切りも、まだ拙い見よう見まねのもんやったけど、大喜びやった。ちゃっちゃと食え、言うて叱ったり、集中して食べれる様に、椀の中に一個だけ飾り切りを隠して入れてたこともあったな。
「ん? 花?」
緋色殿下は、成人殿下の声を聞いた時にはもう、ご自分の味噌汁は飲み干してらしたようや。本当だな、と成人殿下の椀をのぞいて仰っている。熱いお茶をぐうっと飲んで、味噌汁も熱いうちにぐいっと飲んで、丼もがつがつと食べ始められた。
ん? 丼?
「なあ、臣。殿下方も、まるきり同じメニューなんか?」
こそり、と聞けば、食後のお茶を淹れ直してのんびりとすすっていた臣が、うん、そやけど?と当たり前のように言うた。九鬼の城で長年勤めたが、丼が出されるのは一番下っ端の食事でしか見たことがない。身分の高い方々の食卓に一品ものの丼とは、何とも見栄えが悪い。行儀良く食すのも難しい。臣に、下っ端用のかさ増し料理しか教えることができんかった弊害が出とるんか。少々責任を感じる。殿下方も、何ぞ文句は言わはらへんのやろか。
皆ここで食べる、と食堂を案内され、皆ここで入る、と風呂を案内されたけど、まさかその皆の中に殿下方も含まれとるとは、これっぽっちも思っとらんかった。共に住んどる好きな人は家族なんやと成人殿下が言うてはったが、比喩的な表現やなかったんか。
「ええんか、それで」
「なんであかんの?」
臣にけろりとそう言われたら、あかんことは何もないように思えてしまう。むしろええことしかない。分けて作らんでもええから、手間も食材の無駄も省けるし、洗いものかて減る。豪華で量の多いご馳走を朝昼晩毎日食べることを考えたら、自分ならちと胸やけしそうや。そう言うたら、身分の高い方々はあんまり長生きではない? いや、まあそれは偏見か。
「成人。ご飯、食ベてますか?」
また食堂の戸が開いて、人が入ってきた。細身の男だ。ここの者は、本当に殿下方相手にも遠慮がない。
「生松、おそよう。食べてる」
「良かった。おそようって、遅いからですか? 言い得て妙ですね。殿下、おそようございます」
「あは。あはは」
うん? おそようの挨拶が広まってしもたで。ええんか、これ。
臣、めっちゃ笑とるな。おかしなことを思い付くもんや。お前、そんなん言うて大笑いするような子やったんか。知らんかった……。
臣のあまりの大笑いに首を傾げた東那に、臣はゆっくりと大きな口を開けて、おそようの挨拶の話を説明している。この子は、耳が聞こえにくい言うてたな。音で焼き加減や揚げ加減を聞き分けることもある料理人には向いとらんと思うんやけど、誰もそんなこと言わんのやな。できることをやればええ、て感じで、自然に受け入れとる。
そうか。
臣のことも、そんな感じで……。
「はいはい、おそよう。ちゃんと食ってるから、もういいだろ」
「元気そうですから、まあ、今日のところは。ですが今後は、おそようは使わなくてすむ時間に起きてくださいね」
「あー、はいはい」
臣、おそようはあかんらしいで、と小声で言えば、臣はますます笑い転げた。
幸せそうな臣の顔に、一日も経たず悟った。
臣は、殿の元へは帰らんのやろな。
成人殿下が歓声を上げて、味噌汁から具の人参をひとつ摘み上げた。
具のひとつひとつをよう見て喜んでくれはるのは嬉しいんやけど気が散っとるな、成人殿下。この様子やと、あまりあちこちの料理に飾り切りを入れるんは良うないかもしれん。お腹が空いたと言うてはったわりに、食事の手が進んどらん。
子どもん時の臣もそうやったな。えらい喜んでしもて、食べるんに時間がかかっとった。俺の飾り切りも、まだ拙い見よう見まねのもんやったけど、大喜びやった。ちゃっちゃと食え、言うて叱ったり、集中して食べれる様に、椀の中に一個だけ飾り切りを隠して入れてたこともあったな。
「ん? 花?」
緋色殿下は、成人殿下の声を聞いた時にはもう、ご自分の味噌汁は飲み干してらしたようや。本当だな、と成人殿下の椀をのぞいて仰っている。熱いお茶をぐうっと飲んで、味噌汁も熱いうちにぐいっと飲んで、丼もがつがつと食べ始められた。
ん? 丼?
「なあ、臣。殿下方も、まるきり同じメニューなんか?」
こそり、と聞けば、食後のお茶を淹れ直してのんびりとすすっていた臣が、うん、そやけど?と当たり前のように言うた。九鬼の城で長年勤めたが、丼が出されるのは一番下っ端の食事でしか見たことがない。身分の高い方々の食卓に一品ものの丼とは、何とも見栄えが悪い。行儀良く食すのも難しい。臣に、下っ端用のかさ増し料理しか教えることができんかった弊害が出とるんか。少々責任を感じる。殿下方も、何ぞ文句は言わはらへんのやろか。
皆ここで食べる、と食堂を案内され、皆ここで入る、と風呂を案内されたけど、まさかその皆の中に殿下方も含まれとるとは、これっぽっちも思っとらんかった。共に住んどる好きな人は家族なんやと成人殿下が言うてはったが、比喩的な表現やなかったんか。
「ええんか、それで」
「なんであかんの?」
臣にけろりとそう言われたら、あかんことは何もないように思えてしまう。むしろええことしかない。分けて作らんでもええから、手間も食材の無駄も省けるし、洗いものかて減る。豪華で量の多いご馳走を朝昼晩毎日食べることを考えたら、自分ならちと胸やけしそうや。そう言うたら、身分の高い方々はあんまり長生きではない? いや、まあそれは偏見か。
「成人。ご飯、食ベてますか?」
また食堂の戸が開いて、人が入ってきた。細身の男だ。ここの者は、本当に殿下方相手にも遠慮がない。
「生松、おそよう。食べてる」
「良かった。おそようって、遅いからですか? 言い得て妙ですね。殿下、おそようございます」
「あは。あはは」
うん? おそようの挨拶が広まってしもたで。ええんか、これ。
臣、めっちゃ笑とるな。おかしなことを思い付くもんや。お前、そんなん言うて大笑いするような子やったんか。知らんかった……。
臣のあまりの大笑いに首を傾げた東那に、臣はゆっくりと大きな口を開けて、おそようの挨拶の話を説明している。この子は、耳が聞こえにくい言うてたな。音で焼き加減や揚げ加減を聞き分けることもある料理人には向いとらんと思うんやけど、誰もそんなこと言わんのやな。できることをやればええ、て感じで、自然に受け入れとる。
そうか。
臣のことも、そんな感じで……。
「はいはい、おそよう。ちゃんと食ってるから、もういいだろ」
「元気そうですから、まあ、今日のところは。ですが今後は、おそようは使わなくてすむ時間に起きてくださいね」
「あー、はいはい」
臣、おそようはあかんらしいで、と小声で言えば、臣はますます笑い転げた。
幸せそうな臣の顔に、一日も経たず悟った。
臣は、殿の元へは帰らんのやろな。
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