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第八章 郷に入っては郷に従え
158 予定外の訪問 朱実
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父上の居室前、先触れの者に声を掛けさせ、その後ろで返事を待つ。自分で扉を叩いては駄目なのか、と思わず笑ってから、そんなことを思う自分に驚いた。
すっかり、赤璃に毒されているらしい。
その妻は、先触れと父とのやり取りが終わるのを大人しく待っているのだが。
「こういったやり取りについて、無駄だとは言わぬのだな」
声を潜めて聞いてみれば、妻は綺麗に首を傾げた。
「必要な手順を踏むのは当たり前だわ」
先ほど緋色に突撃したのはどうなのだ、と言いたいところだが賢く口をつぐんでおく。私には分からぬ基準が、妻にはあるようだ。
中に入れたのは、ほどほどに待たされた後であった。よく考えてみれば、入れぬ可能性の方が高かった。沙汰を待つ状態のはずの赤璃を連れての、突然の来訪である。拒絶されれば素直に引いたことだろう。
いや、引いたのか?私は引いただろうが、赤璃は?
まあ、起こらなかった何かを考えたところで無駄なことだと頭を切り替えた。
「父上。予定に無き訪問を受け入れてくださり、誠にありがとうございます」
「陛下、先ほどのご無礼、誠に申し訳ありませんでした。また、この度の申し出をお受け頂き、感謝の念に堪えません」
赤璃は、膝を付き包拳礼の形を取った。この居室部分で赤璃が父にそうするのを見たのは初めてだった。父がどのように考えているのか読めぬ以上、不敬を働いた赤璃の取れる謝罪の姿勢はこれなのだろう。
「ああ。構わぬ。座れ」
許しを得てすぐに赤璃を立たせ、父と向かい合ったソファへと腰を下ろす。父は一人だった。もちろん、部屋の端では侍従が茶の準備をしているのだが。
「母上は?」
「泣き止んだよ。着替えてくるようにと言うと、喜んで彼女の部屋へ戻っていった」
「そうですか」
「食事の際にその格好をするのは、あまり食べやすいものではないのか」
これは、赤璃へ向けた言葉。父は平静で、食卓での赤璃の不敬を気にしている様子はなかった。あれは、周りの目を気にして発した言葉であったということか。本当は、不敬に酷く腹を立てた訳ではない。では。今は出ていけというあの言葉は、赤璃の言ったように、緋色をすぐに追いかけてくれという意味も含んでいた?
「そうですね。着るのも大変ですし、なかなかにお腹を圧迫されますので食べやすいものではありません。普段の服装が体に楽なものになっている産後の今は特に、あの食卓へ出ることに気合いが必要なこともございます」
え?と思わず目を見開いてしまった。そのようなこと、思い至りもしていなかった。まじまじと赤璃の顔を見つめると、こちらを見返して、ふと笑う。
「お仕事だと思って頑張っていたけれど、なるにああして言われると、食事が仕事っておかしいわねと、少し思ってしまった。駄目ね。覚悟はできていたはずなのに」
覚悟、と父が呟く。
「赤璃でも、覚悟のいることであったか」
「赤璃でもって……。いえ、まあ、そうですね。私でも、です」
しばらく口を閉じた父が何を考えているのか、これは分かる気がした。
すっかり、赤璃に毒されているらしい。
その妻は、先触れと父とのやり取りが終わるのを大人しく待っているのだが。
「こういったやり取りについて、無駄だとは言わぬのだな」
声を潜めて聞いてみれば、妻は綺麗に首を傾げた。
「必要な手順を踏むのは当たり前だわ」
先ほど緋色に突撃したのはどうなのだ、と言いたいところだが賢く口をつぐんでおく。私には分からぬ基準が、妻にはあるようだ。
中に入れたのは、ほどほどに待たされた後であった。よく考えてみれば、入れぬ可能性の方が高かった。沙汰を待つ状態のはずの赤璃を連れての、突然の来訪である。拒絶されれば素直に引いたことだろう。
いや、引いたのか?私は引いただろうが、赤璃は?
まあ、起こらなかった何かを考えたところで無駄なことだと頭を切り替えた。
「父上。予定に無き訪問を受け入れてくださり、誠にありがとうございます」
「陛下、先ほどのご無礼、誠に申し訳ありませんでした。また、この度の申し出をお受け頂き、感謝の念に堪えません」
赤璃は、膝を付き包拳礼の形を取った。この居室部分で赤璃が父にそうするのを見たのは初めてだった。父がどのように考えているのか読めぬ以上、不敬を働いた赤璃の取れる謝罪の姿勢はこれなのだろう。
「ああ。構わぬ。座れ」
許しを得てすぐに赤璃を立たせ、父と向かい合ったソファへと腰を下ろす。父は一人だった。もちろん、部屋の端では侍従が茶の準備をしているのだが。
「母上は?」
「泣き止んだよ。着替えてくるようにと言うと、喜んで彼女の部屋へ戻っていった」
「そうですか」
「食事の際にその格好をするのは、あまり食べやすいものではないのか」
これは、赤璃へ向けた言葉。父は平静で、食卓での赤璃の不敬を気にしている様子はなかった。あれは、周りの目を気にして発した言葉であったということか。本当は、不敬に酷く腹を立てた訳ではない。では。今は出ていけというあの言葉は、赤璃の言ったように、緋色をすぐに追いかけてくれという意味も含んでいた?
「そうですね。着るのも大変ですし、なかなかにお腹を圧迫されますので食べやすいものではありません。普段の服装が体に楽なものになっている産後の今は特に、あの食卓へ出ることに気合いが必要なこともございます」
え?と思わず目を見開いてしまった。そのようなこと、思い至りもしていなかった。まじまじと赤璃の顔を見つめると、こちらを見返して、ふと笑う。
「お仕事だと思って頑張っていたけれど、なるにああして言われると、食事が仕事っておかしいわねと、少し思ってしまった。駄目ね。覚悟はできていたはずなのに」
覚悟、と父が呟く。
「赤璃でも、覚悟のいることであったか」
「赤璃でもって……。いえ、まあ、そうですね。私でも、です」
しばらく口を閉じた父が何を考えているのか、これは分かる気がした。
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