【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

56 今日の仕事は一つだけ  弐角

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「若様。お忙しいところ、失礼致します。あの、本当に申し訳ございません。あの……」
「おう、入れ」

 緋色ひいろ殿下の出迎えを終えたら、今日はもう休んどってええ、と父上に言うてもらった。なんも忙しいことはない。花嫁は、婚儀に備えて様々準備があるんかもしれんが、花婿の方はもう、明日の本番を待つばかりや。髪も肌も、一月ひとつき以上前から特別入念に手入れをされとるし、仕事は、前倒しにしたり家臣にふったりの差配が済んどる。この二日ほどは、かえってのんびりさせて貰っとったくらいや。
 緋色ひいろ殿下の他にも、近隣諸国から来てくれる領主や領主代理に挨拶をしたり、食事を共にしたりということはしとったけど、うちより上に当たる家はなく、特に気を張る必要も無かった。これからもよろしく、と顔を合わせて談笑すれば終いやから、大したことはない。少々舐めた態度をとる相手もおったけど、まあ、目出度い行事の前に事を荒立てたくもないと、軽く流した。顔と名前を頭に叩き込んでおけばええ。
 緋色ひいろ殿下が、どのような形で訪ねてこられるかだけが心配事やったけど、ちゃんと事前に連絡があり、休憩所の手配も早くからされていて、予定通りに入城された。皇国の、皇帝陛下の名での諸連絡が届いとって、ものすごい安心感を覚えたもんや。かなり大々的な入国に驚いたけど、これが本来の形やんな。決められた手順で入国してくれたら、こちらのもてなしも手落ちなく済むし万々歳やった、無事に入国行事も済んだ、とのんびりしとったのは、油断でもなんでもないと思う。そやろ?誰かそうやと言って。

「あの。緋色ひいろ殿下の」

 うん、そやな。父上は婚儀の前日やからと、俺に仕事はふらないようにしてくれとる。ただ、緋色ひいろ殿下に関しての件だけは対応してくれるか、と申し訳なさそうに言われた。分かっとるよ。殿下はな、慣れてないもんにとっては、行動が全く読めへんし、その行動が、何でそうなったんかもよう分からへんお人や。俺も別に慣れた訳ちゃうけど、でも、うん。友、と言うてもろて嬉しかったし、期待には応えんとな。うん……。

緋色ひいろ殿下のお連れさまのお部屋にお茶を届けに参ったのですが、その、誰もいらっしゃらなかったので、その、何か急なご予定がお入りだったかと、まずは若様に確認に……」
「は?」
「ええっと。その、お聞きしていた人数分のお茶をお持ちしたのですが、その……」
「誰も?」
「はい」
「一人も?」
「はい。すぐにお伺いしたつもりでしたが、荷物などはとうに片付けられて、もぬけの殻で」
「…………」

 今回は、料理人や医者や衣装の着付けをする者も連れてきていたはず。緋色ひいろ殿下にしてはちゃんと来るんやな、と先に提出されとった書類に目を通して思っとった。挨拶の時にも、殿下の後ろに結構な人数が並んどるのを見て、殿下が予定通りの行動をされとる、と感動しとったのに。
 あれ全部、ほんまは一ノ瀬荘重じい様の部下やとか言わんよな?あの、城の最奥に単騎でメモ、いや、緋色ひいろ殿下のお手紙を届けに来る恐ろしいじい様の……。
 いやいや、じい様は、影は引退して成人なるひとさまの専属護衛になったから部下はおらんって言うてたはず。ほな、何?殿下の連れは普通に料理人は料理人?医者も普通の医者?衣装係も?
 いや。いやいやいや。
 ほな、なんで誰もおらんの?
 
「殿下の部屋をお訪ねする。先触れを出せ。あと、連れの居場所を全力で確認せえって伝ええ」
「は、ははっ」

 注意が必要なんは、殿下だけやなかったわ……。

 

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