932 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え
56 今日の仕事は一つだけ 弐角
しおりを挟む
「若様。お忙しいところ、失礼致します。あの、本当に申し訳ございません。あの……」
「おう、入れ」
緋色殿下の出迎えを終えたら、今日はもう休んどってええ、と父上に言うてもらった。なんも忙しいことはない。花嫁は、婚儀に備えて様々準備があるんかもしれんが、花婿の方はもう、明日の本番を待つばかりや。髪も肌も、一月以上前から特別入念に手入れをされとるし、仕事は、前倒しにしたり家臣にふったりの差配が済んどる。この二日ほどは、かえってのんびりさせて貰っとったくらいや。
緋色殿下の他にも、近隣諸国から来てくれる領主や領主代理に挨拶をしたり、食事を共にしたりということはしとったけど、うちより上に当たる家はなく、特に気を張る必要も無かった。これからもよろしく、と顔を合わせて談笑すれば終いやから、大したことはない。少々舐めた態度をとる相手もおったけど、まあ、目出度い行事の前に事を荒立てたくもないと、軽く流した。顔と名前を頭に叩き込んでおけばええ。
緋色殿下が、どのような形で訪ねてこられるかだけが心配事やったけど、ちゃんと事前に連絡があり、休憩所の手配も早くからされていて、予定通りに入城された。皇国の、皇帝陛下の名での諸連絡が届いとって、ものすごい安心感を覚えたもんや。かなり大々的な入国に驚いたけど、これが本来の形やんな。決められた手順で入国してくれたら、こちらのもてなしも手落ちなく済むし万々歳やった、無事に入国行事も済んだ、とのんびりしとったのは、油断でもなんでもないと思う。そやろ?誰かそうやと言って。
「あの。緋色殿下の」
うん、そやな。父上は婚儀の前日やからと、俺に仕事はふらないようにしてくれとる。ただ、緋色殿下に関しての件だけは対応してくれるか、と申し訳なさそうに言われた。分かっとるよ。殿下はな、慣れてない者にとっては、行動が全く読めへんし、その行動が、何でそうなったんかもよう分からへんお人や。俺も別に慣れた訳ちゃうけど、でも、うん。友、と言うてもろて嬉しかったし、期待には応えんとな。うん……。
「緋色殿下のお連れさまのお部屋にお茶を届けに参ったのですが、その、誰もいらっしゃらなかったので、その、何か急なご予定がお入りだったかと、まずは若様に確認に……」
「は?」
「ええっと。その、お聞きしていた人数分のお茶をお持ちしたのですが、その……」
「誰も?」
「はい」
「一人も?」
「はい。すぐにお伺いしたつもりでしたが、荷物などはとうに片付けられて、もぬけの殻で」
「…………」
今回は、料理人や医者や衣装の着付けをする者も連れてきていたはず。緋色殿下にしてはちゃんと来るんやな、と先に提出されとった書類に目を通して思っとった。挨拶の時にも、殿下の後ろに結構な人数が並んどるのを見て、殿下が予定通りの行動をされとる、と感動しとったのに。
あれ全部、ほんまは一ノ瀬荘重の部下やとか言わんよな?あの、城の最奥に単騎でメモ、いや、緋色殿下のお手紙を届けに来る恐ろしいじい様の……。
いやいや、じい様は、影は引退して成人さまの専属護衛になったから部下はおらんって言うてたはず。ほな、何?殿下の連れは普通に料理人は料理人?医者も普通の医者?衣装係も?
いや。いやいやいや。
ほな、なんで誰もおらんの?
「殿下の部屋をお訪ねする。先触れを出せ。あと、連れの居場所を全力で確認せえって伝ええ」
「は、ははっ」
注意が必要なんは、殿下だけやなかったわ……。
「おう、入れ」
緋色殿下の出迎えを終えたら、今日はもう休んどってええ、と父上に言うてもらった。なんも忙しいことはない。花嫁は、婚儀に備えて様々準備があるんかもしれんが、花婿の方はもう、明日の本番を待つばかりや。髪も肌も、一月以上前から特別入念に手入れをされとるし、仕事は、前倒しにしたり家臣にふったりの差配が済んどる。この二日ほどは、かえってのんびりさせて貰っとったくらいや。
緋色殿下の他にも、近隣諸国から来てくれる領主や領主代理に挨拶をしたり、食事を共にしたりということはしとったけど、うちより上に当たる家はなく、特に気を張る必要も無かった。これからもよろしく、と顔を合わせて談笑すれば終いやから、大したことはない。少々舐めた態度をとる相手もおったけど、まあ、目出度い行事の前に事を荒立てたくもないと、軽く流した。顔と名前を頭に叩き込んでおけばええ。
緋色殿下が、どのような形で訪ねてこられるかだけが心配事やったけど、ちゃんと事前に連絡があり、休憩所の手配も早くからされていて、予定通りに入城された。皇国の、皇帝陛下の名での諸連絡が届いとって、ものすごい安心感を覚えたもんや。かなり大々的な入国に驚いたけど、これが本来の形やんな。決められた手順で入国してくれたら、こちらのもてなしも手落ちなく済むし万々歳やった、無事に入国行事も済んだ、とのんびりしとったのは、油断でもなんでもないと思う。そやろ?誰かそうやと言って。
「あの。緋色殿下の」
うん、そやな。父上は婚儀の前日やからと、俺に仕事はふらないようにしてくれとる。ただ、緋色殿下に関しての件だけは対応してくれるか、と申し訳なさそうに言われた。分かっとるよ。殿下はな、慣れてない者にとっては、行動が全く読めへんし、その行動が、何でそうなったんかもよう分からへんお人や。俺も別に慣れた訳ちゃうけど、でも、うん。友、と言うてもろて嬉しかったし、期待には応えんとな。うん……。
「緋色殿下のお連れさまのお部屋にお茶を届けに参ったのですが、その、誰もいらっしゃらなかったので、その、何か急なご予定がお入りだったかと、まずは若様に確認に……」
「は?」
「ええっと。その、お聞きしていた人数分のお茶をお持ちしたのですが、その……」
「誰も?」
「はい」
「一人も?」
「はい。すぐにお伺いしたつもりでしたが、荷物などはとうに片付けられて、もぬけの殻で」
「…………」
今回は、料理人や医者や衣装の着付けをする者も連れてきていたはず。緋色殿下にしてはちゃんと来るんやな、と先に提出されとった書類に目を通して思っとった。挨拶の時にも、殿下の後ろに結構な人数が並んどるのを見て、殿下が予定通りの行動をされとる、と感動しとったのに。
あれ全部、ほんまは一ノ瀬荘重の部下やとか言わんよな?あの、城の最奥に単騎でメモ、いや、緋色殿下のお手紙を届けに来る恐ろしいじい様の……。
いやいや、じい様は、影は引退して成人さまの専属護衛になったから部下はおらんって言うてたはず。ほな、何?殿下の連れは普通に料理人は料理人?医者も普通の医者?衣装係も?
いや。いやいやいや。
ほな、なんで誰もおらんの?
「殿下の部屋をお訪ねする。先触れを出せ。あと、連れの居場所を全力で確認せえって伝ええ」
「は、ははっ」
注意が必要なんは、殿下だけやなかったわ……。
481
お気に入りに追加
4,995
あなたにおすすめの小説
ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話
かし子
BL
貴族が絶対的な力を持つ世界で、平民以下の「獣人」として生きていた子。友達は路地裏で拾った虎のぬいぐるみだけ。人に見つかればすぐに殺されてしまうから日々隠れながら生きる獣人はある夜、貴族に拾われる。
「やっと見つけた。」
サクッと読める王道物語です。
(今のところBL未満)
よければぜひ!
【12/9まで毎日更新】→12/10まで延長
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました
白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。
攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。
なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!?
ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
断罪フラグを回避したらヒロインの攻略対象者である自分の兄に監禁されました。
慎
BL
あるきっかけで前世の記憶を思い出し、ここが『王宮ラビンス ~冷酷王の熱い眼差しに晒されて』という乙女ゲームの中だと気付く。そのうえ自分がまさかのゲームの中の悪役で、しかも悪役は悪役でもゲームの序盤で死亡予定の超脇役。近いうちに腹違いの兄王に処刑されるという断罪フラグを回避するため兄王の目に入らないよう接触を避け、目立たないようにしてきたのに、断罪フラグを回避できたと思ったら兄王にまさかの監禁されました。
『オーディ… こうして兄を翻弄させるとは、一体どこでそんな技を覚えてきた?』
「ま、待って!待ってください兄上…ッ この鎖は何ですか!?」
ジャラリと音が鳴る足元。どうしてですかね… なんで起きたら足首に鎖が繋いでるんでしょうかッ!?
『ああ、よく似合ってる… 愛しいオーディ…。もう二度と離さない』
すみません。もの凄く別の意味で身の危険を感じるんですが!蕩けるような熱を持った眼差しを向けてくる兄上。…ちょっと待ってください!今の僕、7歳!あなた10歳以上も離れてる兄ですよね…ッ!?しかも同性ですよね!?ショタ?ショタなんですかこの国の王様は!?僕の兄上は!??そもそも、あなたのお相手のヒロインは違うでしょう!?Σちょ、どこ触ってるんですか!?
ゲームの展開と誤差が出始め、やがて国に犯罪の合法化の案を検討し始めた兄王に…。さらにはゲームの裏設定!?なんですか、それ!?国の未来と自分の身の貞操を守るために隙を見て逃げ出した――。
くんか、くんか Sweet ~甘くて堪らない、君のフェロモン~
天埜鳩愛
BL
爽やかスポーツマンα × 妄想巣作りのキュートΩ☆ お互いのフェロモンをくんかくんかして「甘い❤」ってとろんっとする、可愛い二人のもだきゅんラブコメ王道オメガバースです。
オメガ性を持つ大学生の青葉はアルバイト先のアイスクリームショップの向かいにあるコーヒーショップの店員、小野寺のことが気になっていた。
彼に週末のデートを誘われ浮かれていたが、発情期の予兆で休憩室で眠ってしまう。
目を覚ますと自分にかけられていた小野寺のパーカーから香る彼のフェロモンに我慢できなくなり、発情を促進させてしまった!
他の男に捕まりそうになった時小野寺が駆けつけ、彼の家の保護される。青葉はランドリーバスケットから誘われるように彼の衣服を拾い集めるが……。
ハッピーな気持ちになれる短編Ωバースです
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる