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第八章 郷に入っては郷に従え
31 大歓迎……? 広末
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離宮の夕食は、今日は休みだったはずの村次が、壱臣さんを手伝ってくれるらしい。
「俺、今日は一日出勤扱いになったんで、大丈夫っすよ。気にしないでください」
「なる坊と遊んでたんじゃねえのか」
「遊んでたんですけどね」
いたずら坊主のような顔で笑う一番弟子は、ここへ来た当初よりよほど子どもらしい。なる坊や力丸さまのお陰で、良い歳の重ね方をしたんだな。
「そうか。楽しかったか?」
「それなりに?」
楽しかったんなら良かった、と後を任せて城へ向かう。壱臣さんは相変わらず。急な予定変更にもいつもの笑顔で、気ぃつけてな、と手を振ってくれた。
夕食準備にはちと早いが、食材や調味料の確認がしたい。できれば、調理器具も。つい先日、披露宴の料理を作るために場所は借りたが、器具や調味料、食材は離宮から持ち込んだから使っていない。最高級品が置いてあると分かっちゃいるが、それが自分に使いやすいかどうかはまた別の話だ。
「こんにちはー」
挨拶しながら、厨房の扉を開ける。
「はい?あ!広末さん!」
静かな部屋に、公里さんの大きな声が響いた。他に二人、比較的若い料理人がいてこちらを見ている。
「どうされたんですか?」
「こっちの手伝いに入れって、緋色殿下に頼まれてよ。料理長いるか?」
「わ!嬉しいです!料理長は、奥で書類を書いていらっしゃいます。お呼びしますか?」
「いや、忙しいなら後でいい。ちと来るのが早かったな。中を見さしてもらっていいか?」
「分かりました!ご案内します!」
随分と喜んでくれているが、俺はただの手伝いだぞ?
「公里さん。急な手伝いだから、役に立つか分かんねえぞ?」
「広末さんが役に立たないとかそんな、ある訳がありません!今日も勉強させてください!」
「はは。公里さんは俺を買い被りすぎだ」
「いいえ。どれだけ称賛しても足りません!尊敬しています!あ、広末さん。私のことは矢渡とお呼びください」
「矢渡さん?」
「はい。家族もこちらで働いておりますので、名字だとややこしいのです。呼び捨てて頂いて構わないのですが」
「お貴族様相手に、そんな訳にゃいかねえよ」
村次やなる坊のことをそう呼ぶのは、離宮内でのこと。離宮を出ちまえば、会う人全てに敬称を付けて呼んどかねえと、いつどんな言いがかりをつけられるか分かったもんじゃねえ。この敷地内に、俺より身分の低い人間なんて存在しないんだからな。
他の二人が遠巻きに見ている中、器具や調味料、食材の確認をさせてもらう。
あ、使用人用の調味料も、こんな上等なの使ってんのか。これ、昔はよく使われてたけど、今は、もう少し安くて味がつきやすいのが出てるんだよな。あっちの方が使いやすいんじゃねえかな。後で料理長に、ちょっと言っておくか。
あー、うーん。城は業者とのやり取りも面倒臭いんだったっけ?離宮と違って、業者と直接のやり取りじゃ無かったっけなあ。急にこっちに変えたい、とか言うのが難しいか。
「何か気になる物がありましたか?」
「ああ、いや。いや、そうだな。これなんだけど……」
矢渡さんに尋ねられて、とりあえず言っておくかと口を開きかけた時、近くにあった扉が開いた。
「矢渡!無駄口を叩く暇があるとは、偉くなったもんだな?ええ?」
いきなりの怒号。
話し声が、調味料の棚のすぐ近くにあった休憩室に聞こえたのか。
事情も聞かず、頭ごなしに怒鳴るのは頂けねえ。
「お邪魔しております。広末と言います。矢渡さんには、厨房の中の案内をして頂いておりました」
殊更、声を張り上げて自己紹介をする。名乗る時、どうしても名字を忘れちまうのがいけねえ。ま、次から気をつけよう。
「広、末……」
怒鳴っていた料理人が、こちらに目を向けて呟く。
あ、名字が広で名前が末ってんじゃねえですよ?
「俺、今日は一日出勤扱いになったんで、大丈夫っすよ。気にしないでください」
「なる坊と遊んでたんじゃねえのか」
「遊んでたんですけどね」
いたずら坊主のような顔で笑う一番弟子は、ここへ来た当初よりよほど子どもらしい。なる坊や力丸さまのお陰で、良い歳の重ね方をしたんだな。
「そうか。楽しかったか?」
「それなりに?」
楽しかったんなら良かった、と後を任せて城へ向かう。壱臣さんは相変わらず。急な予定変更にもいつもの笑顔で、気ぃつけてな、と手を振ってくれた。
夕食準備にはちと早いが、食材や調味料の確認がしたい。できれば、調理器具も。つい先日、披露宴の料理を作るために場所は借りたが、器具や調味料、食材は離宮から持ち込んだから使っていない。最高級品が置いてあると分かっちゃいるが、それが自分に使いやすいかどうかはまた別の話だ。
「こんにちはー」
挨拶しながら、厨房の扉を開ける。
「はい?あ!広末さん!」
静かな部屋に、公里さんの大きな声が響いた。他に二人、比較的若い料理人がいてこちらを見ている。
「どうされたんですか?」
「こっちの手伝いに入れって、緋色殿下に頼まれてよ。料理長いるか?」
「わ!嬉しいです!料理長は、奥で書類を書いていらっしゃいます。お呼びしますか?」
「いや、忙しいなら後でいい。ちと来るのが早かったな。中を見さしてもらっていいか?」
「分かりました!ご案内します!」
随分と喜んでくれているが、俺はただの手伝いだぞ?
「公里さん。急な手伝いだから、役に立つか分かんねえぞ?」
「広末さんが役に立たないとかそんな、ある訳がありません!今日も勉強させてください!」
「はは。公里さんは俺を買い被りすぎだ」
「いいえ。どれだけ称賛しても足りません!尊敬しています!あ、広末さん。私のことは矢渡とお呼びください」
「矢渡さん?」
「はい。家族もこちらで働いておりますので、名字だとややこしいのです。呼び捨てて頂いて構わないのですが」
「お貴族様相手に、そんな訳にゃいかねえよ」
村次やなる坊のことをそう呼ぶのは、離宮内でのこと。離宮を出ちまえば、会う人全てに敬称を付けて呼んどかねえと、いつどんな言いがかりをつけられるか分かったもんじゃねえ。この敷地内に、俺より身分の低い人間なんて存在しないんだからな。
他の二人が遠巻きに見ている中、器具や調味料、食材の確認をさせてもらう。
あ、使用人用の調味料も、こんな上等なの使ってんのか。これ、昔はよく使われてたけど、今は、もう少し安くて味がつきやすいのが出てるんだよな。あっちの方が使いやすいんじゃねえかな。後で料理長に、ちょっと言っておくか。
あー、うーん。城は業者とのやり取りも面倒臭いんだったっけ?離宮と違って、業者と直接のやり取りじゃ無かったっけなあ。急にこっちに変えたい、とか言うのが難しいか。
「何か気になる物がありましたか?」
「ああ、いや。いや、そうだな。これなんだけど……」
矢渡さんに尋ねられて、とりあえず言っておくかと口を開きかけた時、近くにあった扉が開いた。
「矢渡!無駄口を叩く暇があるとは、偉くなったもんだな?ええ?」
いきなりの怒号。
話し声が、調味料の棚のすぐ近くにあった休憩室に聞こえたのか。
事情も聞かず、頭ごなしに怒鳴るのは頂けねえ。
「お邪魔しております。広末と言います。矢渡さんには、厨房の中の案内をして頂いておりました」
殊更、声を張り上げて自己紹介をする。名乗る時、どうしても名字を忘れちまうのがいけねえ。ま、次から気をつけよう。
「広、末……」
怒鳴っていた料理人が、こちらに目を向けて呟く。
あ、名字が広で名前が末ってんじゃねえですよ?
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