618 / 1,321
第六章 家族と暮らす
53 話をしないか? 朱実
しおりを挟む
「皇太子殿下」
書類から顔を上げれば、立ち上がって近付いてくる緋色の姿。手に幾つか書類を持っている。
「離宮でもできそうなものばかりですので、帰ります。何かご用件があれば一ノ瀬にお伝えください」
「え?いや、待て」
「はい?」
はい?ではない。だいぶ減ってきたとはいえ、謁見願いの者がまだぽつぽつと来ている。たびたび席を立つ私の代わりにこの部屋にいてほしくて、呼んでいるのだ。その仕事をすっかり忘れているではないか!
「この部屋の留守番を頼んだことを忘れていないか」
「すみません。覚えがありません」
「その話し方もなんだ?いつもそんな口の聞き方をしやしないだろう?」
「そうでしたか?」
苛々と口を開きかけて、同じ部屋で仕事をする文官二人がいることを思い出した。仕事の邪魔をしてはいけない。感情的な姿を見せることもしたくはない。
「少し話をしないか」
「特に話すことはありませんが」
「私にはある」
立ち上がって、執務室から出入りできる来客用の小部屋へと歩く。いつもの緋色なら、嫌なものは嫌だと突っぱねるだろうが、今日のような態度を貫くなら逆に断れまい。
部屋の扉を自ら開いて振り向けば、心底嫌そうな顔をした緋色が目に入った。ようやく、感情を表に出してくれてほっとする。少し冷静な心地になって、にこりと笑った。
「まずは呼び方が気に入らない」
向かい合って座ると、先制攻撃とばかりに口を開く。私のことを皇太子殿下などと呼んだことは、今まで一度もないだろう?兄と呼びなさい、といくら言っても朱実、朱実と呼び捨てにしてきたのだから。対外的にも殿下を付けるか兄上と呼ぶかのどちらかだった。家族としての特別感が嬉しかったんだよ。なのに……。
「皇太子殿下を皇太子殿下とお呼びして、何がおかしいのですか」
「緋色は、いつもそんな呼び方はしない。話し方もだ」
「…………」
ふう、と小さく溜め息が聞こえた。
「だいたいこの忙しい時に、婚姻休暇を取って七日間も休むなんて」
「俺は忙しくありませんでしたので」
「私の許可を取ってから出掛けなさい」
「婚姻休暇は、婚姻した者全てに与えられた権利です」
「日にちを選べと言っている」
「日にちを選んで出したはずの婚姻届が受理されておりませんでした」
「それはすまなかったね。書類の不備があって預かったのにお前に戻すのを忘れていたのは、私の落ち度だよ。申し訳ない」
殊勝に謝って頭を下げて見せる。
「いえ。もう無事に入籍できたので」
全く態度の変わらない緋色は、その謝罪もさらりと流した。その程度なのか?本当にそれだけでいいのか?
その時、人払いをしていた部屋の扉が、こんこんと叩かれた。
「すみません。その、お茶を……」
私の侍従が、頼まぬのに茶を持ってくるなんて?首を傾げていると、
「失礼します。お茶をお持ち致しました」
少し掠れた高めの声が聞こえてくる。
成人?
驚いて緋色を見ると、同じように驚いた後で、ふ、と口の端が微かに上がった。
私が動けずにいる間に身軽に立ち上がって、部屋の扉を開ける。
「ちょうど飲みたいと思っていた」
そう言いながらワゴンを押す成人を部屋へ招き入れた緋色は、まるで先程までとは別人のようだった。
書類から顔を上げれば、立ち上がって近付いてくる緋色の姿。手に幾つか書類を持っている。
「離宮でもできそうなものばかりですので、帰ります。何かご用件があれば一ノ瀬にお伝えください」
「え?いや、待て」
「はい?」
はい?ではない。だいぶ減ってきたとはいえ、謁見願いの者がまだぽつぽつと来ている。たびたび席を立つ私の代わりにこの部屋にいてほしくて、呼んでいるのだ。その仕事をすっかり忘れているではないか!
「この部屋の留守番を頼んだことを忘れていないか」
「すみません。覚えがありません」
「その話し方もなんだ?いつもそんな口の聞き方をしやしないだろう?」
「そうでしたか?」
苛々と口を開きかけて、同じ部屋で仕事をする文官二人がいることを思い出した。仕事の邪魔をしてはいけない。感情的な姿を見せることもしたくはない。
「少し話をしないか」
「特に話すことはありませんが」
「私にはある」
立ち上がって、執務室から出入りできる来客用の小部屋へと歩く。いつもの緋色なら、嫌なものは嫌だと突っぱねるだろうが、今日のような態度を貫くなら逆に断れまい。
部屋の扉を自ら開いて振り向けば、心底嫌そうな顔をした緋色が目に入った。ようやく、感情を表に出してくれてほっとする。少し冷静な心地になって、にこりと笑った。
「まずは呼び方が気に入らない」
向かい合って座ると、先制攻撃とばかりに口を開く。私のことを皇太子殿下などと呼んだことは、今まで一度もないだろう?兄と呼びなさい、といくら言っても朱実、朱実と呼び捨てにしてきたのだから。対外的にも殿下を付けるか兄上と呼ぶかのどちらかだった。家族としての特別感が嬉しかったんだよ。なのに……。
「皇太子殿下を皇太子殿下とお呼びして、何がおかしいのですか」
「緋色は、いつもそんな呼び方はしない。話し方もだ」
「…………」
ふう、と小さく溜め息が聞こえた。
「だいたいこの忙しい時に、婚姻休暇を取って七日間も休むなんて」
「俺は忙しくありませんでしたので」
「私の許可を取ってから出掛けなさい」
「婚姻休暇は、婚姻した者全てに与えられた権利です」
「日にちを選べと言っている」
「日にちを選んで出したはずの婚姻届が受理されておりませんでした」
「それはすまなかったね。書類の不備があって預かったのにお前に戻すのを忘れていたのは、私の落ち度だよ。申し訳ない」
殊勝に謝って頭を下げて見せる。
「いえ。もう無事に入籍できたので」
全く態度の変わらない緋色は、その謝罪もさらりと流した。その程度なのか?本当にそれだけでいいのか?
その時、人払いをしていた部屋の扉が、こんこんと叩かれた。
「すみません。その、お茶を……」
私の侍従が、頼まぬのに茶を持ってくるなんて?首を傾げていると、
「失礼します。お茶をお持ち致しました」
少し掠れた高めの声が聞こえてくる。
成人?
驚いて緋色を見ると、同じように驚いた後で、ふ、と口の端が微かに上がった。
私が動けずにいる間に身軽に立ち上がって、部屋の扉を開ける。
「ちょうど飲みたいと思っていた」
そう言いながらワゴンを押す成人を部屋へ招き入れた緋色は、まるで先程までとは別人のようだった。
417
お気に入りに追加
4,981
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完】ちょっと前まで可愛い後輩だったじゃん!!
福の島
BL
家族で異世界転生して早5年、なんか巡り人とか言う大層な役目を貰った俺たち家族だったけど、2人の姉兄はそれぞれ旦那とお幸せらしい。
まぁ、俺と言えば王様の進めに従って貴族学校に通っていた。
優しい先輩に慕ってくれる可愛い後輩…まぁ順風満帆…ってやつ…
だったなぁ…この前までは。
結婚を前提に…なんて…急すぎるだろ!!なんでアイツ…よりによって俺に…!??
前作短編『ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活』に登場する優馬の続編です。
今作だけでも楽しめるように書きますが、こちらもよろしくお願いします。
【完結】塔の悪魔の花嫁
かずえ
BL
国の都の外れの塔には悪魔が封じられていて、王族の血筋の生贄を望んだ。王族の娘を1人、塔に住まわすこと。それは、四百年も続くイズモ王国の決まり事。期限は無い。すぐに出ても良いし、ずっと住んでも良い。必ず一人、悪魔の話し相手がいれば。
時の王妃は娘を差し出すことを拒み、王の側妃が生んだ子を女装させて塔へ放り込んだ。
【完結】狼獣人が俺を離してくれません。
福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。
俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。
今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。
…どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった…
訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者
NLカプ含む脇カプもあります。
人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。
このお話の獣人は人に近い方の獣人です。
全体的にフワッとしています。
追放されたボク、もう怒りました…
猫いちご
BL
頑張って働いた。
5歳の時、聖女とか言われて神殿に無理矢理入れられて…早8年。虐められても、たくさんの暴力・暴言に耐えて大人しく従っていた。
でもある日…突然追放された。
いつも通り祈っていたボクに、
「新しい聖女を我々は手に入れた!」
「無能なお前はもう要らん! 今すぐ出ていけ!!」
と言ってきた。もう嫌だ。
そんなボク、リオが追放されてタラシスキルで周り(主にレオナード)を翻弄しながら冒険して行く話です。
世界観は魔法あり、魔物あり、精霊ありな感じです!
主人公は最初不遇です。
更新は不定期です。(*- -)(*_ _)ペコリ
誤字・脱字報告お願いします!
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活
福の島
BL
家でゴロゴロしてたら、姉と弟と異世界転生なんてよくある話なのか…?
しかも家ごと敷地までも……
まぁ異世界転生したらしたで…それなりに保護とかしてもらえるらしいし…いっか……
……?
…この世界って男同士で結婚しても良いの…?
緩〜い元男子高生が、ちょっとだけ頑張ったりする話。
人口、男7割女3割。
特段描写はありませんが男性妊娠等もある世界です。
1万字前後の短編予定。
【完】俺の嫁はどうも悪役令息にしては優し過ぎる。
福の島
BL
日本でのびのび大学生やってたはずの俺が、異世界に産まれて早16年、ついに婚約者(笑)が出来た。
そこそこ有名貴族の実家だからか、婚約者になりたいっていう輩は居たんだが…俺の意見的には絶対NO。
理由としては…まぁ前世の記憶を思い返しても女の人に良いイメージがねぇから。
だが人生そう甘くない、長男の為にも早く家を出て欲しい両親VS婚約者ヤダー俺の勝負は、俺がちゃんと学校に行って婚約者を探すことで落ち着いた。
なんかいい人居ねぇかなとか思ってたら婚約者に虐められちゃってる悪役令息がいるじゃんと…
俺はソイツを貰うことにした。
怠慢だけど実はハイスペックスパダリ×フハハハ系美人悪役令息
弱ざまぁ(?)
1万字短編完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる