【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

161 いつも通りの朝  三郎

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「あの、すみません。おはようございます。遅うなって、その……」

 人の気配があるのは食堂だけだった。いつもより起きた時間が遅かったため、顔を出すのにも勇気がいる。いっそ午前中は部屋に籠って、次の食事時間に顔を出そうかとも思ったけど、兄が心配するような気がして部屋から出てきた。

「ああ、三郎さぶろう。ちょうど良かった。みんな今からご飯やから、食べるか聞きに行こと思てたんや」
「あの、すみません。お手伝いもせんと……」
「ええよ、ええよ。正月やもん。のんびりしたらええ。あ、そうや。あけましておめでとう」

 兄の言葉に、そうや、正月やったと思い出す。昨日、一昨日は、大掃除やということで肉体労働に駆り出され、だいぶ疲れていたらしい。目覚まし時計をかけることも忘れて、ぐっすりと寝てしまっていた。
 人の気配があまりなく、家の中がとても静かだったことも、寝坊した原因かもしれない。
 正月の挨拶も忘れるなんて……。

「……あけましておめでとうございます」
「もう一つ、お餅焼いてくるわ。うちの分、食べとって」
「あ、自分で……」

 休みだと言うのに、いつも通り動いていたらしい兄が、盆を抱えて身軽に厨房へ戻って行こうとする。申し訳なくて、自分ですると言いかけて気付いた。
 餅の焼き方など知らない。鍋の中身を器に移すくらいはできるだろうが、器のある場所も知らなかった。

「ん?何?お餅は何個食べる?うちの雑煮には二つ入っとるけど、足りる?」
「はい。足ります。すみません」

 半助はんすけの鋭い視線に耐えて、頭を下げる。仕方ない。できないこと、知らないことをうやむやのままにやってみることは、より迷惑をかけるということを、この数ヵ月で学んだ。
 それにしても、と受け取った雑煮を手に、食堂を見渡す。
 本当に人の少ない部屋の中。三ヶ日は休み、というのが徹底しているらしい。

「おはようございます。あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」

 緋色ひいろ殿下に近付いて座り頭を下げれば、殿下も周囲の方々も口々に挨拶を返してくれた。
 いつも通りの服装。
 新しい綺麗な服を着ていると分かるのはさいさんくらいで。
 正月やから、新しい下着や服を出さなくてはいけないのに持っていない、と気付いて焦っていたから、朝の支度が遅れた自分が滑稽なような気がした。
 
さい。どこか出掛けるのか?」
「いえ。どうしてです?」
「綺麗な格好をしてるから、出掛けるのかと思ってな」
「正月ですから」
「正月だからどこも開いてないぞ。初詣でか?」
「正月は、新しい下着や服を下ろしたりしませんか?」
「ああ、成る程」

 やはり、同じことを考えている人はいたらしい。殿下の言葉に答えるさいさんに、少しほっとした。

「特に出掛けないから、過ごしやすい格好にしてしまったな」
「あはは。私も、何だかいつも通りでしたねえ」

 お盆にお茶を乗せてきた生松いくまつ先生が、お茶を並べながら話に加わる。
 ああ、しまった。
 お茶を運んで配るくらいはできたのに。

「俺は、パンツが新しい」
「へえ。どれどれ」
「ん?昨日、見たでしょ?」
 
 成人なるひとさまの言葉に、ズボンのゴムを引っ張って中を覗き込もうとする殿下。成人なるひとさまが楽しそうに笑う。今日も、二人でくっついていらっしゃる。
 えーと。
 いや、そうか。
 お風呂に一緒に入るんやから、見てるか。
 人は少ないけどいつも通りの朝に、なんだかほっとして席に着いた。
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